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ドキワク猫の冒険  作者: NOBU
第二章〜ナナの家と愛情の形〜
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「知らない時間」

第二章 第三十三話


知らない時間


━━━━━━━━━━━━━━━


クロを囲み、

楽しそうに声を弾ませるミル達。


そんな様子を、

猫神様は穏やかな表情で眺めていた。


いつの間にか、

空には夕闇が広がり始めている。


しばらくその賑やかなやり取りを見守った後、

猫神様はゆっくりと口を開く。


猫神様

「今日はもう遅い」


「お主達も今日は泊まっていくとよい」


ミル

「はい!」


ナナ

「それでしたら猫神様」


「今日は私が夕食を作ります」


ルナ

「私も手伝います」


猫神様は優しく微笑む。


猫神様

「ほっほっほ」


「すまんのう」


「では、お願いしようかの」


ナナ

「はい!」


ルナ

「お任せください」


ナナとルナは、

夕食の準備をするため台所へ向かった。


その後ろを、

うお太がふわふわとついていく。


━━━━━━━━━━━━━━━


その間。


猫神様、ミル、ノワ、クロは、

和室へと移動する。


クロの魂は、

初めて入る和室を、

物珍しそうにゆっくりと漂う。


畳。


壁に掛けられた掛け軸。


木彫りの猫像。


クロの炎が、

興味深そうに揺らめいていた。


その時。


「……あの」


静かな声が、

和室へ響いた。


クロの炎がぴくりと揺れる。


クロ

「……え?」


声の主を探すように、

クロの魂が和室をゆっくりと漂う。


クロ

「今……誰かいたよな?」


ミルは、

にこっと笑った。


ミル

「はい!」


「もう一匹いるんですよ!」


クロ

「もう一匹?」


猫神様は、

静かに掛け軸へ視線を向ける。


猫神様

「ソラ」


「挨拶をしてやるとよい」


少しだけ間が流れる。


やがて。


掛け軸の中から、

少し緊張したような声が聞こえてきた。


ソラ

「……初めまして」


「ソラです」


「よろしくお願いします」


クロの炎が、

驚いたように大きく揺らめく。


クロ

「掛け軸の中から……?」


ミル

「はい!」


ミルは嬉しそうに、

掛け軸の方へ身体を向ける。


ミル

「ソラです!」


「ミルの妹なんですよ!」


クロ

「妹?」


ノワ

「ええ」


「事情があって、今はあの掛け軸の中にいるのよ」


クロ

「へぇ……」


クロの魂が、

掛け軸の前へふわりと漂う。


クロ

「初めまして」


「俺はクロ」


「ノワの兄だ」


ソラ

「ノワ姉様の……」


少しだけ間が空く。


ソラは、

ノワへそっと視線を向ける。


ソラ

「お兄様……なんですね」


その声には、

僅かに心配そうな色が滲んでいた。


クロ

「……」


クロの炎が、

僅かに揺れる。


少し考えるような間を置いてから、

クロはノワへ声をかけた。


クロ

「ノワ」


ノワ

「兄さん?」


クロ

「……あぁ、何でもない」


「別に気にしないでくれ」


少し楽しそうに、

炎が揺らめく。


クロ

「ソラも普通に接してくれて構わないぜ」


「よろしくな、ソラ」


ソラ

「……はい」


「よろしくお願いします」


まだ少し緊張しているのか、

その声は小さい。


ミル

「クロはとっても面白いんですよ!」


クロ

「おっ」


「もうそんな評価になってるのか?」


ミル

「はい!」


「ドキワク仲間です!」


クロ

「ハハハ!」


「それは嬉しいな!」


ノワ

「いつからそんな仲間ができたのよ……」


呆れたように言いながらも、

ノワの表情はどこか穏やかだった。


掛け軸の中からも、

小さな笑い声が聞こえてくる。


クロの炎が、

嬉しそうにふわりと揺れた。


猫神様も、

そんな様子を微笑ましそうに眺めている。


それからしばらく。


クロが掛け軸のことを不思議がったり、

ミルが今日あった出来事を楽しそうに話したり、

ノワが時折ツッコミを入れたりと、

賑やかな会話が続いていた。


ソラも最初こそ遠慮がちだったが、

少しずつその会話へ加わっていく。


猫神様は湯飲みを片手に、

時折その会話へ耳を傾けながら、

穏やかにお茶を飲んでいた。


和室には、

ゆっくりとした時間が流れていた。


━━━━━━━━━━━━━━━


やがて。


台所の方から、

焼き魚の香ばしい匂いが漂ってくる。


クロの炎が、

ぴくりと揺れた。


クロ

「……いい匂いだな」


その声は、

どこか名残惜しそうだった。


しばらくして、

和室の襖が開く。


ナナ

「お待たせしました」


ルナ

「夕食ができましたよ」


ナナとルナが、

料理を運んでくる。


その後ろから、

うお太もふわふわと和室へ戻ってきた。


ミル

「わぁー!」


「良い匂いです!」


食卓へ並んだのは、

焼きたての魚。


炊き立ての白いご飯。


温かい味噌汁。


それに、

いくつかの小さなおかず。


素朴だが、

どこかほっとするような夕食だった。


ミル

「いただきます!」


皆も手を合わせ、

夕食が始まる。


猫神様も食卓につき、

ナナのそばでは、

うお太がふわふわと浮かんでいる。


その少し後ろ。


クロの魂は、

食卓に並んだ焼き魚のそばを、

離れがたそうにふわふわと漂っていた。


クロ

「……うまそうだなぁ」


ノワ

「食べたいの?」


クロ

「そりゃ食べたいさ」


「焼き魚なんて久しぶりに見たしな」


炎が、

少し残念そうに揺れる。


クロ

「でも不思議なんだよな」


「食べたいとは思うのに……」


「全然腹は減ってないんだ」


ノワ

「魂だから?」


クロ

「多分な」


掛け軸の中から、

ソラの声が聞こえる。


ソラ

「私もです」


「美味しそうだなとは思うんですけど……」


「お腹が空いたって感じは、

全然しないんですよね」


クロ

「やっぱりそうなのか」


ソラ

「はい」


クロ

「便利っちゃ便利だけど」


「こういう時だけは不便だなぁ」


ミルは焼き魚を一口頬張り、

クロを見た。


ミル

「おいひいれふよ!(おいしいですよ!)」


クロ

「それ今言う!?」


「余計食べたくなるでしょうが……」


困ったような声とともに、

クロの炎が小さく揺れる。


ノワ

「口に物を入れて喋るな」


トスッ


ノワの優しいチョップがミルの額に直撃する。


ミル

「ふみゅ!」


ナナ

「ふふっ」


ルナも、

小さく微笑む。


猫神様

「ほっほっほ」


和室に、

穏やかな笑い声が広がった。


━━━━━━━━━━━━━━━


夕食を囲みながら、

クロは旅に出てから経験した出来事を、

少しずつ話し始めた。


旅先で出会った猫達。


向こう岸が遠く見えるほど大きな川。


どこまでも続くような広い森。


危険な目に遭った出来事。


思わず笑ってしまう失敗談。


その中には、

隣町で出会ったボスとの話もあった。


クロ

「そういや、ボスと一緒にいた時にも、

こんなことがあってさ」


ミル

「どんなことです?」


クロ

「ある日、細い隙間を見つけたんだよ」


「向こう側がどうなってるのか、

ちょっと気になってな」


ノワ

「……嫌な予感しかしないんだけど」


クロ

「なんでだよ」


ミル

「ミルはドキワクな予感がします!」


ノワ

「それが嫌な予感なのよ」


クロ

「ハハハ!」


クロの炎が、

楽しそうに揺れる。


クロ

「で、俺が入ろうとしたら、

ボスが止めてきたんだ」


「『やめとけ』って」


「『絶対ろくなことにならねぇ』ってな」


ミル

「慎重なんですね!」


クロ

「そうなんだよ」


「あいつ、意外と慎重な奴でさ」


「でも俺一匹で行かせる方が危ないって、

結局ついてきたんだ」


ノワ

「その判断は正しいわね」


クロ

「それで俺が先に入って、

ボスが後ろからついてきたんだけどさ」


「途中にあった棒に、

俺が思いっきりぶつかったんだ」


ミル

「棒に?」


クロ

「ああ」


「そしたらその棒が倒れて、

近くに立て掛けてあった板に当たって」


「その板がまた別の物にぶつかって……」


ノワ

「ちょっと待って」


「どんどん嫌な予感が大きくなってるんだけど」


クロ

「最後には上に積んであった古い布と、

溜まってた埃がまとめて落ちてきた」


ミル

「わぁ……」


クロ

「俺の後ろにいたボスにな」


ノワ

「やっぱり」


ミル

「クロは大丈夫だったんです?」


クロ

「俺はほとんど何ともなかった」


「それで後ろから物凄い音がしたから、

振り返ったんだよ」


クロの炎が、

思い出したように揺れる。


クロ

「そしたら埃まみれのボスがいてさ」


「しばらく何も言わなかったんだけど……」


少し間を置く。


クロ

「『クロ』」


「『三秒やる』」


「『逃げろ』」


ミル

「あはははは!」


クロ

「そりゃもう全力で逃げたよ!」


ノワ

「……ボス、相当苦労したでしょうね」


クロ

「なんでお前までボス側なんだよ!」


和室に、

楽しそうな笑い声が広がる。


クロはその後も、

旅の思い出を次々と話していった。


ミル

「それ絶対ドキワクです!」


クロの炎が、

楽しそうに揺らめく。


クロ

「そうだろ?」


「今思い返してもドキワクするんだ」


ミル

「分かります!」


「ミルも、ノワとよく行ったこと無いとことかいっぱい行きましたよ!」


クロ

「そうなのか?」


ミル

「はい!」


ノワ

「大体ろくなことになってないけどね」


ミル

「そんな事ないですよ!」


「いつだってドキワクです!」


ノワ

「あんたねぇ」


ノワはため息と共に頭を抱える。


クロ

「はっはっは」


「ノワも大変だったんだな!」


ミル

「そうなんです!」


「ノワはいっつも頭抱えてるんですよ!」


「なんでなんでしょう?」


ミルは腕を組み、目を閉じる。


ノワ

「元凶が悩むな!」


ノワはミルの脇腹をくすぐり始める。


ミル

「あはは!ノワ!やめてくださいぃぃぃ!」


ノワ

「あんたは少し自分がしてる事を自覚なさい!」


クロ

「はっはっは」


そんなミル達の様子を微笑ましく見ていたソラが、

口を開く。


ソラ

「外の世界って……」


「そんなに色々な場所があるんですね」


クロ

「ああ」


「俺も家を出るまでは知らなかったよ」


「行く先々で全然違う景色があるんだ」


ソラ

「……すごいです」


ミル

「はぁ……はぁ……」


ようやくノワのくすぐりから解放されたミルは、

肩で大きく息をしながら、

どうにか顔を上げる。


ミル

「ド……ドキワク……」


「……ですね……っ」


言い切ると、

ミルは再び大きく息をついた。


クロ

「だろ?」


クロの炎が、

嬉しそうに大きく揺れる。


ルナとナナは、

そんなやり取りを、

微笑ましそうに見守っていた。


猫神様も時折お茶を口にしながら、

穏やかな表情で、

クロの話へ耳を傾けている。


うお太はナナのそばで、

いつものようにふわふわと浮かんでいた。


その後も、

クロが新しい話をする度に、

ミルは何度も「ドキワクです!」と目を輝かせ、

ソラも興味深そうに、

クロの話へ耳を傾けていた。


そんな中。


ノワは、

静かに兄の話へ聞き入っていた。


兄が語る旅の思い出。


その一つ一つが、

自分の知らない時間だった。


知らない土地。


知らない猫達。


そして、

時折出てくる危険な出来事。


その度に、

ノワは知らず知らずのうちに、

少しハラハラしながら話を聞いていた。


ノワ(心)

「……そんな危ないことまでしてたのね」


思わず、

心の中で呟く。


今となっては、

無事だったからこそ笑って聞ける話。


それでも、

聞いているだけで胸がざわつくのだから、

もし当時知っていたら、

きっと気が気ではなかっただろう。


ノワは小さく苦笑する。


兄は家を出てから、

本当に色々な景色を見て、

色々な猫と出会って、

色々な経験をしてきたんだ。


自分が知らない間に。


兄はずっと、

自分の選んだ旅を続けていた。


ノワは、

静かにクロへ視線を向ける。


楽しそうに揺れる炎。


姿はもう、

あの頃とは違う。


それでも、

楽しそうに旅の話をする兄の声は、

昔と何一つ変わっていなかった。


ノワはその声を聞きながら、

どこか安心したように、

小さく微笑んだ。


兄の知らなかった時間を、

こうして少しずつ知ることができる。


それが、

素直に嬉しかった。


けれど。


楽しそうに揺れるクロの炎を見つめながら、

ノワは胸の奥に残る何かを、

まだ上手く言葉にできずにいた。



第二章 第三十三話 完

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