「積み重なる時間」
第二章 第四話
積み重なる時間
――
朝。
二階。
ねこフードルーム。
カーテンの隙間から、
やわらかな朝日が差し込んでいる。
静かな部屋。
ダブルベッドの上。
ノワはゆっくりと目を開けた。
ノワ
「……」
身体が重い。
ノワは無言で視線を下げる。
ミル
「すぅ……」
ミルが半分くらい乗っていた。
ノワ
「……またなの」
ミルは幸せそうな顔で眠っている。
片腕には、
しっかり猫じゃらしまで抱えていた。
ノワ
「何で寝る時まで持ってるのよ……」
ノワはため息をつく。
ミルの頬を軽く引っ張った。
ミル
「むにゃ……」
「ピザ大きいです……」
ノワ
「どんなけ好きなのよ」
もう一回引っ張る。
ミル
「むみっ」
ミルはゆっくり目を開けた。
数秒。
ぼーっとノワを見る。
ミル
「……おはようございます」
ノワ
「おはよう」
「で、降りなさい」
ミル
「?」
自分の体勢を見る。
ミル
「……乗ってました!」
ノワ
「見れば分かるでしょ」
ミル
「すみません!」
ミルは慌てて起き上がる。
その勢いで、
シーツに足を引っ掛けた。
ノワ
「あっ」
ぼすっ。
床へ落ちる。
ミル
「いたっ」
ノワ
「朝から騒がしいのよ……」
でも、
その口調は少しだけ柔らかかった。
――
一階。
リビング。
朝ご飯のいい匂いが広がっている。
ナナは出来上がった朝食をテーブルへ並べる。
その隣では、
魚クッションがふわふわと浮かびながら、
嬉しそうに小さく揺れていた。
ナナ
「そろそろ起きてくる頃かしら」
ルナ
「……もう起きてると思う」
ルナはテーブルに皿を並べていた。
その時。
ぱたぱたぱたっ。
ミル
「おはようございます!」
勢いよく飛び込んでくる。
魚クッションは、
その勢いに少し驚いたようにふわっと浮き上がった。
ノワ
「走るなって言ってるでしょ」
ナナ
「ふふっ」
ルナ
「おはよう」
ノワ
「おはよう、二人とも」
ミルは席に座る。
ミル
「今日はソラに会いに行きます!」
ノワ
「昨日行ったでしょ」
ミル
「でも会いたいです!」
ナナはくすっと笑う。
ナナ
「仲良くなったものね」
ミル
「はい!」
「ソラ、昨日いっぱい遊んでくれました!」
ルナは静かにお茶を飲む。
ルナ
「……前より表情も柔らかかった」
ミル
「ですよね!」
ミルは勢いよく立ち上がる。
ミル
「今日はお土産持って行きます!」
ノワ
「急に決まったわね」
ミル
「大事です!」
「遊びに行く時はお土産です!」
ナナ
「ふふっ」
「じゃあ後で買いに行きましょうか」
ミル
「はい!」
魚クッションも、
賛成するように小さく上下へ揺れた。
――
昼。
現界。
商店街。
車の音。
人の話し声。
いつもの日常。
ミルは周囲をきょろきょろ見回していた。
ミル
「今日もいっぱい人います!」
ノワ
「ミル」
ミル
「はい!」
ノワ
「そんなに落ち着きなく動いてると目立つわよ」
ミル
「でも誰も見てません!」
ナナ
「ふふっ」
「猫神様の術、すごいわよねぇ」
魚クッションも、
ナナの隣をのんびり漂っている。
ルナ
「認識を自然にずらしてる」
静かに周囲を見る。
「多少不自然でも、“そういうもの”として認識されるわ」
ノワ
「便利よね」
「尻尾付いてるのに普通に通ってるんだから」
ミル
「すごいです!」
ナナ
「でも万能では無いから、あまり騒ぎ過ぎちゃ駄目よ?」
ミル
「はい!」
その返事の直後、
ミルは店先のぬいぐるみに突撃しかけた。
ノワ
「全然分かってない!!」
ミル
「わっ」
危うく転びそうになる。
ナナ
「ふふっ」
ルナは少し前を歩きながら、
静かに周囲を見ていた。
四人と魚クッションで並んで歩く姿は、
どこにでも居そうな姉妹みたいだった。
ミル
「ソラ、何が好きでしょう?」
ノワ
「昨日猫じゃらしであれだけ遊んでたんだから、それで十分じゃない?」
ミル
「むぅ……」
ミルは真剣に悩み始める。
その時。
小さな雑貨屋の前で止まった。
ミル
「……!」
ミルの目が輝く。
棚の上。
小さな鈴。
ミル
「これです!」
ノワ
「鈴?」
ミル
「はい!」
「絶対ドキワクします!」
ミルは鈴を軽く鳴らす。
ちりん。
綺麗な音が響く。
ルナ
「……嫌がる音ではないと思う」
ナナ
「可愛いわね」
ミル
「決まりです!」
ミルは嬉しそうにレジへ向かった。
前より少しだけ、
慣れた足取りだった。
ノワはその後ろを見る。
ノワ
「……ちゃんと買い物出来るようになってる」
ナナ
「成長してるわね」
ルナも静かに頷いた。
――
異世界。
静かな道。
薄暗い空間の中を、
四人と魚クッションは歩いていた。
ミル
「今日は何して遊びましょうか!」
ノワ
「……ほんと楽しみにしてるわね」
ミル
「はい!」
「ソラも待ってます!」
ノワは小さくため息をつく。
ノワ
「もはや日課になってるわね……」
ナナ
「ふふっ」
魚クッションも、
嬉しそうに小さく上下へ揺れている。
ルナは静かに前を歩きながら、
少しだけ口元を緩めた。
やがて、
石段が見えてくる。
その先には、
静かな猫神様の社。
ミル
「着きました!」
猫神様
「また来たのぅ」
猫神様の社の前には、
猫神様が静かに立っていた。
ミル
「今日はお土産あります!」
猫神様
「ほう?」
猫神様は少し楽しそうに目を細める。
ミル
「ソラに鈴を買ってきました!」
猫神様
「……良い鈴じゃな」
猫神様は続ける。
猫神様
「……して、他に何か持ってきておるのかな?」
どこか期待するように、
少しだけそわそわしながら尋ねた。
ルナ
「猫神様にはこちらをお持ちしました」
そう言って、
ルナは猫饅頭の包みを差し出す。
猫神様
「おぉ!」
猫神様の目がぱっと輝く。
猫神様
「これは良い!」
「早速お茶でも入れようぞ!」
猫神様は嬉しそうに包みを抱えると、
少し早足で猫神様の社の中へ向かっていった。
ミル
「わぁ〜……」
ミルは猫饅頭を名残惜しそうに見送る。
ノワ
「完全に取られたわね」
ナナはくすっと笑う。
ナナ
「喜んでくれて良かったわ」
魚クッションも、
嬉しそうにふわふわと揺れている。
ルナも小さく息をつく。
どこか、
安心したような表情だった。
ノワ
「ほら、皆行くわよ」
ミル
「はい!」
ナナ
「行きましょう!」
ルナ
「ええ」
――
掛け軸の部屋。
ソラ
「ニャッ!」
ミル達に気付いた瞬間、
ソラはすぐに駆け寄ってきた。
掛け軸の中で、
嬉しそうに尻尾を揺らしている。
ミル
「ソラー!」
ミルはしゃがみ込む。
ミル
「今日はこれ持って来ました!」
鈴を見せる。
ちりん。
綺麗な音が鳴る。
ソラの耳がぴくっと動いた。
ミル
「反応しました!」
ノワ
「分かりやすいわね」
ミルは楽しそうに鈴を鳴らす。
ちりん。
ちりん。
ソラはその音を追いかけるように顔を動かした。
ナナ
「ふふっ」
「気に入ったみたい」
魚クッションも、
鈴の音に合わせるように小さく揺れている。
ルナも静かにその様子を見る。
猫神様は、
少し離れた場所から四人を見守っていた。
穏やかな時間。
静かな空気。
掛け軸の向こうのソラも、
前よりずっと表情が柔らかい。
ちりん。
鈴の音が静かに響く。
ソラは夢中になって音を追いかけ、
ミルも楽しそうに笑っていた。
時々、
猫じゃらしを振ったり、
鈴を鳴らしたり。
掛け軸を挟んで、
穏やかな時間が流れていく。
ナナはその様子を優しく見守り、
魚クッションもナナの隣で静かに浮かんでいた。
ノワも呆れながら隣に座っている。
ルナは静かに壁へ寄りかかり、
そんな皆を眺めていた。
猫神様は湯呑みを片手に、
どこか満足そうに目を細めている。
しばらくして、
ミルは掛け軸の前に座り込む。
ミル
「ソラ!また来ますね!」
ソラ
「ニャー!」
元気な声だった。
――
その時。
猫神様
「……そうじゃ」
空気が少しだけ変わる。
ルナの視線が動く。
猫神様
「今夜、街の様子を見てきてはくれぬか」
ミル
「?」
ノワ
「……何かあったの?」
猫神様
「やはり妙なんじゃ」
「迷い猫が少なすぎる」
静かな空気が流れる。
ルナ
「……やっぱり」
猫神様
「まだ大きな異変とは限らぬ」
「じゃが、確認は必要じゃ」
ノワ
「……分かったわ」
ミルは猫じゃらしを握る。
ミル
「行ってきます!」
猫神様
「危険を感じたら無理はするでない」
ナナは少し不安そうにルナを見る。
魚クッションも、
心配そうに小さく揺れた。
ルナは静かに頷く。
――
帰り道。
静かな異世界。
ミル
「調査です!」
「探検みたいです!」
ノワ
「さっきまで猫饅頭見送って、次は調査って」
「あんたも忙しいわね」
少し疲れ気味のノワ。
ミル
「でも助けるのは大事です!」
ノワは小さく息をつく。
ノワ
「……まぁ、そうね」
ナナ
「ふふっ」
魚クッションも、
ミルの後ろをふわふわと追い掛けている。
ルナだけは、
静かに前を見ていた。
――
第二章 第四話 完




