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ドキワク猫の冒険  作者: NOBU
第二章〜ナナの家と愛情の形〜
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72/86

「懐かしい名前」

第二部 第二十九話


懐かしい名前


━━━━━━━━━━━━━━━


新しく出会った魂。


クロ。


その名前を聞いてから、

ノワの胸は落ち着かなかった。


まさか。


そんなはずはない。


そう思っているのに。


頭の片隅には、

どうしても一匹の猫の姿が浮かんでしまう。


ノワ(心)

「……兄さん?」


「まさかね……」


何度そう否定しても、

目の前を漂う魂が気になって仕方がなかった。


それでも一行は、

猫神様の社を目指して森の中を進んでいく。


先程までと変わらない、

穏やかな空気の中。


今度はミル達が、

クロへ自分達の名前を伝える番だった。


ナナはにこりと微笑む。


ナナ

「では、私から」


「ナナです」


「よろしくお願いしますね」


クロ

「ナナか!」


「よろしくな!」


少し間を置いて、

クロの光が明るく揺れる。


クロ

「それにしても、

綺麗なお嬢さんだな!」


ナナ

「まあ」


ナナは少し照れたように微笑む。


ナナ

「ありがとうございます」


クロ

「ははっ!」


ナナ

「それから」


ナナは隣に浮かぶ魚クッションへ、

そっと視線を向けた。


ナナ

「この子は」


「うお太です」


その瞬間。


ミル

「えっ!?」


「うお太っていう名前だったんですか!?」


ノワ

「初耳なんだけど」


ミルとノワは驚いた顔でナナを見る。


ルナ

「私は知ってたわ」


ミル

「えぇ!?」


「いつ付けたんですか!?」


ナナ

「実は、

昨日の夜に付けたのよ」


ミル

「昨日ですか!?」


ナナ

「ええ」


ノワ

「まぁ名前があった方が良いわね」


ミルは、

うお太へ顔を近付ける。


ミル

「でも」


「どうして、

うお太って名前にしたんです?」


ナナ

「ふふっ」


「それはね」


ナナは、

うお太へちらりと視線を向ける。


ナナ

「この子に似合うかなって思ったの」


ミル

「おおー……」


ノワ

「絶対もっと理由あるでしょ」


ナナは何も答えず、

ルナへ視線を向ける。


ルナもナナを見つめ返し、

二人は小さく笑い合った。


うお太は、

どこか嬉しそうにぷかりと上下へ揺れた。


クロ

「うお太か!」


「いい名前じゃん!」


「よろしくな!」


うお太は、

もう一度小さく揺れた。


ミル

「うお太!」


「これから改めてよろしくお願いします!」


うお太は、

また嬉しそうに揺れる。


ナナは嬉しそうに微笑んだ。


ルナ

「次は私ね」


「ルナよ」


クロ

「ルナ!」


「よろしく!」


ルナ

「ええ、よろしく」


ミルは一歩前へ出る。


ミル

「ミルです!」


「よろしくお願いします!」


クロ

「ミル!」


「よろしくな!」


「ドキワク仲間!」


ミル

「はい!」


「ドキワク仲間です!」


二人は思わず笑い合った。


そして。


皆の視線が、

最後の一人へ向く。


ノワは少し遅れて、

その視線に気付いた。


ノワ

「……」


先程から。


どうしても、

目の前を漂うクロのことが気に掛かっていた。


名前だけなら、

ただの偶然。


そう思おうとしているのに。


一度浮かんでしまった兄の姿が、

頭から離れてくれない。


ノワは小さく息を吸った。


ノワ

「……ノワよ」


その瞬間。


クロの光が、

僅かに揺れた。


クロ

「ノワ?」


その名前を確かめるように、

もう一度小さく揺れる。


クロ

「懐かしいなぁ」


「俺には昔、

妹が二匹いてさ!」


「そのうちの一匹が、

ノワっていう名前だったんだよ!」


その言葉に。


ノワの身体が、

ぴくりと震える。


ノワ(心)

「妹……」


「二匹……」


偶然?


そう思おうとする。


けれど。


胸の奥のざわめきは、

大きくなるばかりだった。


ミル

「そうだったんですね!」


「どんな妹さんだったんですか?」


クロ

「しっかり者だったよ!」


「俺が何かやらかす度に、

『兄さん!危ないからやめて!』って」


「毎回怒られてた!」


ルナ

「ふふっ」


「何となく想像できるわ」


ナナ

「とてもお兄さん思いだったんですね」


クロ

「そうなんだよ!」


「本当、

優しい妹だったなぁ」


クロの光が、

穏やかに揺れる。


クロ

「俺さ」


「昔から、

家の外の世界に憧れてたんだ」


その言葉に。


ミルは腕を組み、

何度も深く頷いた。


クロ

「俺達が住んでた家の周りだけじゃなくてさ」


「もっと遠くまで行ったら、

何があるんだろうって」


クロの光が、

少しだけ明るさを増す。


クロ

「知らない場所を歩いて」


「見たことのない景色を見て」


「色んな猫に会ってさ!」


「いつか自分の足で、

外の世界を旅してみたいって思ってたんだ」


ミル

「それはドキワクですよね!」


クロ

「だろ!」


「俺もずっと、

そういうのにドキドキワクワクしてた!」


その言葉に、

ミルは嬉しそうに頷いた。


けれど。


ノワは何も言わない。


クロが話していることを、

ただ黙って聞いていた。


クロ

「その夢のことは、

妹にもよく話してたよ」


「いつか絶対、

この家を出て旅するんだって」


「ノワはその度に、

心配そうにしてたけどな」


ノワ

「……」


クロ

「でも」


「一度も、

行っちゃ駄目とは言わなかったんだ」


クロの光が、

柔らかく揺れる。


クロ

「『兄さんが本当に行きたいなら、

私は応援するわ』って」


「そんなこと言ってくれてさ」


「それでも最後には必ず」


「『でも、

危ないことだけはしないでね』って」


「ははっ」


「最後まで、

心配されてたよ」


ノワの胸が、

強く締め付けられる。


忘れていない。


何度も聞かされた、

兄の夢。


楽しそうに外の世界を語る兄を、

心配しながら見ていた自分。


それでも。


その夢を諦めてほしいとは、

思わなかった。


クロ

「それで」


「本当に家を出る日が来てさ」


クロの光が、

静かに揺れる。


クロ

「最後に家を出る時もさ」


「本当は寂しかっただろうに」


「『……頑張ってね、兄さん』って」


「笑って送り出してくれたんだ」


その声には、

どこか懐かしむような響きがあった。


ナナ

「優しい妹さんだったんですね」


ルナ

「……きっと、

お兄さんの夢を応援したかったのね」


クロ

「うん」


「あいつ、

昔から俺のこと心配ばっかりしてたから」


クロの光が、

僅かに揺れる。


クロ

「だからさ」


「もしノワが、

俺が死んだことを知ったら」


「きっと怒るんだろうな」


「『兄さん、

あれだけいつも気を付けてって言ったのに』ってさ」


「ははっ」


「怒らせちゃったかなぁ」


明るく話すクロの光は、

穏やかに揺れていた。


ノワは俯いたまま、

静かに拳を握る。


名前だけじゃない。


妹が二匹いたこと。


兄を心配していたこと。


そして。


家を出ていったこと。


聞けば聞くほど、

クロの話はノワの記憶と重なっていく。


そしてノワには、

モモという名の妹がいた。


ノワ(心)

「まさか……」


「本当に……?」


それでも。


まだ。


ノワは最後の一歩を踏み出せずにいた。


胸の奥から込み上げるものを、

必死に押さえる。


震えそうになる声で、

ゆっくりと尋ねる。


ノワ

「……もう一匹は?」


クロ

「ん?」


クロの光が、

小さく揺れる。


そして。


何気ない声で答えた。


クロ

「ああ!」


「モモだよ!」


その瞬間。


ノワの思考が止まった。


ノワ

「……っ」


森を抜ける風の音が、

遠くなったように感じた。


クロ。


妹が二匹。


ノワ。


家を出た兄。


そして。


モモ。


胸の中で散らばっていたものが、

その名前を最後に、

一つへ繋がった。


もう、

偶然なんかじゃない。


否定する理由も。


疑う余地も。


何も残っていなかった。


ノワの頭の中が、

ぐちゃぐちゃになる。


嬉しい。


信じられない。


どうしてここにいるの。


どうして死んでいるの。


聞きたいことが、

次から次へと溢れてくる。


なのに。


何一つ、

言葉にならない。


胸の奥から込み上げてくるものを、

もう押さえきれなかった。


ノワの金色の瞳に、

じわりと涙が滲む。


それでも目を逸らさず、

目の前で揺れる小さな光を見つめる。


ノワ(心)

「間違いない……」


「兄さんだ」



第二部 第二十九話 完

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