「迷い猫」
第7話
夜。
リビングには、
少しぎこちない静けさが流れていた。
ついさっきまで別々だった四人が、
同じ部屋にいる。
まだ、
誰もその距離を測りかねていた。
部屋の灯りだけが、
静かに揺れている。
ミルはそんな空気も気にせず、
床に寝転んでいた。
猫じゃらしを天井へ向けて振る。
ひらり。
ふわり。
穂先が揺れるたび、
ノワは猫じゃらしをこっそり目で追い、
ナナはそんなミルとノワを、
こっそり見ていた。
ミル
「これで助けられるんですねぇ……」
ノワ
「まだ使えもしないでしょう」
ミル
「気持ちが大事なのです!」
ノワ
「はいはい」
ナナは食器を手に取り、
少し困ったように首を傾げた。
ナナ
「えっと……これ、どこに片付けるのかな?」
ナナが戸惑っているのを見ると、
ルナはすぐに歩み寄った。
ルナ
「それはこっち」
棚の扉を開き、
慣れた手つきで場所を示す。
ルナ
「大きいお皿は下」
ルナ
「小さいのは上よ」
ナナ
「なるほど……」
ナナはほっとしたように笑う。
ナナ
「ありがとう、ルナ」
その言葉に、
ルナはほんの少しだけ目を細めた。
ルナ
「困った時は聞いて」
ルナ
「この家のことは分かるから」
ナナはきょとんとした顔で、
棚とルナを交互に見た。
ナナ
「この家……」
ナナ
「ルナのお家なの?」
ルナ
「違うわ」
ルナは少しだけ表情をやわらげる。
ルナ
「この家は、ナナの家よ」
ナナ
「……え?」
ナナ
「わ、私の……?」
ナナは部屋を見回した。
見慣れているような、
でも思い出せないような景色。
ナナ
「私……」
ナナ
「こんな大事なことも覚えてないんだ……」
少しだけ不安そうに俯く。
ルナはすぐに言葉を重ねた。
ルナ
「焦らなくていい」
ルナ
「あなたが記憶をなくす前」
ルナ
「私たちは友人だったの」
ナナ
「友人……!」
ナナの顔がぱっと明るくなる。
ルナ
「ええ、だから困った事があれば気軽に頼って」
ナナ
「じゃあ……」
ナナ
「私、ルナのこと好きだったんだね」
ルナ
「え?」
ナナ
「だって、ルナすごく優しいもん」
ルナは珍しく言葉に詰まった。
ルナ
「……そういうことにしておいて」
ナナは嬉しそうに笑った。
ナナ
「えへへ……なんだか安心した」
ノワは腕を組んだまま、
じっとルナを見る。
ノワ
「ふぅん……」
ミルは起き上がり、
ふと真面目な顔になる。
ミル
「ルナ」
ミル
「さっきも聞いたんですけど…」
ミル
「迷い猫って、結局なんなんですか?」
ミルが踏み込んで聞く。
部屋の空気が、
少しだけ静まった。
ルナは静かに答える。
ルナ
「帰れなくなった猫たち」
ミル
「帰れない…?」
ルナ
「命が終わっても」
ルナ
「強い想いだけが残ることがある」
ルナ
「寂しさ」
ルナ
「怒り」
ルナ
「悲しみ」
ルナ
「苦しみ」
ルナ
「それらに囚われて」
ルナ
「この世とあの世の狭間を彷徨う魂」
ルナ
「それが迷い猫」
ノワは腕を組む。
ノワ
「つまり幽霊ってこと?」
ルナ
「少し違う」
ルナ
「もっと苦しくて」
ルナ
「もっと寂しいもの」
ナナは片付けの手を止め、
少し困ったように首を傾げた。
ナナ
「難しいことは分からないけど……」
ナナ
「私は…泣いてる子がいるなら」
ナナ
「助けてあげたいよ」
ミルは猫じゃらしを握る手に、
少し力を込めた。
ミル
「……」
夕方に見た、
あの黒い猫の姿が浮かぶ。
苦しそうな声。
逃げる姿。
赤い目。
ミル
「私……」
ミルは立ち上がる。
ミル
「やっぱり助けます!」
ミル
「絶対に!」
猫じゃらしを胸の前で握りしめる。
ミル
「帰してあげます!」
ルナはその姿を見つめた。
ルナ
「……あなたなら」
ルナ
「できるかもしれない」
ノワ
「まぁミルだけ行かせるわけにはいかないしね」
ナナは一歩前へ出る。
ナナ
「私も……」
ミル
「ナナ!」
ナナ
「出来ることならなんだって協力するわ!」
ナナの言葉に、
ミルは大きく頷いた。
ノワはため息をつく。
ノワ
「優しい子ばっかりね……」
ルナはミルの猫じゃらしを見る。
ルナ
「それは迷い猫を見つける道具でもある」
ミル
「やっぱりすごいです!」
ルナ
「近くにいるほど強く光る」
ノワ
「便利ね」
ルナ
「でも光った時は」
ルナ
「相手も近いということ」
ミル
「望むところです!」
ノワ
「何も分かってないわね……」
その時だった。
ミルの手の中で、
猫じゃらしが、
ふっと光る。
全員の視線が集まった。
ミル
「……おや?」
淡い光が、
少しずつ強くなる。
ルナの表情が変わる。
ルナ
「近いわ」
ナナ
「え……?」
ノワ
「まさか……」
ルナ
「迷い猫がいる」
ミルは勢いよく立ち上がった。
ミル
「行きましょう!」
ノワ
「ちょっと待ちなさい!」
四人は一斉に部屋を飛び出した。
――第7話 完




