「猫フードルーム」
第六話
ナナ
「ここはどこ?」
ナナは不安そうに周囲を見回していた。
見慣れない部屋。
柔らかな灯り。
壁際には見たことのない道具や家具が並び、どこか不思議な空気が漂っている。
ミル
「変な家です!」
ミルが勢いよく敬礼ポーズで答える。
ノワ
「説明が雑すぎるわよ」
ミル
「でも本当なんです!」
ナナ
「……?」
三人はナナを連れて、あの不思議な部屋へ戻ってきていた。
ミルは得意げに胸を張る。
ミル
「ここは!」
ミル
「猫フードルームです!」
ノワ
「ミル、今付けたでしょそれ」
ジト目気味のノワ。
ミル
「いい名前じゃないですか!」
ナナ
「ねこフード……ルーム」
その瞬間――
ズキッ
ナナの頭に、ほんのわずかな痛みが走る。
ナナ
「……」
ナナは小さく眉を寄せ、こめかみにそっと手を当てた。
何かを思い出しかけたような感覚。
けれど、それはすぐに霧のように消えてしまう。
ミル達は気付かない。
ノワ
「それで?」
ノワ
「ここは何なの?」
ミル
「えっとですね!」
ミルは部屋をぐるっと見回した。
大きなソファ。
猫用の丸いベッド。
高く組まれたキャットタワー。
床には猫じゃらしやボールのおもちゃまで転がっている。
クローゼットの近くには餌箱と水皿まで置かれていた。
ミル
「猫のすごい部屋です!」
ノワ
「見れば分かるわよ」
ミル
「しかもですね!」
ミルは勢いよく猫じゃらしを取り出す。
ふわっと先端が揺れた。
ミル
「武器もあるんです!」
ノワ
「それただの猫じゃらしでしょう」
ミル
「でも光るんですよ!」
ナナ
「光る……?」
ミル
「あとこれです!」
ミルは自分のフードを指差す。
猫耳付きのフードがぴこぴこと揺れた。
ミル
「これ被ると人間になれるんです!」
ナナ
「え…どう言うこと…?」
ナナはいきなりの情報量に理解が追いつかない。
ノワ
「大丈夫よ。この子これが普通だから」
ノワは頭を抱えながら答える。
ナナ
「分かったわ」
ノワ
「まぁもう一つ言うと」
ノワ
「その部屋に入っただけでも人間の姿になるの」
ナナ
「?」
ミル
「ナナちょっと見ててください!」
猫フードを脱いだミルが勢いよく部屋を飛び出す。
ノワ
「ちょっとミル――」
その瞬間――
ミルの姿が、白い猫へと変わる。
ナナ
「……!?」
ナナ
「え……?」
ノワ
「だから急にやるなって言ってるでしょ」
ミル(猫)
「にゃー!」
ミルはそのまま元気よく部屋へ戻ってくる。
すると――
再び人間の姿に戻る。
ナナは目を見開いたまま固まっていた。
ミル
「ほら!」
ミル
「こういうことです!」
猫フードを被り直したミルは、少し得意げに胸を張る。
ミル
「分かりましたか!?」
そう言ったミルの猫フードが少しズレる。
白い猫耳がちらりと見えた。
ナナは目を見開いたまま、ミルを見る。
ナナ
「あなた達……」
ナナ
「猫だったの……!?」
ノワは小さくため息をつき、ミルのズレているフードを直しながら答える。
ノワ
「そうよ」
ルナ
「……その話は後」
ミル
「え?」
ルナは窓の外を見る。
夜風でカーテンがわずかに揺れていた。
ルナ
「あなた達に話しておくことがある」
少しの沈黙。
空気が静かに張り詰める。
ルナ
「さっきの黒い猫を覚えてる?」
ミル
「はい!」
ノワ
「ええ」
ナナはもう既に目が点になっていた。
ナナ
「…?」
ルナ
「ごめんなさいねナナ。またゆっくり説明するわ」
ナナ
「え、ええ。ありがとう」
ルナ
「戻すわね。あれは魔物よ」
ミル
「魔物……?」
ルナ
「でも元は普通の猫」
ルナ
「悲しい生き方をした猫達」
ルナ
「寂しいまま」
ルナ
「苦しいまま」
ルナ
「その想いだけが残って」
ルナ
「魂が歪んだもの」
ルナ
「それが――」
ルナ
「迷い猫」
静かな声だった。
部屋の空気が少し重くなる。
ミル
「……」
ミル
「さっきの子……」
ミル
「助けられたんですか?」
ルナは少し目を伏せる。
ルナ
「……できたかもしれない」
静かな部屋。
ミルの表情が止まる。
ミル
「……」
一瞬だけ――
あの時の光景が、頭の中に浮かぶ。
苦しそうな声。
必死に逃げる姿。
絡みつく糸。
そして――
振り下ろしかけて、止めた手。
ミルの指が、わずかに震える。
ミル
「……」
ミル
「私……」
ミル
「逃がしちゃった……」
ミル
「助けられたかもしれないのに……」
ミル
「あの子は苦しかったのに……」
ミルは拳を握る。
俯いた髪の隙間から、悔しそうな表情が見えた。
ミル
「私のせいで……」
その瞬間――
ミルは顔を上げる。
ミル
「…いや…違います」
ノワ
「ミル?」
ミル
「次は」
ミル
「助けます!」
ミルは猫じゃらしを強く握る。
ミル
「絶対に」
ミル
「帰してあげます!」
その瞳には、さっきまでとは違う強い光が宿っていた。
ルナは静かにミルを見る。
ルナ(心)
「……やっぱり」
「この子なのね」
後ろから声がする。
ナナ
「私も……」
ナナ
「私も一緒に手伝わせて!」
ミル
「えっ?」
ノワ
「あなたが?」
ナナは少し戸惑いながら頷く。
ナナ
「私……」
ナナ
「さっきまでの記憶とか全くないし、何もできないかもしれないけど」
ナナ
「でも」
ナナ
「苦しんでるなら……」
ナナ
「一人にしたくない」
その目は、やさしいだけじゃない、強い意思を持っていた。
ミル
「ナナ……!」
ノワは腕を組む。
ノワ
「……で?」
ノワ
「どうやって助けるの?」
ミル
「これ……ですか?」
ルナは猫じゃらしを見る。
ルナ
「そう」
ノワ
「ただのおもちゃにしか見えないけど」
ルナ
「それが武器になる」
ミル&ノワ
「「本当に武器だったんですね(だったの!?)!?」」
ミルの目が輝く。
ルナ
「でも」
ルナ
「振るだけじゃダメ」
ルナ
「使い方を覚えないと」
ルナ
「助けられない」
ノワ
「……効き方に違いがあるってこと?」
ルナ
「そう」
ルナ
「元の猫が」
ルナ
「何を感じていたかで変わる」
ルナ
「好きだったもの」
ルナ
「嫌いだったもの」
ルナ
「その違いで」
ルナ
「弱点も変わるのよ」
ノワ
「厄介ね……」
ノワは小さく息をつく。
ノワ
「つまり相手によって違うってことね」
ルナ
「そうね」
ルナ
「その認識で間違い無いわ」
少しの間。
ミルは猫じゃらしを見つめる。
ミル
「……でも」
ミル
「やります」
ミル
「絶対、助けます」
その言葉に、迷いはなかった。
ノワ
「……まぁ」
ノワ
「やるしかないわね」
ナナは静かに頷く。
ナナ
「ええ」
ナナ
「困ってるなら見捨てることなんて出来ないわ」
――
それから、しばらくして。
さっきまでの重い空気が、少しだけ和らいでいた。
ミル
「……あれ?」
ノワ
「今度は何?」
ミル
「晩御飯どうします?」
ノワ
「……は?」
ナナは思わずくすっと笑う。
ナナ
「ふふっ」
ナナ
「確かに大事ね」
ルナは小さく息をつく。
ルナ
「……そうね」
ノワは額に手を当てる。
ノワ
「ほんとに切り替え早いわね……」
ミル
「お腹空いたんですよ!」
ミルは元気よく言う。
ミル
「頑張るにはご飯です!」
ビシッとノワを指差すミル。
ノワは一瞬だけ目を細める。
ノワ
「はいはい、分かったわよ」
ナナ
「私も賛成」
ナナ
「まずは元気にならないとね」
ノワ
「それもそうね」
第六話 完




