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ドキワク猫の冒険  作者: NOBU
第二章〜ナナの家と愛情の形〜
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63/86

「天使と悪魔」

夏休みスペシャルで二話分です!

第二章 第二十話


「天使と悪魔」


━━━━━━━━━━━━━━━


昼過ぎ。


ナナの家。


一階のキッチンには、

小麦とチーズの香りが広がっていた。


買い物から帰ってきた四人は、

早速ピザ作りを始めていた。


調理台の上には、

先程買ってきた食材が並んでいる。


ナナとルナは、

慣れた手付きで生地を伸ばしていた。


そのそばでは。


魚クッションが、

ナナの周りをふわふわと漂っている。


丸く広げた生地へソースを塗り。


その上へ具材と、

たっぷりのチーズを乗せていく。


オーブンは少し大きめで、

一般的なMサイズのピザならそのまま焼く事が出来た。


その少し離れたところでは。


ミルが、

出来上がった料理を乗せる皿を運んでいる。


ノワは、

人数分のコップをテーブルへ並べていた。


少し前までは、

こういう事を手伝う機会も少なかった。


けれど。


ナナの家で一緒に暮らし。


皆で料理を作り。


皆で片付けをする。


そんな毎日を過ごすうちに。


こうして自然と、

それぞれが出来る事を手伝う様になっていた。


ミル

「お皿完了です!」


最後の一枚を置き、

ミルが満足そうに胸を張る。


ノワ

「コップも終わり」


ナナ

「ありがとう」


ルナ

「助かるわ」


オーブンの中では、

一枚目のピザが焼かれている。


生地の上で、

チーズが少しずつ溶けていく。


ミルは、

その様子をじーっと見つめていた。


ミル

「まだですか」


ノワ

「早い」


ミル

「でも良い匂いです」


ノワ

「それは分かる」


香ばしい匂いが、

オーブンの隙間から漂ってくる。


ミルの耳が、

ぴくぴくと動いた。


しっぽも、

期待を隠せない様に揺れている。


ミル

「ドキワクで髪逆立って来ました!」


ノワ

「便利な言葉ね、それ」


ルナが、

生地を整えながら少し笑う。


ナナも、

そんなミルを見て小さく微笑んだ。


魚クッションは、

そんな皆の間をのんびり漂っている。


やがて。


チン。


焼き上がりを知らせる音が鳴った。


ミル

「おおー!!」


待ってましたと言わんばかりに、

ミルがオーブンへ近付く。


ナナ

「ミル、熱いから少し離れてね」


ミル

「はい!」


素直に一歩下がる。


ナナが、

ミトンを着けてオーブンの扉を開いた。


その瞬間。


香ばしい香りが、

一気にキッチンへ広がった。


とろりと溶けたチーズ。


こんがり焼けた生地。


焼き目の付いた具材からも、

食欲を誘う香りが立ち上っている。


ミル

「チーズが本気です!」


ノワ

「また言ってる」


ナナは、

焼き上がったピザを慎重に取り出した。


熱々のピザを、

まな板の上へ置く。


そして。


四等分に切り分ける。


その間に。


ルナは二枚目のピザを、

オーブンへ入れた。


ナナ

「先に食べましょうか」


ミル

「はい!」


皿へ乗せられる、

焼きたてのピザ。


四人は、

それぞれ席へ着く。


全員

「いただきます」


ミルは早速、

ピザを一切れ持ち上げる。


先端から、

溶けたチーズがとろりと伸びた。


ミル

「おお……」


少し息を吹きかけてから。


ぱくっ。


ミル

「おいしいです!!」


ノワ

「声大きいわよ」


ミル

「だってチーズが伸びてます!」


ミルがピザを離すと。


チーズが、

びよーんっと長く伸びる。


ノワ

「ピザなんだから伸びるでしょ」


ミル

「凄いです!」


ノワ

「聞いてないわね……」


ミルは、

幸せそうな顔で頬張った。


ナナは、

そんな様子を見て微笑む。


ルナも、

焼きたてのピザを味わいながら静かに食べている。


時折。


ミルとノワのやり取りに、

小さく笑いながら。


魚クッションは、

ナナのそばで静かに漂っていた。


穏やかな昼食だった。


━━━━━━━━━━━━━━━


ナナ

「ごちそうさま」


ルナ

「ごちそうさま」


二人は、

ミルとノワより先に食べ終える。


ナナは食器をまとめ、

ルナはその食器を受け取って洗い始めた。


蛇口から流れる水の音が、

キッチンへ響く。


その時。


チン。


二枚目のピザが、

焼き上がった。


ナナ

「あっ」


ナナはミトンを着け、

オーブンから二枚目のピザを取り出す。


再び。


焼きたての香りが、

キッチンいっぱいに広がった。


ナナは、

それを四等分に切り分ける。


ナナ

「確かここに置いたはず……」


何かを思い出した様に、

ナナはテーブルの下へしゃがみ込む。


猫神様へ持っていくために、

用意していた箱。


それを探して、

奥へ手を伸ばす。


魚クッションも、

そんなナナのそばをふわふわと漂っている。


そこへ――


ミル

「おおー……」


一枚目を食べ終えたミルが、

匂いにつられる様にやって来る。


そして。


ぴたり。


足を止めた。


テーブルの上。


まな板には、

四等分に切られた焼きたてのピザ。


とろりと溶けたチーズ。


こんがり焼けた生地。


まだ湯気すら残っている。


焼けたチーズの芳醇な香りが、

容赦なくミルの食欲を刺激する。


ミル

「……」


じーっ。


ミルは、

ピザを見つめる。


ナナは、

まだテーブルの下を探している。


ミル

「……」


そして。


ミル

「いただきます!」


ひょいっ。


何の迷いもなく、

一切れを持ち上げる。


その瞬間。


魚クッションが、

びくっと大きく揺れた。


そして。


慌てた様子で、

ミルの顔の近くへ飛んでくる。


ミル

「?」


魚クッションは、

ミルの目の前で上下にふわふわと揺れる。


まるで。


何かを必死に伝えようとしている様だった。


ミル

「食べたいんですか?」


魚クッションは、

ぶんぶんと身体を横に振る。


ミル

「?」


しかし。


ミルの手には、

焼きたてのピザ。


目の前には、

とろりと溶けたチーズ。


ミル

「いただきます!」


ぱくっ。


魚クッションが、

がくんっと力なく傾いた。


もぐもぐ。


ミルは、

幸せそうな顔で頬張る。


ミル

「こもひーずあ(このチーズが)」


もぐもぐ。


ごくん。


ミル

「最高にドキワクですぅ……」


その横で。


魚クッションだけが、

力なく斜めに傾いたまま漂っていた。


その時。


ナナ

「あったあった!」


ミル

「!」


箱を見つけたナナが、

テーブルの下から立ち上がる。


ナナ

「さてと……あら?」


ピザを箱へ入れようとして。


固まった。


ナナ

「……?」


一切れ。


消えている。


ナナは、

まな板を見る。


そして。


ゆっくりと視線を動かした。


そこには。


ミル。


もぐもぐ。


そのすぐそばには、

力なく傾いたままの魚クッション。


ナナ

「ミル?」


ミル

「はい?」


ナナ

「それ、

猫神様の分なんだけど……」


ミル

「…………」


止まった。


身体だけが。


ミルの額からは冷や汗が流れ、

目は完全に泳いでいるが、

口は動いていた。


もぐもぐ。


もぐもぐ。


ルナ

「……」


ナナ

「……」


ミル

「…………」


もぐもぐ。


その時。


ノワが近付いてくる。


ノワ

「ナナ、美味しかっ――」


ぴたり。


止まった。


視線の先。


固まったままもぐもぐしているミル。


困り顔のナナ。


無言で様子を見ているルナ。


そして。


四分の一だけ欠けたピザ。


ノワ

「……」


ミル

「…………」


もぐもぐ。


ごくん。


飲み込んだ。


沈黙。


気まずい。


とても気まずい。


誰も何も言わない。


ミルも、

何も言えない。


ナナは、

困った様にミルを見ている。


ルナは何も言わず、

食器を洗い続けている。


じゃあっ。


水の流れる音だけが、

妙に大きく聞こえる。


ただ。


その肩だけが、

少し上下に揺れていた。


時間だけが過ぎる。


なんとも言えない空気だった。


本当に。


なんとも言えない空気だった。


ノワ

「何やってるのよ」


ミル

「……」


ノワ

「……まさかとは思うけど」


ノワは、

欠けたピザを見る。


次にミルを見る。


もう一度、

欠けたピザを見る。


ノワ

「食べたの?」


ミル

「……はい」


小さな声だった。


ノワ

「何で?」


ミル

「焼きたてだったので……」


ノワ

「理由になってないわよ」


ミル

「でも焼きたてだったんです」


ノワ

「二回言われても変わらない!」


ミルは、

しょんぼりと肩を落とした。


耳も、

分かりやすく垂れている。


その手には。


まだ、

食べかけのピザが残っていた。


ノワ

「困ったわね」


ミル

「……」


ミルは、

手元のピザを見る。


猫神様の分。


食べてはいけなかったピザ。


それは、

ちゃんと分かっている。


知っていれば、

食べていなかった。


けれど。


既に一口、

食べてしまった。


ミルは、

手に残っているピザを見た。


ミル

「……」


どうするべきか。


考える。


そして。


頭の中。


ミル

『緊急ミル会議を始めます』


『議長は私。ミルが務めさせてもらいます!』


『目下、

議題はこの手に持っているピザです!』


『どうするべきでしょうか』


悪魔ミル

『食べましょう』


ミル

『理由をお願いします』


悪魔ミル

『焼きたてです』


『チーズたっぷりです』


『とても美味しそうです』


ミル

『なるほど』


『天使さんはどうでしょう』


天使ミル

『食べ物を粗末にしてはいけません』


ミル

『なるほど』


天使ミル

『既に手に持っています』


『ましてや食べかけの物をプレゼントの横に置くなどもっての他です!』


『ここで残すのも良くありません!』


ミル

『なるほど』


天使ミル

『責任を持って食べるべきです!』


悪魔ミル

『食べるべきです』


ミル

『食べるべきですね』


満場一致だった。


ミルは、

残っていたピザを口元へ運ぶ。


もぐ。


魚クッションが、

ぴくっと揺れる。


ノワ

「食べるな」


すかさず。


こつんっ。


ノワが、

ミルの頭へ優しくチョップする。


ミル

「!?」


ぴたりと止まる。


ミルは、

空いている手で頭を押さえながらノワを見る。


ミル

「あぁ!ドキワクなこの手がっ!」


ノワ

「またそれ!?」


ノワは呆れながら、

テーブルの上の欠けたピザを見る。


ノワ

「でもこんなに欠けてたら」


「丸いピザはプレゼント出来ないわね」


ミル

「!!?」


顔色が変わった。


ミル

「そ、そんな……」


ノワ

「事実よ」


ミルは、

欠けてしまったピザを見る。


ミル

「丸くないピザだなんて……」


ミルの耳が、

力なく垂れる。


ミル

「終わりました……」


ノワ

「何が」


ミル

「ミルの猫生です……」


ノワ

「ピザ一切れで終わる猫生って何よ」


ミル

「どうしましょう……」


欠けたピザを見る。


ミル

「どうしましょう……」


今度は、

ノワを見る。


そして。


その時。


ミルの視線が、

ルナへ向いた。


ミル

「ルナ!」


ルナ

「なに?」


ミルの表情が、

ぱっと明るくなる。


何か、

素晴らしい解決策を思い付いた顔だった。


ミル

「ルナの毛糸術で何とかなりませんか!?」


ルナ

「出来るわけないじゃない」


即答だった。


ミル

「そんなぁ!?」


ルナ

「そもそも何をどうするのよ」


ミル

「ピザを丸く戻します!」


ルナ

「無理よ」


ミル

「そんなぁ……」


二度目だった。


ミルは、

がっくりと肩を落とす。


耳まで、

再びしょんぼりと垂れた。


その様子を見ていたナナが、

とうとう小さく笑った。


ナナ

「まぁ」


ミル

「……」


ナナ

「猫神様一人じゃ、

食べ切れる量じゃないから」


ミル

「え?」


ミルが、

顔を上げる。


ナナ

「一切れくらいなら大丈夫よ」


ミル

「……」


ナナ

「あと、

丸くなくてもピザはピザよ」


ナナは、

安心させる様に優しく微笑んだ。


ミル

「本当ですか?」


ナナ

「ええ」


ミル

「ナナァァァ!」


勢いよく抱きつく。


ナナ

「わっ」


ナナの身体が、

少しだけ後ろへ揺れる。


魚クッションも、

驚いた様にふわっと横へ避けた。


ミルはそのまま、

ぎゅーっとナナへしがみついた。


ミル

「ありがとうございますぅ!」


ナナ

「ふふっ」


ミルは、

本気で安心した様だった。


ノワは、

そんな二人を見ながらため息を吐く。


ノワ

「最初から食べなきゃよかっただけでしょ」


コアラの様にナナへ抱きついたまま。


ミルが、

しょんぼりした顔でノワを見る。


ミル

「返す言葉もありません……」


ノワ

「でしょうね」


ルナは、

洗い終えた最後の食器を置く。


そして。


欠けたピザと、

ナナに抱きついているミルを見比べた。


ルナ

「とりあえず出ましょうか」


ナナ

「そうね」


ミル

「はい……」


ノワ

「その前に離れなさいよ」


ミル

「もう少しです」


ノワ

「何がもう少しなのよ」


ナナ

「ふふっ」


ルナも、

小さく笑った。


魚クッションは、

再びナナのそばへ戻り、

ふわふわと漂っている。


テーブルの上には。


四分の一だけ欠けた、

少し不格好なピザ。


けれど。


焼きたての香ばしい匂いは、

まだしっかりと残っている。


ナナは箱を広げると、

残った三切れを丁寧に詰めていった。


丸くなくても。


少し欠けていても。


猫神様への、

四人からのお土産には違いない。


もっとも。


一切れが消えた理由については。


猫神様へ着いてから、

ミル自身に説明してもらう事になりそうだった。


ミル

「……」


ミルは、

箱へ入れられていくピザを見つめる。


ノワ

「ちゃんと自分で言いなさいよ」


ミル

「……はい」


小さく返事をして。


少しだけ間を置く。


ミル

「怒られます?」


ノワ

「知らないわよ」


ミル

「そんなぁ……」


ナナ

「大丈夫よ」


ルナ

「ちゃんと謝ればね」


ミル

「……!」


ミルは、

こくんっと頷いた。


ミル

「ちゃんと謝ります!」


ノワ(心)

「まぁあのおじいちゃんが怒るとは思わないけど」


こうして。


少しだけ形の変わってしまったピザを持って。


四人は、

猫神様の社へ向かう準備を始めた。


魚クッションも、

いつもの様にナナのそばを漂いながらついていく。


――果たして。


猫神様は、

三切れになったピザを見て。


何と言うのだろうか。


ミルは、

箱に入った三切れのピザを見つめる。


ミル

「……怒られませんよね?」


ノワ

「知らないって言ってるでしょ」


ミル

「そんなぁ……」


ナナの家ではミルの、

悲痛な叫びが響いていた。


━━━━━━━━━━━━━━━


第二章 第二十話 完

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