「掛け軸の向こう」
第二章 第三話
掛け軸の向こう
――
昼。
一階のリビング。
ミル
「大きいピザ……」
ソファの上でごろごろしながら呟く。
ノワ
「まだ言ってるの?」
ミル
「だって気になるんです!」
「猫神様が言ってたじゃないですか!」
ナナはくすっと笑う。
ナナ
「ふふっ」
「ミル、本当に気に入ったのね」
ミル
「はい!」
「ドキワクな味でしたぁ……」
ミルはうっとりした顔で天井を見上げる。
まだ思い出しているらしい。
ノワ
「はいはい」
その時。
ミルがふと顔を上げる。
ミル
「……あ」
「ソラにも教えたいです!」
ノワ
「急ね」
ミル
「行きましょう!」
ナナ
「ふふっ」
「ソラも喜ぶかもしれないわね」
魚クッションも、
賛成するように小さく上下へ揺れた。
ミルはルナを見る。
ミル
「ルナ!」
ルナは静かに紅茶を置く。
ルナ
「……行くの?」
ミル
「はい!」
「ソラに会いたいです!」
少しだけ間が流れる。
ルナ
「……分かったわ」
「案内する」
――
静かな道。
薄暗い空間の中を、
四人と一匹の魚クッションが進む。
ミルはきょろきょろと辺りを見回す。
ミル
「何回来ても不思議です」
ノワ
「落ちないでよ」
ミル
「落ちません!」
ナナは少し後ろを歩いている。
魚クッションはその隣を、
ふわりふわりと浮かんでいた。
ルナだけは迷いなく前へ進んでいた。
やがて――
石段。
その先に、
静かな猫神様の社が見えてくる。
ミル
「着きました!」
ルナ
「ええ」
ミル達が石段を上がる。
すると、
猫神様の社の奥から足音が聞こえてきた。
猫神様
「来たかの」
ミル
「猫神様!」
猫神様はゆっくり歩いてくる。
猫神様
「今日も賑やかじゃのぅ」
ナナ
「お邪魔しています」
魚クッションも、
ナナを真似るようにぺこりと頭を下げる。
猫神様
「うむうむ」
猫神様はどこか楽しそうに頷く。
ルナは軽く会釈した。
猫神様
「ソラなら奥じゃ」
ミル
「はい!」
ミルはぱたぱたと走っていく。
ノワ
「だから走るなって……」
魚クッションも、
慌ててミルの後を追いかけた。
――
猫神様の社の奥。
掛け軸のある部屋。
静かな空気が流れている。
掛け軸の中のソラが、
こちらに気付く。
ソラ
「ニャッ!」
その瞬間、
ソラは嬉しそうに駆け寄ってきた。
掛け軸の中で、
ぱたぱたと前足を動かしながら近付いてくる。
ミル
「ソラー!」
ミルもその場にしゃがみ込む。
ソラ
「ニャー!」
ミル
「来ました!」
ノワ
「毎回勢いすごいわね……」
ナナは少し安心したように笑う。
魚クッションも、
掛け軸の前までふわりと近付き、
嬉しそうに小さく揺れていた。
ルナは静かに壁際に立っていた。
ミルは嬉しそうに掛け軸を見る。
ミル
「ソラ!」
「昨日ピザ作ったんですよ!」
ソラ
「ニャ?」
ミル
「すごかったんです!」
「チーズがびよーんって!」
ノワ
「説明が雑すぎるのよ」
ミル
「あとですね!」
「容器乗せました!」
ノワ
「そこ報告するの!?」
ソラ
「ニャー」
ソラは掛け軸の中で、
小さく鳴いた。
ナナ
「アハハ」
後ろでナナが思い出し笑いしていた。
ミル
「遊びましょう!」
ミルは腰につけていた猫じゃらしを手に取る。
ミル
「今日はソラとも遊べます!」
ミルは嬉しそうに猫じゃらしを振る。
ふわふわと穂先が揺れる。
そのまま、
掛け軸へ近付けようとして――
猫神様
「穂先だけなら問題無いぞ」
ミル
「おお!」
猫神様
「無機物は出入り出来るからの」
ノワ
「……どういう基準なのよ」
猫神様は掛け軸を見る。
猫神様
「これは魂を留めるための空間じゃ」
「魂が宿っておるものは、出入り出来ぬようになっておる」
ナナ
「……安置所みたいなものなんですね」
猫神様
「うむ」
「じゃからこそ、安全なんじゃよ」
ミルはあまり分かっていない顔で頷いた。
ノワ
「絶対分かってないわね」
ミルはゆっくりと穂先だけ掛け軸の中へ入れる。
ソラの耳がぴくっと動く。
次の瞬間――
ぱしっ。
掛け軸の中で、
ソラが前足で飛びついた。
ミル
「おおー!」
目を輝かせる。
「反応しました!」
ノワ
「普通に遊んでるじゃない」
ミルはさらに猫じゃらしを動かす。
ソラは夢中になって追いかけ始めた。
右へ。
左へ。
ぴょんっと跳ねる。
ぱしっ。
空振り。
また飛び付く。
ミル
「速いです!」
魚クッションも、
楽しそうに猫じゃらしの動きに合わせてふわふわと左右へ揺れていた。
ナナは口元に手を当てる。
ナナ
「ふふっ」
「元気そうね」
ルナも静かにソラを見る。
その口元が、
ほんの少しだけ柔らかくなった。
ミル
「ソラー!」
「こっちです!」
ソラ
「ニャッ!」
ぱしぱしと前足を動かす。
ミルは楽しそうに笑った。
ミルは猫じゃらしを左右へ動かす。
ソラも夢中になって追いかけ続けた。
部屋には、
ミルの笑い声と、
楽しそうに鳴くソラの声がしばらく響いていた。
やがて、
遊び疲れたのか、
ソラはその場へぺたんと座り込む。
ミル
「……あっ」
少し心配そうに身を乗り出す。
ミル
「ソラ!」
「大丈夫ですか?」
ノワも掛け軸へ目を向ける。
ノワ
「……疲れたの?」
猫神様は穏やかに微笑む。
猫神様
「心配せんでもよい」
「少し遊び疲れただけじゃ」
「今は魂を修復しておる最中じゃからの」
ミルはほっと胸をなで下ろす。
ミル
「よかったです……」
ノワも小さく息をつく。
ノワ
「……ならいいけど」
ソラ
「ニャー……」
少し休んだソラは、
再びミルへ優しい声を返した。
それでも、
ミルの笑顔を掛け軸の向こう側から静かに見つめていた。
ミル
「また遊びましょうね!」
ソラ
「ニャー……」
やさしい声だった。
ミルは少し名残惜しそうに立ち上がる。
ノワ
「帰るわよ」
ミル
「むぅ……」
ナナはくすっと笑う。
ナナ
「ソラも楽しかったみたいね」
掛け軸の中で、
ソラはまだミルを見ていた。
ルナ
「……前より表情が柔らかい」
猫神様
「うむ」
猫神様は静かに頷く。
猫神様
「独りではないと分かるだけでも違うからの」
少しだけ、
静かな空気が流れる。
ミルは掛け軸を見る。
ミル
「また来ます!」
ソラ
「ニャッ!」
今度は少し元気な声だった。
――
帰り道。
静かな異世界。
ミル
「ソラ元気でした!」
ノワ
「遊び疲れてたじゃない」
ミル
「違います!」
「ドキワクしてました!」
ノワ
「ミルは昔から何でもドキワクに変換するわね……」
呆れたように言いながらも、
口元は少しだけ緩んでいた。
ミル
「えへへ」
嬉しそうに笑う。
ノワ
「別に褒めてない!」
ナナ
「ふふっ」
魚クッションも、
楽しそうに小さく上下へ揺れた。
ルナは少しだけ後ろを振り返る。
遠く、
小さく見える猫神様の社。
静かな灯り。
ルナ
「……」
猫神様の言葉を思い出す。
『独りではないと分かるだけでも違う』
ルナは小さく目を細め、
それから静かに前を向いた。
第二章 第三話 完




