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ドキワク猫の冒険  作者: NOBU
第二章〜ナナの家と愛情の形〜
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「記憶の中の姿」

第二章 第三十五話


記憶の中の姿


━━━━━━━━━━━━━━━


翌朝。


猫神様の社。


朝の柔らかな日差しが、

境内へ差し込んでいた。


昨夜まで聞こえていた虫の声も静まり、

境内には穏やかな朝の空気が流れている。


縁側では、

ノワが膝を抱えてうずくまっていた。


ノワ

「…………」


顔を膝へ埋めたまま、

ぴくりとも動かない。


ただ。


耳だけが、

真っ赤になっていた。


ノワ(心)

「昨日の私のバカ……!」


昨夜の記憶が、

頭の中を駆け巡る。


兄のことで、

我慢できなくなって。


泣いた。


それだけなら、

まだいい。


いや。


良くはない。


でも、

まだ耐えられる。


問題はその後だ。


ミルに泣きついた。


ミルの胸元に顔を埋めて、

散々泣いた。


その挙句。


背中を撫でてもらって。


励ましてもらって。


ようやく落ち着いたと思ったら。


ミル

『どうぞです』


ノワ

「…………っ」


ミルの膝で寝た。


しかも。


ノワ

『……ありがと』


そんなことまで言って。


安心しきって。


そのまま寝落ちした。


ノワ

「~~~~っ!!」


両手で、

頭を抱える。


ノワ(心)

「何やってるのよ私……!」


「完全に甘えきってるじゃない……!」


普段は、

放っておけば、

どこへ飛んでいくか分からないミルを止めるのは自分。


妙なことを言い出せば、

ツッコミを入れるのも自分。


それなのに昨夜は。


そのミルに。


泣きついて。


慰められて。


励まされて。


膝枕までされて。


挙句の果てに、

そのまま寝た。


ノワ

「…………」


さらに身体を小さく丸める。


ノワ

「昨日の私のバカ……」


「もう絶対……」


「絶対あんな真似……しない!」


ノワは決意めいた表情で空を見る。


その時。


背後から。


ミル

「ノワ?」


ノワ

「ひゃあっ!?」


びくっ!


ノワの身体が、

大きく跳ねる。


勢いよく振り返ると、

そこにはいつもの笑顔のミルが立っていた。


ミル

「おはようございます!」


ノワ

「……おはよう」


ミルは、

ノワの隣へちょこんと座る。


ミル

「よく眠れました?」


ノワ

「…………」


昨夜。


散々泣きついた挙句、

最後にはミルの膝枕で眠った。


たった今、

必死に頭から追い出そうとしていた記憶が、

一瞬で蘇る。


ノワ

「……まあね」


ノワは少し視線を逸らす。


ミル

「良かったです!」


そして。


ミルは何の悪気もなく、

にこっと笑った。


ミル

「ミルの膝、

寝やすかったです?」


ノワ

「…………」


ノワの頬がピクリと動いた。


ミル

「ノワ、

ぐっすりでしたよ!」


ノワ

「………っ!」


ぷにっ。


ミル

「ふみゅ?」


ノワは無言で、

ミルの頬を指でつまんだ。


そして。


ぐいーっと左右に引っ張る。


ミル

「ひゃ、ひゃにふるんれふかぁ!(な、何するんですかぁ!)」


ノワ

「朝っぱらから」


「人の黒歴史を嬉しそうに掘り返すんじゃないわよ……!」


ミル

「くろれきひ?(黒歴史?)」


ノワ

「そうよ!」


「昨日のことは全部忘れなさい!」


ミル

「わふれまへん!(忘れません!)」


ノワ

「何でよ!」


ミル

「らいひなことれふから!(大事なことですから!)」


ノワ

「~~~~っ!」


ぐいーっ。


ミル

「ふみゅ~~~!」


ノワ

「この……!」


「ドキワクお節介猫!!」


ミル

「ひろいれふ!(ひどいです!)」


その時。


すっ。


部屋の襖が開いた。


ルナとナナが、

ゆっくりと姿を現す。


その隣から、

うお太もふわふわとついてくる。


ナナ

「おはようございます」


ミル

「おはようございまふ!」


頬をつままれたまま、

元気よく返事をするミル。


ノワ

「……おはよう」


ノワも、

何事もなかったように返す。


ルナ

「おはよう」


そして。


ルナが、

ちらりとノワを見る。


ルナ

「……」


ほんの一瞬。


その口元が、

ふっと緩んだ。


ノワ

「何……その顔……」


ノワの頬が、

またぴくりと引きつる。


まさか。


昨夜。


自分が部屋を抜け出した時。


ミルが後から来た時。


もしかして。


ノワ

「……ルナ」


ルナ

「何?」


いつも通りの、

落ち着いた声。


ノワ

「……何でもない」


ルナ

「そう」


それだけ言って、

ルナは何事もなかったように歩いていく。


ノワ

「…………」


絶対何か知ってる。


そう確信した瞬間。


昨夜の記憶が、

再びノワの頭を駆け巡った。


ノワ

「~~~~っ!」


ぐいーっ。


ミル

「ふみゅ!?」


さらに頬を引っ張られる。


ミル

「なんれまたひっぱるんれふかぁ!(なんでまた引っ張るんですかぁ!?)」


ノワ

「うるさい!」


「全部あんたのせいよ!」


ミル

「なんれれふかぁ!?(なんでですかぁ!?)」


ナナ

「ふふっ」


うお太も、

二人の周りを楽しそうにふわふわと漂う。


そんな二人を残し、

ルナとナナは掛け軸のある和室へ向かう。


うお太も、

ナナのあとをふわふわとついていった。


ミル

「にゃにゃたふへへふだはいおー!(ナナ助けてくださいよー!)」


ノワ

「観念なさい!」


ミル

「ん~~!」


ミルは目を力いっぱい閉じて踏ん張る。


しばらくして。


社の奥から。


ナナ

「……嘘!?」


突然響いた驚きの声に、

ミルとノワが動きを止める。


ミル

「……にゃにゃ?(ナナ?)」


ノワ

「何かあったのね」


声は、

掛け軸のある和室から聞こえてきた。


ミルとノワは顔を見合わせる。


ミルの頬が解放され、

そして。


ノワ

「行くわよ」


ミル

「はい!」


二人は急いで、

掛け軸のある和室へ向かった。


━━━━━━━━━━━━━━━


掛け軸のある和室。


ミルとノワが部屋へ駆け込むと。


そこには、

驚いた様子のナナと、

掛け軸を静かに見つめるルナがいた。


うお太も、

二人の横で静かに浮かんでいる。


ミル

「ナナ!」


「どうしたんですか!?」


ミルは自分の少し赤くなった頬を揺らしながらやって来た。


ナナは、

掛け軸の中を指差した。


ナナ

「あ……あそこ……」


ミルとノワは、

その先へ視線を向ける。


そして。


ノワ

「……え?」


ミル

「あっ!」


掛け軸の中。


ソラの隣に。


もう一匹。


黒猫が座っていた。


黒い毛並み。


青い瞳。


身体は淡く透け、

魂特有の柔らかな光を纏っている。


それでもその姿は、

ノワの記憶の中にある兄そのものだった。


ノワ

「……兄さん?」


黒猫が、

ゆっくりとこちらを向く。


そして。


クロ

「おう!」


「おはよう、ノワ!」


いつもと変わらない、

明るい声。


その一言だけで。


ノワは、

目の前の黒猫が兄だと確信した。


ミル

「クロです!」


「クロが猫になってます!」


クロ

「いや」


「俺は元々猫なんだけどな」


ミル

「あっ」


ミルは、

自分の失言に気付いたように口を押さえる。


クロ

「ハハハ!」


昨日まで、

炎のような魂の姿だったクロ。


そのクロが今は、

生前と同じ姿で、

掛け軸の中に座っていた。


ナナ

「昨日まで、

火の玉みたいな姿だったのに……」


クロ

「ああ」


「俺も起きてびっくりしたよ」


「目を覚ましたら、

この姿になってた」


ソラ

「私も、

最初は火の玉みたいな姿だったそうです」


クロ

「ソラも?」


ソラ

「はい」


「私はその時、

気を失っていたので……」


「目が覚めた時には、

もう今の姿でした」


「後から、

猫神様に教えていただいたんですけど……」


クロ

「なるほどなぁ」


その時。


猫神様

「ほっほっほ」


穏やかな笑い声が、

和室へ響く。


猫神様は、

ゆっくりと部屋へ入ってきた。


クロの姿を見ると、

満足そうに頷く。


猫神様

「やはり」


「クロも、

生前の姿を形取れるようになったようじゃの」


クロ

「猫神様」


「これって、

どういうことなんですか?」


猫神様は、

掛け軸へ静かに視線を向けた。


猫神様

「魂というものは」


「身体という器を失うと、

非常に不安定な状態になる」


「故に最初は、

火の玉のような姿となっておる」


クロは、

自分の前足を見る。


猫神様

「しかし」


「この掛け軸の中は、

魂を安定させるための場所でもある」


「魂が落ち着けば」


「少し前まで入っていた器」


「つまり、

生前の姿を自然と形取るようになるのじゃ」


クロは、

改めて掛け軸へ視線を向ける。


クロ

「そういうことか」


そして、

猫神様へ視線を戻した。


猫神様

「ただし」


「身体が戻ったわけではない」


「今もお主は、

魂だけの存在じゃ」


クロ

「あぁ」


「分かりました!」


そう言って、

クロは笑い、ノワ達の方を向いた。


クロ

「俺の姿」


「火の玉より、

こっちの方が俺らしいだろ?」


ミル

「はい!」


「すごくクロです!」


クロ

「ハハハ!」


猫神様も、

穏やかに目を細めた。


ノワは、

何も言わず。


ただ。


掛け軸の中の兄を見つめ続けていた。


黒い毛並み。


青い瞳。


小さな頃から、

ずっと見てきた姿。


記憶の中に残っている、

兄の姿とまったく同じだった。


もちろん。


身体が戻ったわけではない。


それでも。


ノワ

「……兄さん」


クロ

「ん?」


ノワ

「な……何でもない」


ほんの少しだけ。


ノワの表情が、

柔らかく緩んだ。


クロ

「何だよ」


「変なノワだな」


ノワ

「うるさいわね!」


クロ

「ハハハ!」


和室に、

明るい笑い声が響く。


そして。


クロは、

改めてノワを見つめた。


クロ

「……そういやノワ」


ノワ

「何?」


クロ

「今更なんだけどさ」


クロは、

少し首を傾げる。


クロ

「何でお前」


「人間になってんだ?」


ノワ

「…………」


一瞬。


和室の空気が止まる。


ミル

「あっ」


ナナ

「あ……」


自然と、

皆の視線がノワに向く。


ノワは無言のまま、

ゆっくりとクロを見つめ返す。


――そこなの?


そんな言葉が聞こえてきそうな、

何とも言えない沈黙が和室を包んだ。


━━━━━━━━━━━━━━━


第二章 第三十五話 完

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