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ドキワク猫の冒険  作者: NOBU
第二章〜ナナの家と愛情の形〜
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59/86

「見守るということ」

第二章 第十六話


見守るということ


――


しばらくの後。


猫神様の社。


洋室のリビング。


賑やかだった晩御飯も終わり。


部屋には、

食後の穏やかな空気が流れていた。


先程まで料理でいっぱいだったテーブルには、

空になった皿や茶碗が並んでいる。


ほんの少し前まで聞こえていた、

賑やかな笑い声。


それも今は落ち着き。


代わりに。


重ねられる食器の音や、

水の流れる音が静かに響いていた。


ナナ

「よいしょっと」


ナナは、

重ねた食器を両手で持ち上げる。


かちゃり。


重なった皿が、

小さな音を立てる。


その横から。


ルナ

「それ、こっちにちょうだい」


ナナ

「ありがとう」


ルナがいくつか受け取り、

二人で食器を運んでいく。


ナナが流しへ食器を置くと。


ルナは手際よく、

残った小鉢をまとめていく。


二人の動きは、

随分と慣れたものだった。


少し離れたところでは。


ノワが布巾を手に、

テーブルを拭いていた。


ノワ

「ここも……」


すっ。


すっ。


食べこぼしを集めながら、

丁寧に拭いていく。


そして。


その反対側。


ミルも同じ様に、

布巾を握っていた。


ミル

「ふんふん〜」


上機嫌に鼻歌を歌いながら、

テーブルの上を拭いていく。


すっ。


すっ。


すっ。


ノワ

「ミル」


ミル

「はい?」


ノワ

「同じところばっかり拭いてるわよ」


ミル

「綺麗になります!」


ノワ

「そこだけね!」


ミル

「……!」


ミルは、

ぴたりと手を止める。


そして。


自分の周りを見回した。


確かに。


目の前の一部分だけが、

妙に念入りに磨かれている。


ミル

「……」


ノワ

「……」


ミル

「ではこっちです!」


ノワ

「最初からそうしなさいよ……」


ミルは布巾を持ったまま移動すると、

今度は少し離れた場所を拭き始める。


そんな二人のやり取りを横目に。


ナナは、

食器を片付けながらくすっと笑った。


そのそばでは。


魚クッションが、

ふわふわと宙を漂っている。


ナナが食器を持って移動すれば。


すいーっ。


魚クッションも、

その後をついていく。


ナナが止まれば。


ぴたっ。


魚クッションも止まる。


再びナナが歩けば。


すいーっ。


何をする訳でもなく、

当たり前の様についていく。


ノワ

「……」


ノワは、

布巾を動かしながらその様子を見る。


そして。


ナナを見る。


食器を片付け。


時々ミルの様子を気にして。


魚クッションを連れて歩いている。


ノワ

「……何かさ」


ナナ

「ん?」


ナナが、

食器を手にしたまま振り返る。


ノワ

「ナナって」


少し考えて。


ノワ

「ちょっとお母さんっぽいわよね」


ナナ

「え?」


ナナが、

目を丸くする。


ナナ

「私が?」


ノワ

「うん」


ノワは、

布巾を動かしながら続ける。


ノワ

「ご飯作ってくれるし」


「こうやって片付けもするし」


ナナ

「それならルナもやってるわよ?」


ルナ

「私はお母さん?」


ノワ

「そういう話じゃないわよ」


ルナ

「違うの?」


ノワ

「何でちょっと残念そうなのよ」


ルナ

「別に残念じゃないけど」


そう言いながら。


ルナは、

何事も無かった様に食器を重ねる。


ナナ

「ふふっ」


ノワ

「それだけじゃなくて」


ナナ

「?」


ノワ

「何かあったら、

すぐ心配するでしょ」


ナナ

「だって心配だもの」


ノワ

「ほら」


ナナ

「ほら?」


ノワ

「そういうところ」


ナナは、

いまいち分かっていない様に首を傾げる。


ルナ

「皆の事も、

よく見てるわね」


ノワ

「そうそう」


ノワは、

布巾を動かす手を止める。


そして。


ちらっと、

ミルを見る。


ミルは一人。


先程とは違う場所を、

一生懸命拭いている。


ノワ

「特にミルとか」


ミル

「ミルです?」


自分の名前だけは、

しっかり聞こえていた。


ノワ

「アンタが何か始めると、

ナナずっと見てるじゃない」


ミル

「そうなんです?」


ミルは、

布巾を握ったままナナを見る。


ナナ

「だって心配だもの」


ミル

「心配です?」


ナナ

「ミルは特にね」


ミル

「何でです!?」


ノワ

「自覚ないの!?」


ナナ

「ふふっ」


ミルは、

少し納得がいかない様子で首を傾げる。


だが。


すぐにテーブルへ向き直り、

再び拭き掃除を始めた。


ノワ

「ほらね」


ナナ

「でも」


ノワ

「?」


ナナは、

手にしていた食器へ視線を落とす。


ナナ

「心配だからって」


「何でも止めたくはないのよね」


ノワ

「……そうなの?」


ナナ

「うん」


ルナは、

その言葉を聞いて。


何か分かった様に、

静かにナナを見る。


ナナ

「私も」


少しだけ間を置く。


ナナ

「記憶を失ってから」


「何にも分からないところから、

色々始めたから」


静かな声。


ナナは、

手元の食器を見る。


つい先程まで。


自分とルナが作った料理が、

盛り付けられていた皿。


ナナ

「料理だって、

最初から出来た訳じゃないし」


「家の事も」


ナナは、

隣にいるルナを見る。


ナナ

「ルナにいっぱい教えてもらったの」


ルナ

「……そうね」


ナナ

「最初の頃なんて」


「失敗ばっかりだったわよね」


ルナ

「色々あったわね」


ナナ

「……」


その言葉に。


ナナの頭へ、

当時の光景が浮かぶ。


――初めて卵を割った時。


こんっ。


ナナ

「こう?」


ぱかっ。


ボウルの中へ落ちた卵。


黄身は見事に潰れ。


その横には、

細かな殻がいくつも浮かんでいた。


ナナ

「……」


ルナ

「……殻から取ろうか」


――また別の日。


ナナ

「パン粉ね」


袋を傾ける。


ざざざざざっ。


ナナ

「あっ」


止める間もなく。


大量のパン粉が、

ボウルの中へ雪崩れ込んだ。


山の様に積み上がるパン粉。


ナナ

「……」


ルナ

「……随分入れたわね」


ナナ

「入っちゃった……」


そして。


また別の日。


皿の上には、

少し形の崩れただし巻き卵。


ナナ

「出来た!」


ナナは少し得意そうに、

だし巻き卵を一切れ口へ運ぶ。


ナナ

「……」


ぴたり。


ナナの動きが止まる。


ルナ

「どうしたの?」


ナナ

「……甘い」


ルナ

「え?」


二人の視線が、

ゆっくり調味料へ向かう。


そこにあったのは。


砂糖。


ナナ

「……」


ルナ

「……」


ナナ

「塩じゃなかったのね……」


――


ナナ

「ふふっ」


思い出したナナは、

堪えきれず小さく笑う。


ナナ

「本当に色々あったわ」


ルナも、

当時を思い出したのか。


僅かに口元を緩めた。


ルナ

「そうね」


ナナ

「料理も失敗したし」


「教えてもらっても、

上手く出来なかったり」


「やり直したり」


「もう一回って、

何度も挑戦したり」


ノワは、

いつの間にか布巾を動かす手を止めていた。


ただ静かに。


ナナの話を聞いている。


ナナ

「でもね」


「ルナは最初から全部、

代わりにやったりしなかったの」


ルナは、

何も言わずナナを見る。


ナナ

「やり方を教えてくれて」


「私にやらせてくれて」


「失敗しても」


「じゃあ次はこうしてみようって、

また教えてくれた」


ナナは、

小さく笑う。


そして。


手にしていた皿へ、

もう一度視線を落とした。


ナナ

「だから」


皿を、

そっと流しへ置く。


ナナ

「今日みたいなご飯も、

作れる様になった」


ノワ

「……」


ノワは。


綺麗になったテーブルを見る。


ついさっきまで、

そこには料理が並んでいた。


自分も食べた。


唐揚げも。


だし巻き卵も。


どれも、

美味しかった。


けれど。


今日のあの料理も。


最初から、

当たり前に作れたものではない。


失敗して。


教わって。


もう一度やって。


また失敗して。


それでも挑戦した先に。


今日の晩御飯があった。


ノワは、

静かにナナへ視線を戻す。


ナナ

「だからかな」


「失敗する事って」


「悪い事ばっかりじゃないって、

思うのよね」


ノワ

「……失敗する事が?」


ナナ

「うん」


ナナは、

静かに頷いた。


ナナ

「失敗したから、

分かる事もあるし」


「出来なかった事が、

次は出来るかもしれない」


「そうやって何度も挑戦した事が」


「次に繋がっていく事もあるから」


ノワ

「……」


ナナ

「だから私も」


ナナは、

テーブルを拭いているミルを見る。


先程とは違って。


今度は同じ場所だけではなく、

少しずつ場所を変えながら拭いている。


ナナ

「誰かが何かに挑戦したいって思った時は」


「出来るだけ、

信じてあげたい」


ノワは、

ナナの視線を追う。


ミル

「ふんふん〜」


何も知らないミルは、

楽しそうに布巾を動かしている。


ナナ

「それにね」


「何かに挑戦させてあげるなら」


少し考えて。


ナナ

「失敗するところまで、

ちゃんとその子にやらせてあげたいの」


ノワ

「失敗するところまで?」


ナナ

「うん」


「上手くいきそうな時だけ見てて」


「失敗しそうになったら、

すぐ代わりにやってあげるんじゃなくて」


「失敗して」


「何で出来なかったんだろうって考えて」


「じゃあ次はこうしてみようって、

もう一回やってみる」


ナナは、

隣にいるルナを見る。


ナナ

「私も、

そうやって覚えてきたから」


ルナ

「……そうね」


ナナ

「だから」


「挑戦するって、

上手くいく事だけじゃないと思うの」


「失敗する事も、

その子が挑戦した証だから」


ノワ

「……」


ナナ

「それまで先に取っちゃうのは、

ちょっと違うかなって」


ノワ

「……なるほどね」


ナナ

「もちろん」


「危ない時は、

ちゃんと止めるわよ」


「困ってたら、

手も貸してあげたい」


ナナは、

少し笑う。


ナナ

「でも」


「その前に一回くらい」


「この子なら出来るかもしれないって、

信じて見ててあげたいの」


ノワ

「……」


ナナ

「失敗したら」


「そこからまた、

次に挑戦出来る様にしてあげる」


「その子が自分で経験して」


「そこから何かを学んで」


「その経験を、

次へ繋いでいける様に」


ナナは、

テーブルを拭くミルへ優しく視線を向ける。


ナナ

「すぐ手を伸ばせるところで、

見ててあげたいの」


静かな声だった。


何か特別な事を、

言っている様子でもない。


ただ。


自分が経験して。


感じた事を。


そのまま話しているだけだった。


ノワ

「……」


ノワは、

何も言わずナナを見る。


今までだって。


ナナが皆を気に掛けている事は、

知っていた。


よく笑って。


少し世話焼きで。


いつも皆の事を気にしている。


けれど。


どうしてそうしているのか。


その優しさの奥にある考えまで、

聞いたのは初めてだった。


ノワ

「……そう」


短い返事。


そして。


止まっていた手を、

再び動かす。


すっ。


すっ。


布巾が、

テーブルの上を滑っていく。


その向かいでは。


ミルがまだ、

一生懸命テーブルを拭いていた。


少し前まで。


同じところばかりを、

何度も拭いていたミル。


今は。


ほんの少しだけ。


拭ける場所が、

広がっている。


ナナは、

そんなミルを静かに見守っていた。


手は出さず。


けれど。


何かあれば、

すぐに手を伸ばせるところで。


その姿を見て。


ノワは、

ほんの少しだけ目を細めた。


食器の触れ合う、

小さな音。


水の流れる音。


そして。


ミルの楽しそうな鼻歌。


穏やかな時間が、

静かに流れていく。


見守るということ。


それが何なのか。


ノワには、

まだよく分からない。


ただ。


ナナの言葉は。


不思議と、

心のどこかに残っていた。


――


第二章 第十六話 完

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