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ドキワク猫の冒険  作者: NOBU
第二章〜ナナの家と愛情の形〜
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73/87

「ただいま(前半)」

第二部 第三十話


ただいま(前半)


━━━━━━━━━━━━━━━


森の中。


木々の隙間から差し込む陽の光が、

地面にまだらな影を落としていた。


葉と葉が擦れ合い、

時折吹き抜ける風が草を静かに揺らしていく。


その中で。


ノワだけが、

目の前に漂う小さな光から目を離せずにいた。


金色の瞳には、

まだ涙が滲んでいる。


クロ。


妹が二匹。


ノワ。


家を出た兄。


そして。


モモ。


もう、

疑いようがなかった。


胸の奥から次々と感情が込み上げてくる。


嬉しい。


信じられない。


どうしてここにいるの。


どうして死んでいるの。


聞きたいことは山ほどあるのに、

頭の中はぐちゃぐちゃで。


何から聞けばいいのかさえ、

分からなかった。


それでも。


震える唇から、

ようやく一つの言葉が零れる。


ノワ

「……兄さん」


ミル

「え?」


クロの光が、

小さく揺れた。


ノワは唇を噛み締める。


そして。


ノワ

「……なんで死んだの?」


クロ

「……は?」


その場の空気が止まった。


森を抜けていた風だけが、

木々の葉を静かに揺らしていく。


ミルも。


ルナも。


ナナも。


突然の言葉の意味を、

すぐには理解できなかった。


けれど。


ノワだけは。


クロだけを見つめていた。


ノワは一歩、

前へ踏み出す。


ノワ

「なんで死んだの?」


「何があったの?」


「兄さん……」


「なんで……」


最後の言葉は、

僅かに震えていた。


クロ

「ま、待ってくれ!」


クロの光が大きく揺れる。


「俺の妹は猫だぞ!」


「人間じゃねぇ!」


ノワ

「……」


ノワは胸へそっと右手を当てる。


手のひら越しにも分かるほど、

鼓動が激しく脈打っていた。


逃げ出しそうになる心を、

繋ぎ止めるように。


一度だけ。


強く目を閉じる。


そして再び目を開くと、

真っ直ぐクロを見据えた。


自分がノワだと、

兄に伝えたい。


そのためなら…。


ノワはフードへ手を伸ばした。


ミル

「えっ!?」


ナナ

「ノワ!?」


ルナも驚いたように目を見開く。


ノワの指が、

フードの端を掴んだ。


ナナ

「待って!」


ナナが慌てて一歩踏み出す。


「外しちゃ駄目!」


けれど。


ルナ

「ナナ」


その声に、

ナナの足が止まった。


ルナは周囲の森へ素早く視線を巡らせる。


木々の間。


草むら。


伸びる影。


周囲に異変がないことを確かめると、

静かに片手を上げた。


ルナ

「少しの間なら問題ないわ」


ルナの取り出した毛糸玉から、

淡い紫色に光る糸が広がっていく。


その糸は地面を滑るように走り。


ミル達とクロを囲むように、

薄い膜となって静かに立ち上がった。


結界。


ナナ

「……」


ルナ

「念のため…」


そう言って、

ルナはノワへ視線を戻す。


ルナ

「長くは駄目よ」


ノワ

「……分かってる」


ノワは迷わず、

フードを外した。


その瞬間。


ノワの身体を光が包み込む。


人間の少女だった姿が、

光の中で小さくなっていく。


やがて光が収まると。


そこに立っていたのは。


艶のある黒い毛並み。


金色の瞳。


一匹の黒猫だった。


クロ

「……」


クロの光が、

大きく揺らぐ。


ノワは何も言わない。


ただ。


真っ直ぐクロを見つめていた。


その金色の瞳は。


兄を見送った、

あの日と何も変わらない。


クロ

「……ノワ?」


ノワの耳が、

僅かに動く。


クロの光が小さく震えた。


クロ

「嘘だろ……」


「本当に……」


「ノワなのか?」


ノワ

「そうよ」


「私が分からない?」


クロ

「分かる……」


「分かるけどよ……」


クロの光が、

戸惑うように左右へ揺れる。


「なんで人間になってんだ?」


ノワ

「説明すると長くなるわ」


クロ

「いやいや!」


「そこ一番説明いるだろ!」


ノワ

「あとで説明する」


「今は兄さんの話が先」


クロ

「相変わらず強引だな……」


その言葉に。


ノワの耳が、

ぴくりと動いた。


ほんの少しだけ。


張り詰めていた空気が緩む。


ノワはすぐにフードを被り直した。


再び身体が光に包まれ。


黒猫の姿から、

人間の少女へと戻っていく。


結界の中へ静けさが戻る。


ミルは目を丸くしたまま、

ノワを見つめていた。


ミル

「ノワ……」


ナナは胸元へ手を添え、

小さく息を吐く。


ナナ

「びっくりした……」


その隣では。


うお太もナナへ寄り添うように、

宙をゆっくり泳いでいた。


ルナはノワがフードを被り直したことを確認すると、

張っていた結界を静かに解く。


淡い光が薄れていき、

森の景色へ溶けるように消えていった。


ノワ

「これで信じた?」


クロ

「あぁ……」


「信じるしかねぇよ」


クロの光が、

まだ落ち着かない様子で揺れている。


クロ

「でも」


「どうしてお前がここにいる?」


「その姿は何なんだ?」


「それに」


「俺の声が聞こえてるのも……」


ノワ

「だから」


「それはあとで説明する」


クロ

「はいはい……」


クロの光が、

少しだけ穏やかになる。


クロ

「本当にノワなんだな」


ノワ

「そうだって言ってるでしょ」


クロ

「口の悪さも変わってねぇ」


ノワ

「兄さんにだけは言われたくない」


クロ

「ははっ」


懐かしい笑い声。


その声を聞いた瞬間。


ノワの胸が、

ぎゅっと締め付けられる。


ずっと。


もう二度と聞けないと思っていた。


何度も思い出そうとして。


それでも、

少しずつ薄れていった声。


それが今。


目の前から聞こえている。


ノワ

「……兄さん」


クロ

「ん?」


ノワは一度、

小さく息を吐いた。


まだ胸の中には、

聞きたいことがいくつも残っている。


それでも。


今度は落ち着いて、

クロを真っ直ぐ見つめた。


ノワ

「旅に出た後……」


「何があったの?」


クロの光が、

僅かに揺れる。


森に静寂が落ちる。


遠くで小さな虫が飛び。


風に揺れた葉が、

かすかな音を立てる。


ミルも。


ルナも。


ナナも。


何も言わず、

二人を見守っていた。


うお太も、

ナナの傍で静かに浮かんでいる。


しばらくして。


クロの光が、

静かに揺れる。


クロ

「……悪かった」


ノワ

「謝ってほしいんじゃない」


クロ

「分かってる」


少し間が空く。


クロ

「話すよ」


「全部」


ノワ

「……うん」


クロ

「俺さ」


「あの日」


「お前に見送られて」


「家を出ただろ?」


ノワ

「覚えてる」


クロ

「……あの日から先の話だ」


━━━━━━━━━━━━━━━


クロ

「家を出てからの毎日は」


「全部が初めてだった」


「飯を探すのも」


「安心して眠れる場所を見つけるのも」


「車を避けながら歩くのも」


「目で見て、

耳で聞いて、

肌で感じる全てが新鮮だった」


クロの光が、

穏やかに揺れる。


クロ

「最初は失敗ばっかだったよ」


「腹を空かせて動けなくなった日もあった」


「雨の日に寝床が見つからなくて」


「朝まで震えてたこともある」


「でもな」


クロの光が、

少しだけ明るくなる。


「それでも毎日が楽しかった」


「自分の身体が飲み込まれそうなくらい、

大きな川を見たり」


「空が見えなくなるくらい、

広い森を歩いたり」


「今まで会ったこともない猫達と話したり」


「全部が新しかった」


前を歩きながら話していた、

クロの言葉。


知らない場所を歩いて。


見たことのない景色を見て。


色んな猫に会う。


少し前に聞いた夢が。


本当に、

クロの旅の中にあった。


ミル

「……ドキワクですね」


クロ

「あぁ」


クロの声が、

少し弾む。


「毎日がドキドキして」


「毎日がワクワクした」


「お前が教えてくれた言葉」


「まさにあんな感じだった」


ミルは少し照れくさそうに笑う。


それを見たクロの光も、

嬉しそうに明るく揺れた。


クロ

「旅を続けて」


「隣町に辿り着いた」


「そこで色んな猫と出会って」


「俺の居場所もできた」


クロの光が、

ゆっくりと揺れる。


クロ

「まぁ」


「最初はその町のボス猫に目ぇ付けられてさ」


「嫌がらせばっか受けてた」


「売られた喧嘩も全部買ってた」


ノワ

「兄さんらしい……」


クロ

「ははっ」


「そうだろ?」


「でも何度かぶつかってるうちに」


「少しずつ、

お互いを認めるようになってさ」


「いつの間にか親友になってた」


「不思議なもんだよな」


クロの光が、

穏やかに揺れる。


クロ

「仲間もできた」


「俺の帰る場所もできた」


「毎日が本当に充実してた」


クロは一呼吸置いて少し遠い目をする。


クロ

「いつでも帰れるって思ってたんだ…」


ノワの指先が、

僅かに動く。


クロ

「もう少し旅をしたら」


「ノワとモモに会いに帰ろうって」


「土産話をいっぱい持って帰ろうって」


「そう思ってた…」


静かな沈黙が落ちる。


クロ

「……でも」


クロの光が、

少しだけ弱くなる。


「ある日から」


「身体が思うように動かなくなった」


「食べても力が出ない」


「少し走るだけで息が切れる」


「昨日まで飛び越えられてた塀も」


「飛び越えられなくなってた」


ノワは何も言わない。


ただ胸の前で、

片方の手を強く握っていた。


クロ

「仲間も心配してくれた」


「食べ物を分けてくれたり」


「安心して眠れる場所を譲ってくれたり」


「みんな色々してくれた」


クロの光が、

静かに揺れる。


クロ

「……でも」


「身体は少しずつ弱っていった」


「その時にはもう」


「分かってた」


一瞬。


クロの光が、

小さく震える。


クロ

「俺」


「もう長くないんだって」


木々の間を、

風が静かに通り抜けていった。


けれど。


誰も。


何も言えなかった。



第二部 第三十話 完

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