「模索」
第二章 第十四話
模索
――
猫神様の社。
夜。
畳の香りが漂う静かな和室。
壁の右手には、
静かに掛けられた掛け軸。
その中では、
ソラが静かにこちらを見ている。
左手には、
一体の木彫りの猫像が静かに置かれていた。
掛け軸の近くには、
猫神様。
その前に、
ミル達が座っている。
誰もすぐには喋らない。
ミルは、
手にした猫じゃらしへ視線を落としていた。
やがて。
ゆっくりと顔を上げる。
ミル
「……助けられますよね?」
静かな和室へ、
その言葉だけが落ちる。
猫神様は、
しばらく黙ってミルを見ていた。
そして、
静かに目を閉じる。
猫神様
「簡単では無いじゃろうな」
ミルの耳が、
少し下がる。
だが。
猫神様
「じゃが」
「助からぬとも限らん」
ミルが顔を上げる。
猫神様
「少し古い文献でも調べてみるかの」
ミル
「……!」
ルナ
「お願いします」
猫神様
「お主達も」
「それまでは無理をするでないぞ」
ノワ
「分かってるわ」
「今の状態で突っ込む気は無いわよ」
ナナ
「そうね」
ナナも小さく頷く。
その腕の中で、
魚クッションが静かに揺れた。
掛け軸の中。
ソラも、
心配そうに皆を見つめている。
ミルは、
手にした猫じゃらしへ視線を落とす。
少しの沈黙。
そして。
ぎゅっと握る。
ミル
「……私も」
皆の視線が、
ミルへ向く。
ミル
「ちゃんと助ける方法探します」
ノワは、
少しだけ目を細める。
ノワ
「アンタはすぐ無茶するから心配なのよ」
ミル
「……ちゃんと考えます!」
ノワは小さく息を吐く。
心配している表情。
ノワ
「……まぁ」
「ちゃんと考えるなら良いわ」
掛け軸の中。
ソラも、
少しだけ耳を動かした。
その時。
ぐぅ〜〜。
静かな和室に、
妙に大きな音が響いた。
「……」
一瞬。
誰も動かなかった。
ノワが、
ゆっくりミルを見る。
ルナも見る。
ナナも見る。
猫神様も見る。
掛け軸の中から、
ソラも見る。
ミル
「……?」
ミルは自分のお腹へ、
そっと手を当てる。
その瞬間。
ナナの腕の中にいた魚クッションが、
ぴくっと反応した。
そして。
すいーっ!
ナナの腕から飛び出し、
宙を駆け泳ぐ。
ミル
「わっ!?」
魚クッションは、
一直線にミルのそばへやって来る。
そして、
嬉しそうにふよふよと揺れ始めた。
ミル
「……どうしたんです?」
ノワ
「なんでアンタまで反応してるのよ……」
ナナ
「ふふ、またなのね」
ミル
「また?」
ルナ
「最近、“グー”って音に反応するようになったの」
魚クッションは、ナナのそばへやって来る。
そしてまた、
嬉しそうにふよふよと揺れ始めた。
ノワ
「……なんで?」
ルナ
「それは……」
ナナとルナが、
顔を見合わせる。
ナナ
「ふふ」
ルナ
「ちょっと色々あって」
ノワ
「何よ色々って……」
ミル
「気になります!」
ルナ
「また今度ね」
ミル
「むぅ……」
少し不満そうにしながらも、
ミルは魚クッションへ視線を戻す。
その時。
ぐぅ〜〜。
再び、
ミルのお腹が鳴った。
魚クッションは、
嬉しそうにナナの周りを泳ぎ始める。
ミル
「……」
ノワ
「……」
ミルは、
そっと自分のお腹を押さえる。
ミル
「……お腹空きました」
ノワ
「結局そっち!?」
ミル
「だって減ったんです!」
即答だった。
ノワ
「知らないわよ!」
ミル
「いっぱい走ったから仕方ないです!」
ノワ
「それはそうだけど!」
ナナ
「ふふっ」
ナナが堪えきれず、
小さく笑う。
ルナも、
僅かに表情を緩めた。
魚クッションは、
まだナナのそばで嬉しそうに揺れている。
さっきまで張り詰めていた空気が、
ほんの少しだけ軽くなる。
掛け軸の中。
ソラも、
そんなミルを見つめていた。
ソラ
「にゃぁ……(なんだかミル姉様らしいですね……)」
ソラは、
そんなミルを静かに見つめていた。
そして。
ふと。
生前の記憶が、
脳裏をよぎる。
暖かな場所。
すぐ近くに感じる、
家族の気配。
そして。
葵
『お母さん、お腹減った〜!』
無邪気に響く、
葵の声。
ソラは、
少しだけ目を細めた。
猫神様は、
そんなソラを見て、
少し微笑んだ。
その様子に気付いたノワが、
猫神様を見る。
ノワ
「……ソラはなんて?」
猫神様
「安心しておるだけじゃ」
「……気にするな」
ノワ
「そう……」
ミル
「?」
ミルは不思議そうに、
首を傾げる。
ソラは何も言わず、
小さく尻尾を揺らした。
ノワもそれ以上は聞かず、
小さく息を吐く。
重かった空気は、
いつの間にか少しだけ和らいでいた。
猫神様
「さて」
猫神様は、
ゆっくりと立ち上がる。
猫神様
「今日はもう休め」
「動くのは明日からじゃ」
ルナ
「はい」
ナナ
「そうしましょうか」
ノワ
「そうね」
ミル
「はい!」
元気な返事。
ミルは、
少しだけ言いづらそうに手を上げる。
ミル
「あの……」
ノワ
「何よ?」
ミル
「休む前に、
何か食べたいです……」
ノワ
「まだ言ってるの?」
ミル
「お腹空いてるんです!」
ノワ
「まったく……」
その時。
ぐぅ〜〜。
「……」
今度は。
ノワのお腹からだった。
ノワ
「……」
ミル
「ノワもお腹空いてるじゃないですか!」
ノワ
「う、うるさいわね!」
すると。
それまでナナのそばにいた魚クッションが、
ぴくっと反応した。
次の瞬間。
すいーっ!
今度は、
ノワのそばへ駆け泳いでいく。
ノワ
「アンタも来なくていい!」
ミル
「あはは!」
ナナ
「ふふっ」
ルナも、
小さく笑う。
ミル
「一緒に何か食べましょう!」
ノワ
「……仕方ないわね」
ミル
「はい!」
ぱっと、
ミルの表情が明るくなる。
掛け軸の中では、
ソラの尻尾が楽しそうに揺れていた。
答えは、
まだ見つかっていない。
どうすれば、
閉じ込められた迷い猫達を助けられるのか。
それでも。
立ち止まるつもりは無かった。
出来る事を探す。
今は、
それでいい。
――
第二章 第十四話 完




