「魂の鈴」
第二章 第二十五話
「魂の鈴」
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和室に、
元気な返事が響いた。
ミル
「はい!」
猫神様は、
満足そうに頷く。
猫神様
「ほっほっほ」
「頼もしい返事じゃのう」
和室へ、
穏やかな空気が流れる。
ミルも、
少し照れくさそうに笑っていた。
その様子を見届けると、
猫神様は湯飲みへそっと手を添える。
一口お茶を飲み、
静かに息をついた。
そして。
猫神様
「……そういえばじゃ」
その一言で、
皆の視線が自然と猫神様へ集まる。
猫神様
「檻猫の件じゃが」
和室の空気が、
少しだけ引き締まる。
あの巨大な檻猫。
身体の中へ閉じ込められていた、
迷い猫達。
忘れようにも、
忘れられない光景だった。
猫神様
「少しだけ、
進展があってのう」
ミル
「本当ですか!」
猫神様は、
静かに頷く。
猫神様
「ここしばらく、
古い文献を調べておったんじゃ」
猫神様は、
一度目を閉じる。
猫神様
「その中で」
「禁忌として封じられた研究について、
書かれた記録を見つけた」
ミル
「禁忌の研究……?」
ノワ
「そんなものがあったの?」
ナナも、
思わず表情を曇らせる。
そのそばでは、
魚クッションが静かに漂っていた。
ルナは、
猫神様を見つめる。
ルナ
「……どんな研究だったんですか?」
猫神様
「人工的に歪み猫を作り出す研究じゃ」
和室が、
静まり返る。
ミル
「……え?」
ノワ
「人工的に……?」
ナナ
「歪み猫を……作る……?」
誰も、
すぐには言葉が出なかった。
猫神様
「詳しい事までは、
残されておらなんだ」
「じゃが」
「そこへ記されておった特徴が、
お主らの見た檻猫と非常によく似ておった」
ルナは、
静かに目を細める。
ルナ
「やはり……」
「自然に生まれた歪み猫ではない可能性が、
高いのですね」
猫神様
「今のところはのう」
「まだ断定は出来ん」
「じゃが、
無関係とは思えんのじゃ」
その時。
ミルの手が、
傍らに置いていた猫じゃらしへ伸びる。
ぎゅっ……。
無意識のうちに、
その手へ少しずつ力が入っていた。
ぶわり――。
ミルの髪が、
ふわりと逆立つ。
後ろでは、
ふさふさのしっぽが大きく膨らんでいた。
まるで、
威嚇する猫のように。
ノワは、
思わずミルを見る。
ルナも、
小さく目を見開く。
ナナも、
静かに息を呑んだ。
魚クッションも、
ナナのそばで動きを止めている。
こんなミルを見るのは、
皆、初めてだった。
ミルは、
ゆっくり顔を上げる。
その瞳には、
今まで見せた事のない強い感情が宿っていた。
ミル
「……許せません」
静かな声だった。
けれど。
その一言だけで、
和室の空気が張り詰める。
誰も、
言葉を返せなかった。
その場にいた全員が、
ミルの怒りを感じ取っていた。
猫神様は、
静かに頷く。
猫神様
「……そうじゃな」
猫神様は、
湯飲みを静かに置く。
猫神様
「そこで今」
「この手の文献に詳しい者へ、
調査を頼んでおる」
「もう少しすれば、
何か新しい事が分かるかもしれん」
ミルは、
小さく頷く。
猫神様
「安心せい」
「こちらも、
出来る限りの事は進めておる」
「何か分かり次第、
すぐお主らへ伝えよう」
和室には、
再び静かな空気が流れる。
猫神様は、
静かにミルを見つめる。
逆立っていた髪は、
少しずつ元へ戻り始めていた。
大きく膨らんでいたしっぽも、
ゆっくりと落ち着いていく。
猫神様
「……落ち着いたかの?」
ミルは、
小さく息を吐く。
握り締めていた猫じゃらしから、
少しずつ力が抜けていった。
ミル
「……大丈夫です」
そう答える声には、
まだ僅かに怒りが残っていた。
猫神様は、
そんなミルを静かに見つめる。
猫神様
「うむ」
「その優しさを、
忘れぬ事じゃ」
「じゃが」
「怒りに飲まれてはいかん」
ミル
「……」
猫神様
「一度、
ゆっくり深呼吸してみるとよい」
ミル
「……はい」
ミルは、
一度目を閉じる。
すぅ……。
ゆっくりと息を吸い。
ふぅ……。
静かに吐き出す。
そして、
再び目を開いた。
猫神様
「どうじゃ?」
ミル
「……大丈夫です」
先程とは違い、
その声からは力が抜けていた。
猫神様は、
満足そうに微笑む。
猫神様
「ほっほっほ」
「さて」
「その話とは別になるがのう」
「お主らに、
渡しておく物がある」
ミル
「?」
猫神様は、
懐へ手を入れる。
そして、
ゆっくりと取り出した。
小さな銀色の鈴。
白い房が揺れ、
神具らしい上品な輝きを放っている。
ミル
「わぁ! 鈴ですよノワ!」
目を輝かせるミル。
ノワ
「見れば分かるわよ」
ミル
「綺麗です!」
猫神様は小さく笑い、
ミルへそっと差し出した。
ミルは、
両手で大事そうに受け取る。
手のひらへ乗せると、
思っていたよりも軽かった。
ミル
「……?」
恐る恐る、
振ってみる。
ふりっ。
……。
音は鳴らない。
ミルは、
首を傾げる。
もう一度。
ふりふり。
……。
やっぱり鳴らない。
ミル
「鳴りません!」
ノワ
「鈴なのに?」
ナナも、
不思議そうに鈴を覗き込む。
魚クッションも、
ナナの横から鈴へ顔を向けるように近付いてくる。
ルナは、
静かに鈴を見つめていた。
猫神様は、
優しく頷く。
猫神様
「うむ」
「それでよい」
「その鈴は――」
猫神様は、
静かに微笑む。
猫神様
「魂の鈴じゃ」
ミルは、
手のひらの中にある魂の鈴を見つめる。
小さな銀色の鈴。
その時だった。
掛け軸の中で、
ソラが優しく微笑む。
次の瞬間。
ミルの頭の中へ、
優しい声が直接響いた。
ソラ
『やっとお話ができますね。』
ミルは、
思わず顔を上げる。
掛け軸の中のソラを見つめた。
ミル
「……!」
目を、
ぱちぱちと瞬かせる。
ミル
「ソラ……」
「分かります!」
「ソラが何て言っているのか、
分かります!」
ノワも、
思わず掛け軸を見る。
ノワ
「え……?」
ルナ
「ソラの声ね……」
ナナは、
小さく微笑む。
ナナ
「ちゃんと繋がったね」
ミル
「はいっ!」
猫神様は喜ぶミルを見て、
嬉しそうに笑った。
猫神様
「ほっほっほ」
「それが、
魂の鈴じゃ」
ミルは、
嬉しそうに魂の鈴を見つめる。
ミル
「ソラ!」
「もう一回お願いします!」
ソラは、
嬉しそうに頷く。
『はい、ミル姉様。』
ミルの表情が、
ぱっと明るくなる。
ミル
「本当にお話できます!」
「すごいです!」
猫神様は、
静かに頷いた。
猫神様
「その鈴は」
「魂との意思疎通を助ける神具じゃ」
「生きておる者には、
何の効果も無い」
「魂だけに作用する」
ミル達は、
静かに耳を傾ける。
ミル
「じゃあ」
「迷い猫とも、
お話できるんですか?」
猫神様は、
少しだけ表情を引き締めた。
猫神様
「出来ん事はない」
「じゃが」
「迷い猫は、
正常な状態ではない」
「強い未練や悲しみ」
「様々な想いに、
飲まれておる」
「故に」
「普通の会話は、
難しいじゃろう」
「届くとしても」
「助けてほしいという叫びや」
「帰りたいという願い」
「そういった、
断片的な想いくらいじゃ」
和室が、
静かになる。
ミルは、
魂の鈴をそっと握り締めた。
ミル
「……大切にします」
猫神様は、
優しく頷いた。
猫神様
「うむ」
ミルは、
魂の鈴を大切そうに握り締める。
ミル
「この鈴は」
「いつ使うんですか?」
猫神様
「うむ」
猫神様は、
静かにミル達を見渡した。
猫神様
「先程話した、
お主らの役目じゃが」
「この魂の鈴は、
そのために使ってもらう」
ミル
「この鈴を……?」
猫神様
「そうじゃ」
「これからお主らには」
「わしの管轄する領域の中から、
ルナへ巡回する場所を伝える」
「そこを四人で巡り」
「迷い猫になる前の魂を、
探してもらうんじゃ」
ミル達は、
真剣な表情で耳を傾ける。
ルナも、
静かに頷いた。
猫神様
「そして」
「見つけた魂へ、
魂の鈴で話しかける」
「その魂を保護し、
ここまで連れて来るんじゃ」
「その後は」
「わしが責任を持って、
天界へ送り届けよう」
ノワ
「ちょっと待って」
猫神様
「うむ?」
ノワ
「その魂って、
一度天界から弾かれた魂なんでしょ?」
「そのまま連れて行って、
大丈夫なの?」
猫神様
「ほっほっほ」
「もちろん、
そのまま連れて行く訳ではない」
ノワ
「じゃあ?」
猫神様
「ここで、
特殊な保護を施すんじゃ」
「その魂が抱えておる想いが、
周りの魂へ影響せぬようにな」
ノワ
「なるほど……」
猫神様
「その上で、
わしが天界まで送り届ける」
「一度弾かれた魂であっても、
適切な保護を施せば問題はない」
ノワ
「そういう事ね」
猫神様
「うむ」
ミルは、
手のひらの魂の鈴を見つめる。
猫神様
「それが」
「これからお主らに、
してもらいたい事じゃ」
小さな銀色の鈴。
これからは、
この鈴と一緒に、
たくさんの魂を助けていく。
ミルは、
そっと魂の鈴を握り締めた。
ミル
「迷い猫になる前に……」
「保護するんですね」
猫神様
「うむ」
「迷い猫となってしまえば、
救う事は簡単ではなくなる」
「じゃからこそ、
その前に手を差し伸べるんじゃ」
ミルは、
しっかりと頷いた。
ミル
「頑張ります!」
猫神様は、
優しく微笑む。
猫神様
「ほっほっほ」
「期待しておるぞ」
和室には、
穏やかな空気が流れていた。
新しい役目。
そして、
魂の鈴。
新たな一歩が、
静かに始まろうとしていた。
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第二章 第二十五話 完




