「猫神様とルナ」
第二章 第九話
猫神様とルナ
――
猫神様の社。
掛け軸の部屋。
静かな灯りが、
小さく揺れている。
ミル達が出て行った後。
部屋には、
猫神様とルナが残っていた。
そして掛け軸の向こうでは、
ソラが静かに二人を見つめている。
外からは、
風の音だけが聞こえていた。
ルナは静かに立っている。
猫神様も、
しばらく何も喋らない。
重たい沈黙。
やがて。
猫神様が小さく息を吐く。
猫神様
「……自然ではないのぅ」
ルナ
「……はい」
ルナも同じ考えだった。
あれは、
普通の歪み猫ではない。
猫神様
「迷い猫を閉じ込めるだけの歪み猫など聞いたことがない」
「歪み猫の性質を考えても辻褄が合わん」
ルナ
「……」
猫神様
「歪み猫は本来」
「魂を喰らい、混ざり、歪む」
「じゃが今回は違う」
「まるで……」
そこで言葉が止まる。
ルナ
「……何かを集めている様でした」
猫神様の目が、
わずかに細くなる。
猫神様
「お主もそう思うか」
ルナ
「はい」
静かな肯定。
猫神様は、
ゆっくり杖へ手を置く。
コツン――
小さな音。
猫神様
「間違いなく」
「誰かが裏で動いておる」
ルナ
「……」
掛け軸の中ではソラが目を細め、
二人の話を静かに聞いている。
猫神様
「じゃが」
「目的が分からん」
ルナは静かに考える。
閉じ込める理由。
魂を砕かない理由。
普通の歪み猫とは、
明らかに違う。
ルナ
「……猫神様でも分からないんですね」
ほんの少しだけ、
不安の混じった声。
猫神様は、
そんなルナを見る。
そして、
小さく笑った。
猫神様
「神様も万能ではないからの」
ルナ
「……」
猫神様
「特に今回は」
「嫌な感じがする」
ルナ
「……はい」
部屋の空気が静かになる。
ルナは視線を落とした。
猫神様
「……怖いか?」
ルナ
「……少し」
小さな本音。
猫神様は、
少しだけ優しい目をした。
猫神様
「心配するな」
「何かあっても」
「神の座を捨ててでも助けてやるわい」
静かな部屋。
灯りが小さく揺れる。
ルナ
「問題ありません」
猫神様
「ルナの強がりは昔から変わらんのう」
なんとも言えない間。
ルナ
「……」
猫神様
「少しは頼れ」
ルナは、
ほんの少しだけ黙る。
そして、
小さく頭を下げた。
ルナ
「……ありがとうございます」
静かな時間が流れる。
猫神様
「そうじゃ」
猫神様は、
懐へ手を入れる。
何かを探すように。
ルナ
「……?」
猫神様
「ちゅる飴」
ルナの動きが止まる。
猫神様
「いるかの?」
ほんの一瞬。
ルナの表情が揺れる。
だが、
すぐにいつもの表情へ戻る。
ルナ
「……い」
小さく息を吸う。
ルナ
「……頂きます」
猫神様は、
少しだけ嬉しそうに笑った。
猫神様は、
ちゅる飴をルナの手へ乗せる。
猫神様
「昔はもっと素直じゃったのになぁ」
ルナ
「……猫神様」
少しだけ困った声。
だが、
その手はちゅる飴をちゃんと握っていた。
猫神様は、
そんなルナを見て穏やかに目を細める。
猫神様
「ミル達を頼むぞ」
ルナ
「……はい」
真っ直ぐな返事。
掛け軸の向こうでは、
ソラが静かにルナを見つめていた。
ルナはソラへ目を向ける。
ほんの少しだけ、
その表情が柔らかくなる。
ルナ
「ソラも、また明日ね」
ソラ
「ニャッ」
ルナは小さく一礼する。
そして、
ちゅる飴を手にしたまま静かに部屋を後にした。
掛け軸の向こうでは、
ソラがその背中を見送っていた。
猫神様も、
しばらく何も言わずにルナが出て行った方を見つめている。
静かな灯りが、
ゆっくりと揺れていた。
――
夜の街。
静寂。
誰も居ない路地。
カツ……
静かな足音。
暗闇の中を、
黒いマントの影が通り過ぎる。
顔は見えない。
その直後。
ぐにゃり――
空間が歪む。
暗闇の中。
赤い目が、
ゆっくりと浮かび上がる。
歪み猫。
それはまるで、
黒いマントの影を追うように横切った。
そして再び、
夜の街に静寂が戻った。
――
第二章 第九話 完




