「魂の行き先」
第二章 第二十三話
魂の行き先
━━━━━━━━━━━━━━━
猫神様
「では次に」
「魂の行き先について、
話すとしようかのう」
和室は、
静かだった。
誰も口を挟まない。
先程聞いた話を、
まだ頭の中で整理している最中だった。
魂。
器。
迷い猫。
そして、
ソラ。
知っているつもりだった事が、
少しずつ形になっていく。
ナナのそばでは、
魚クッションが静かに漂っていた。
ミルは、
猫神様を見つめる。
ミル
「魂って……」
「死んだ後、
どうなるんですか?」
猫神様
「うむ」
猫神様は、
静かに頷いた。
猫神様
「生き物は寿命を迎えると、
魂だけの存在になる」
「そしてその後、
天界へ向かうんじゃ」
ノワ
「天界……」
聞き慣れない言葉だった。
ナナも、
不思議そうな顔をしている。
ルナは、
静かに猫神様の話へ耳を傾けていた。
ミル
「天国みたいな場所ですか?」
猫神様
「いや」
「お主らが想像する天国とは、
少し違うのう」
ミル
「違うんですか?」
猫神様
「天界は、
魂を管理する場所じゃ」
「魂達が次の生へ進むための、
準備をする場所でもある」
「じゃが」
「次の生を待つ魂達が、
穏やかに過ごす場所でもあるのう」
ミル
「おおー……」
ミルは、
素直に感心した声を漏らす。
今まで考えた事もなかった世界。
死んだ後の話。
けれど。
猫神様は、
まるで当たり前の事のように話している。
猫神様
「猫だけではない」
「人間も」
「犬も」
「鳥も」
「全てじゃ」
ミル
「みんな同じなんですね」
猫神様
「そうじゃ」
猫神様は、
ゆっくりと頷いた。
猫神様
「魂そのものに種族は無い」
「じゃから、
死後に向かう先も同じなんじゃ」
和室へ、
静かな空気が流れる。
生きている時は違う。
けれど。
死んだ後は、
皆同じ。
そんな世界がある。
ミルは、
少しだけ想像する。
たくさんの魂達が、
穏やかに過ごしている場所を。
ミル
「なんだか不思議です」
猫神様
「ほっほっほ」
猫神様は、
穏やかに目を細めた。
猫神様
「そうじゃろうな」
「生きておる者達には、
なかなか縁の無い話じゃ」
ノワ
「……確かにね」
ノワも、
小さく頷いた。
死後の世界。
考えた事はあった。
けれど。
こんな風に誰かから説明されるとは、
思っていなかった。
猫神様は、
湯飲みへ手を伸ばす。
そして。
一口、
お茶を飲んだ。
猫神様
「死者の魂は、
一度そこへ向かうようになっておる」
「そして、
次の生へ進むための準備をするんじゃ」
ミル
「準備ですか?」
猫神様
「うむ」
「天界へ辿り着いた魂達は、
まず次の生を待つ事になる」
「そして順番が来ると、
新たな生へ向かう準備を始めるんじゃ」
ミル達は、
静かに耳を傾けていた。
猫神様
「その際に行われるのが、
記憶の整理じゃな」
ミル
「記憶の整理……?」
猫神様
「うむ」
「前の人生で得た記憶を整理し、
新たな生へ向かうんじゃ」
ミルは、
少し考える。
そして。
そっと、
隣のノワを見た。
ノワは気付いていない。
ただ静かに、
猫神様の話を聞いていた。
ミルは、
小さく拳を握る。
ミル
「それって……」
「大切な記憶も、
無くなっちゃうんですか?」
和室が、
静まる。
猫神様
「うむ」
猫神様は、
静かに頷いた。
猫神様
「基本的にはの」
ミル
「……」
握った拳に、
少しだけ力が入る。
猫神様
「寂しい事じゃな」
猫神様の声は、
穏やかだった。
猫神様
「家族との思い出も」
「友との思い出も」
「大切な日々の記憶も」
「次の生へは、
持って行けん」
ミルは、
少し俯いた。
胸の奥が、
少しだけ苦しくなる。
ノワ。
ルナ。
ナナ。
そして、
ソラ。
一緒に過ごした時間。
笑った事。
喧嘩した事。
助け合った事。
そんなものが、
もし全部無くなってしまうのだとしたら。
それは、
とても悲しい事のように思えた。
猫神様
「じゃが」
ミルが、
顔を上げる。
猫神様
「全てが消える訳ではない」
ミル
「……?」
猫神様
「優しさも」
「好きなものも」
「大切にしてきた想いも」
「魂には残る」
和室に、
静かな声が響く。
猫神様
「記憶は失われる」
「じゃが」
「魂そのものが、
空っぽになる訳ではない」
「その者が大切にしてきたものは、
形を変えながら残り続ける」
猫神様は、
穏やかに言葉を続ける。
猫神様
「そうやって転生を繰り返していく中で」
「その魂は、
少しずつ磨かれていくんじゃよ」
ナナ
「……素敵ですねぇ」
ナナは、
優しく微笑んだ。
ルナ
「……」
その言葉に。
ルナは、
ほんの一瞬だけナナを見る。
その表情が、
僅かに柔らかくなる。
けれど。
どこか、
言葉には出来ないものも残っていた。
猫神様は、
そんなルナへ静かに目を向ける。
そして。
何も言わず、
穏やかに目を細めた。
猫神様
「うむ」
「だからこそ」
「また誰かを助けようとする者もおる」
「また誰かを守ろうとする者もおる」
「そしてまた、
誰かと出会う」
「そうして魂は、
巡っていくんじゃ」
ミル
「おおー……」
猫神様
「そして」
猫神様は、
湯飲みをそっと置いた。
猫神様
「準備が終われば転生する」
「新たな生としてのう」
和室に、
静かな空気が流れる。
ミルは、
その言葉を確かめるように、
ゆっくりと頷いた。
死んだ後にも、
道は続く。
終わりではなく。
また、
新しい始まりがある。
ミルはその話を、
真剣な表情で聞いていた。
そして。
猫神様
「……じゃが」
その一言で。
和室の空気が、
少しだけ変わった。
ミルもノワも、
自然と猫神様を見る。
猫神様
「全ての魂が、
天界へ辿り着ける訳ではない」
ミル
「え?」
ノワ
「どういう事?」
猫神様
「うむ」
猫神様は、
静かに頷く。
猫神様
「本来、
魂は天界へ向かうようになっておる」
「じゃが中には、
入口で弾かれてしまう魂もおるんじゃ」
和室が、
静まる。
ミル
「弾かれる……?」
猫神様
「強い未練」
「強い執着」
「想い残し」
「そういったものを、
抱えた魂じゃな」
ミル達は、
黙って聞いていた。
猫神様
「わしらの意思ではない」
「もっと昔から存在する仕組みじゃ」
「天界は、
次の生を待つ魂達が過ごす場所でもある」
猫神様は、
静かに続ける。
猫神様
「さっきも話したがのう」
「魂だけの存在は、
周囲の影響を受けやすい」
「故に」
「強い未練や執着を抱えた魂が入れば、
他の魂達まで影響を受けてしまう」
猫神様は、
一度言葉を切った。
猫神様
「天界には毎日、
数え切れぬほどの魂達がやって来る」
「猫も」
「人間も」
「その他の生き物達もじゃ」
「故に、
一つ一つを例外扱いする事は出来ん」
「じゃからあの仕組みは」
「中におる魂達を守るために、
働いておるんじゃ」
和室が、
静かになる。
ミルは、
少しだけ俯いた。
猫神様
「未練を抱く事自体が、
悪い訳ではない」
「大切な者を想う気持ちもある」
「どうしても諦められぬ願いもある」
猫神様の声は、
穏やかだった。
猫神様
「じゃが」
「その想いが強すぎた時」
「天界は、
その魂を弾き出すんじゃ」
ミル
「……」
猫神様
「そして」
猫神様は、
静かにミル達を見渡した。
猫神様
「弾かれた魂達は」
「別の場所へ、
流れ着く事になる」
和室に、
静寂が落ちる。
誰も、
すぐには言葉を返せなかった。
死んだ後も。
全てが終わる訳ではない。
けれど。
全ての魂が、
その道を歩ける訳でもない。
ミル
「別の場所……?」
小さな声が、
零れた。
猫神様は、
静かに頷いた。
━━━━━━━━━━━━━━━
第二章 第二十三話 完




