「光るおもちゃ」
第四話
吹き飛ばされた黒い魔物は、
地面を滑るように転がった。
壁へぶつかり、
黒い炎のような体が大きく揺らぐ。
だが、
すぐに体を起こした。
低い唸り声。
赤い目が、
まっすぐミル達を睨んでいる。
ミル
「……立ちました」
ノワ
「まだ動けるの……!?」
ルナは静かに前へ出る。
その視線は、
一瞬も魔物から逸れない。
ルナ
「まだ終わってないわ」
ルナは毛糸玉を軽く投げた。
シュッ――
糸が一直線に伸びる。
まるで意思を持っているみたいに、
空中を滑る。
次の瞬間。
糸が魔物の体へ絡みついた。
魔物
「ギャッ!?」
今度はしっかりと動きを止める。
魔物は激しく暴れた。
ギギギッ……
黒い体が揺らぐ。
だが、
糸は解けない。
ルナの指先が、
わずかに動く。
それに合わせるように、
糸も締まった。
ミル
「すごいです!」
ノワ
「その糸……何なの?」
ルナ
「ただの毛糸玉」
ノワ
「どう見てもただのじゃないでしょう」
ルナは小さく肩を竦める。
その間も、
魔物は苦しそうにもがいていた。
ルナ
「今のうちに弱らせて」
ルナ
「最後に叩くの」
ミル
「最後……」
ミルは猫じゃらしを見る。
さっきまで強く光っていた先端が、
まだ淡く揺れている。
ミル
「これでですか?」
ルナ
「そう」
ルナの返事は短い。
迷いが無かった。
ミルは猫じゃらしを握る。
ゆっくり、
一歩ずつ近づく。
魔物は糸に絡まれたまま、
苦しそうにもがいていた。
赤い目。
揺らぐ黒い体。
低いうめき声。
その姿を見た瞬間。
ミルの足が止まる。
ミル
「……」
猫じゃらしを持つ手が、
少しだけ震えた。
ルナ
「どうしたの?」
ミルは答えない。
ただ、
じっと魔物を見ている。
やがて。
ミルは猫じゃらしをゆっくり下ろした。
ミル
「もういいです」
ノワ
「え?」
ミル
「だ…だって!」
ミルは迷い猫を見る。
赤い目。
揺らぐ黒い体。
苦しそうな声。
でも――
その奥に、
ほんの少しだけ、
怯えているみたいな感情が見えた気がした。
ミル
「怖がってます……」
ルナはわずかに眉を動かす。
その瞬間。
迷い猫の赤い目が、
ぴたりとミルを見た。
空気が変わる。
黒い炎のような体が、
大きく揺らいだ。
ギギギギッ――!!
突然、
激しく暴れ始める。
さっきまでとは違う。
まるで、
何かに反応したみたいに。
糸が大きく軋む。
ルナ
「くっ!」
迷い猫は苦しそうに唸りながら、
無理矢理体を捻る。
ミル
「……!」
次の瞬間。
黒い影が糸を振りほどいた。
ルナ
「……!」
魔物はそのまま、
夜の街へ逃げていった。
ノワ
「逃げた!」
ミル
「……あ」
ルナは逃げていく影を見つめる。
そして静かに口を開いた。
ルナ
「……何故攻撃しなかったの?」
ミル
「……」
ミルはまだ、
魔物が消えた方を見ていた。
猫じゃらしを握る手に、
少しだけ力が入る。
ミル
「泣いてました……」
ノワ
「……え?」
ミル
「苦しそうでした……」
静かな声だった。
ミルの手の中で、
猫じゃらしの光がゆっくり弱くなっていく。
やがて、
その光は静かに消えた。
ルナは少し驚いた顔をする。
ルナ(心)
「この子が……?」
ルナ(心)
「……あの方が言ってた子?」
静かな時間が流れる。
さっきまでの戦いが嘘みたいに、
周囲は静まり返っていた。
ルナ
「……あれは」
ルナ
「迷い猫」
ノワ
「迷い猫?」
ルナ
「負の感情に囚われた猫の魂」
ルナ
「この世界にはたくさんいる」
ノワは眉をひそめる。
ノワ
「猫の魂……?」
ミルは静かに話を聞いていた。
ルナ
「放っておくと危険」
ルナ
「でも、本当は元は普通の猫」
ミル
「……」
少しの沈黙が流れる。
ミルはまだ、
魔物が消えた方を見ていた。
やがて、
ゆっくり振り向く。
ミル
「ごめんなさい……」
ノワ
「ちょっとミル」
ノワ
「謝る必要は――」
ルナは小さく首を横に振った。
ルナ
「いいわ……」
その声は、
思ったより優しかった。
ルナ
「それより」
ルナ
「あなた達、名前は?」
ノワ
「……そう言えば私達の自己紹介がまだだったわね」
ノワ
「私はノワ」
ミル
「ミルです!」
ノワ
「助けてくれてありがとう」
ノワ
「あなたは一体何者なの?」
ルナ
「案内人みたいなもの」
ノワ
「……案内人?」
ルナ
「そういう役目」
どこか曖昧な答え。
だが、
ルナはそれ以上説明しなかった。
代わりに、
静かに問い返す。
ルナ
「あなた達は何処から来たの?」
ミル
「家です!」
ノワ
「変な家」
ミル
「猫天国みたいな部屋があって!」
ノワ
「そこに入ると人間になるの」
ルナ
「……」
ルナの目が、
わずかに動く。
ルナ
「案内して」
ミル
「いいですよ!」
ミルはすぐに頷いた。
ノワ
「即答なのね……」
三人は夜の街を歩き始める。
静かな異世界。
遠くまで続く暗い道。
その中を、
三人の足音だけが響いていた。
やがて。
あの古い家が見えてくる。
ミル
「ここです!」
ルナは立ち止まり、
静かにその家を見上げた。
どこか懐かしそうに。
そして、
確信したように目を細める。
ルナ(心)
「……やっぱり……ここから来たのね」
第四話 完




