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ドキワク猫の冒険  作者: NOBU
第二章〜ナナの家と愛情の形〜
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「初めて知る世界」

第二部 第三十六話


初めて知る世界


━━━━━━━━━━━━━━━


猫神様の社。


掛け軸のある和室。


何とも言えない沈黙が、

まだその場に残っていた。


掛け軸の中では。


クロが不思議そうに、

ノワを見つめている。


対するノワは。


何を今さら。


そう言いたげな表情のまま、

クロを見つめ返していた。


クロ

「……何だよ?」


ノワ

「いや……」


ノワは小さく息をつく。


ノワ

「そういえば、ちゃんと説明してなかったわね」


クロ

「だろ?」


クロはそう言うと、

改めて掛け軸の向こうから皆を見渡した。


よく見ると。


尻尾と猫耳が生えている、

淡い桜色の髪のミル。


黒い髪のノワ。


銀灰色の髪のルナ。


三人とも今は、

人間の少女の姿をしている。


ただ。


人間であるナナとは違い、

その姿には、

猫だった頃の面影が残っていた。


クロにとっては。


ノワが人間の姿をしていることこそ、

今一番の謎だった。


すると。


ミル

「はい!」


沈黙を吹き飛ばすように、

ミルが勢いよく手を挙げた。


ミル

「ミルが説明します!」


ノワ

「……お願い」


ミルは嬉しそうに、

掛け軸の前へ一歩進む。


そして。


自信満々に胸を張った。


ミル

「ノワが、人間になれるようになったからです!」


クロ

「おお!」


ノワ

「何も話進んでないじゃない!」


ノワが、

ミルの肩にぽんと手を乗せる。


ミル

「あれ?」


クロ

「俺も今、一瞬納得しかけたぞ」


ノワ

「納得しないでよ!」


ミル

「では……」


ミルは少し考える。


そして。


ルナを見る。


ミル

「ルナ!」


ルナ

「私?」


ミル

「お願いします!」


ノワ

「結局丸投げするのね……」


ルナは小さく息をつくと、

掛け軸の中のクロへ視線を向けた。


ルナ

「ナナの家には、猫を人間の姿へ変える部屋があります」


クロ

「猫を人間に?」


ルナ

「はい」


「猫の姿でその部屋へ入り、外へ出ると人間の姿になります」


クロ

「……そんな部屋があるのか?」


ルナ

「あります」


その時。


ミル

「はい!」


再び、

ミルが勢いよく手を挙げた。


ミル

「そのお部屋を!」


少し得意げに胸を張る。


ミル

「『ねこフードルーム』と名付けたのはミルです!」


ノワ

「そこだけ元気に入ってくるのね……」


ミル

「大事なところです!」


クロ

「ねこフードルーム……」


ミル

「はい!」


「とっても良い名前です!」


ノワ

「自分で言うんじゃないわよ」


クロ

「ハハハ!」


掛け軸の中から、

明るい笑い声が響く。


その隣では。


ソラも、

楽しそうに口元を緩めていた。


クロ

「でもよ」


クロは、

改めてノワ達を見る。


クロ

「その部屋を出たら、猫へ戻るんだろ?」


ノワ

「普通ならね」


クロ

「普通なら?」


ノワは、

自分の頭へ手を伸ばした。


そして。


黒い猫耳の付いたフードを、

指先で軽く摘まむ。


ノワ

「これ」


クロ

「それ?」


ノワ

「猫フードよ」


クロ

「猫フード……」


ノワ

「これを被ると、人間の姿を維持できるの」


クロの視線が、

ノワの猫フードへ向く。


すると。


ミルも自分のフードを、

両手で持ち上げた。


ミル

「ミルも被ってます!」


ノワ

「見れば分かるわよ」


ミル

「お揃いです!」


ノワ

「色は違うでしょ」


ミル

「気持ちはお揃いです!」


ノワ

「何よそれ……」


クロ

「ハハハ!」


再び、

クロの笑い声が響く。


ソラも、

隣でくすくすと笑っていた。


ミル

「これがあれば、お家の外でも人間の姿でいられるんです!」


クロ

「へぇ……」


クロは、

今度はミルの猫フードを見る。


そして。


ノワ。


ルナ。


それぞれが身につけている猫フードへ、

順番に視線を移していった。


クロ

「じゃあ」


「そのフードを外したら、猫に戻るのか?」


ノワ

「社の外ならね」


クロ

「……社の外なら?」


ノワ

「この社の中では、外しても戻らないわ」


クロ

「……は?」


再び。


クロの耳が、

ぴんと立った。


ミル

「ミルも最初はびっくりしました!」


ナナ

「私もよ」


その横で。


ウオ太も、

話に参加しているつもりなのか。


小さく上下へ、

ふわふわと揺れている。


クロ

「何でここだと戻らないんだ?」


猫神様

「ほっほっほ」


和室の奥から、

穏やかな笑い声が響いた。


皆の視線が、

猫神様へ集まる。


猫神様は湯飲みを畳へ置くと、

ゆっくりとクロを見る。


猫神様

「この社そのものが、大きな結界じゃからのう」


クロ

「この社が?」


猫神様

「うむ」


「そして」


猫神様は、

三人が被っている猫フードへ目を向ける。


猫神様

「その猫フードもまた、小さな結界として働いておる」


クロ

「結界……」


猫神様

「猫が猫フードを被れば、その力によって人間の姿となる」


「そして、この社の中では」


「猫フードによって変化した姿が、そのまま保たれるのじゃ」


クロ

「じゃあ」


「ここなら外しても……」


猫神様

「人間のままじゃ」


クロ

「へぇ……」


クロは感心したように、

小さく頷いた。


ルナ

「ですが」


静かな声が続く。


ルナ

「社の外では違います」


クロがルナを見る。


ルナ

「外で猫フードを外せば、元の猫の姿へ戻ります」


「それに外では、迷い猫から身を守るためにも猫フードが必要です」


ミル

「なので!」


ミルは、

ぴんと人差し指を立てた。


ミル

「ルナから」


「『外では絶対に外さないでください』って教えてもらいました!」


クロ

「なるほどなぁ……」


そう言って、

クロは小さく頷く。


そして。


クロ

「……ん?」


何かに気づいたように、

ノワを見る。


クロ

「お前」


「さっき外で、それ外してたよな?」


ノワ

「……少しだけね」


クロ

「大丈夫だったのかよ?」


ノワ

「大丈夫だったでしょ」


「そもそも猫の姿を見せないと、信用しなかったでしょう?」


クロ

「それはそうだけどよ……」


クロは少し心配そうに、

ノワを見つめる。


ノワ

「もう外さないわよ」


クロ

「……ならいいけど」


ノワ

「心配性ね」


クロ

「まあ、ノワの兄ちゃんだからな」


ノワ

「……はいはい」


そう言いつつも。


ノワの視線は、

少しだけ柔らかくなっていた。


クロは、

まだ少し気になる様子でノワを見ていたが。


やがて。


その視線を、

ルナへと移した。


クロ

「そういや」


「ルナも、その部屋で人間になったのか?」


ルナ

「いいえ」


クロ

「違うのか?」


ミル

「えっ?」


ノワ

「違うの?」


ナナ

「そうなの?」


今度は。


クロだけではなく、

ミル達までルナを見る。


ナナの横では。


ウオ太も、

皆につられるように身体を傾けていた。


ルナ

「はい」


いつも通り。


ルナは、

特に驚く様子もなく答える。


そして。


自分の灰色の猫フードへ、

そっと手を添えた。


ルナ

「私は皆さんと出会う前に」


「猫神様から、この猫フードをいただきました」


ミル

「…………」


ノワ

「…………」


ナナ

「…………」


数秒。


和室に、

妙な沈黙が流れる。


そして。


ミル

「初耳です!」


ノワ

「私も初めて聞いたんだけど」


ナナ

「私も知らなかったわ」


ルナ

「そう?」


ノワ

「そうよ!」


ルナ

「そう」


ノワ

「何であなたが今知ったみたいな反応なのよ!」


ルナ

「話す機会がなかったから」


ノワ

「いくらでもあったでしょ!」


猫神様

「ほっほっほ」


楽しそうな笑い声が、

再び和室へ響く。


猫神様

「ルナは少し事情が違ってのう」


ミル

「そうだったんですね……」


ミルは興味津々といった様子で、

ルナの猫フードを見つめる。


ルナ

「はい」


それ以上は、

特に説明するつもりもないらしい。


いつも通りの顔で、

ルナは静かに立っている。


ノワ

「……まったく」


ノワは呆れたように息をついた。


掛け軸の中では。


クロも、

そんなやり取りを面白そうに眺めている。


クロ

「なるほどなぁ」


そして。


小さく息をついた。


クロ

「俺が知らない間に」


「色んなことがあったんだな」


ノワ

「……まあね」


ほんの少しだけ。


ノワの声が柔らかくなる。


その隣で。


ソラが、

穏やかに微笑んだ。


ソラ

「私も」


皆の視線が、

掛け軸の中のソラへ向く。


ソラ

「ミル姉様から、たくさんお話を聞かせていただきました」


ミル

「はい!」


ソラ

「人間の姿でお出かけしたこと」


「皆さんでご飯を食べたこと」


「色々なお話を聞きました」


ソラは、

嬉しそうに目を細める。


ソラ

「とても楽しそうでした」


ミル

「毎日ドキワクです!」


ノワ

「そのドキワクに毎日振り回されてるんだけどね」


ミル

「ノワも楽しんでます!」


ノワ

「誰がよ!」


ナナ

「ふふっ」


ルナも、

ほんの少しだけ口元を緩める。


ウオ太はそんな皆の間を、

楽しそうにふわりと一周した。


クロ

「…………」


クロは何も言わず、

しばらくその光景を見つめていた。


ノワがいて、

その隣でミルが笑っている。


ナナも。


ルナも。


掛け軸の中には、

ソラもいる。


皆が当たり前のように、

同じ場所で笑っている。


自分が知らなかった、


ノワの今。


クロの青い瞳が、

ほんの少しだけ柔らかくなる。


クロ

「……すげぇな」


最初に漏らした時とは、

少しだけ違う言葉。


知らなかった力への驚きではなく。


自分が知らない間に広がっていた、

ノワ達の世界そのものへ向けた言葉だった。


ノワ

「……何がよ」


クロ

「いや」


クロは、

いつもの明るい笑顔を見せる。


クロ

「何でもねぇよ」


ノワ

「……変なの」


そう言いながら。


ノワの表情もまた、

ほんの少しだけ、

柔らかくなっていた。



第二部 第三十六話 完

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