「月の糸」
第三話
ミルとノワは、不思議な家の玄関を抜けた。
扉を閉めた瞬間。
空気が変わる。
さっきまで居た住宅街の気配が、
まるで最初から存在しなかったみたいに消えていた。
ミル
「……わ」
目の前に広がる景色。
そこには、
見たことのない街が広がっていた。
住宅街のようで、
どこか違う。
並ぶ建物は静まり返り、
窓にも灯りは無い。
空は暗い。
だが、
星も月も見えなかった。
風も無い。
音も無い。
静かだった。
静か過ぎるほどに。
ミルはゆっくり辺りを見回す。
ミル
「わぁ…!」
そのまま、
くるっと一回転する。
ミル
「なんだか冒険みたいです!」
白いフードがふわりと揺れた。
ノワは腕を組む。
ノワ
「さっきまで猫だったのよ私達」
ミル
「それもドキワクです!」
ノワは小さくため息をつく。
ノワ
「あなたは本当に…」
ミルは嬉しそうに猫じゃらしを取り出した。
先端のふわふわが、
小さく揺れる。
ミル
「しかも明るく光る武器まであります!」
ノワ
「ただのおもちゃでしょうそれ」
ミル
「でもノワには効果バツグンです!」
ノワ
「っ……!」
頬を赤く染める。
ノワ
「さっきのあれは違うって言ってるでしょう!」
ミル
「ノワが怒りました〜!」
ミルは笑顔のまま猫じゃらしを振る。
ふわふわが、
ノワの顔の前を横切る。
ノワ
「近い!」
ノワはそれを払いながら、
小さく睨んだ。
ノワ
「そんなことよりここ何処よ」
ミル
「なんか知らない場所に来ましたね」
ノワ
「そのまんまじゃない……」
静かな街。
誰も居ない。
建物はあるのに、
生活の気配が無かった。
ミルはきょろきょろと周囲を見る。
ミル
「でも、なんだか不思議です」
ミル
「夢の中みたい」
ノワは少しだけ警戒するように周囲を見る。
ノワ
「……私はあんまり好きじゃないわね」
その瞬間――
猫じゃらしの光が強くなる。
ミル
「?」
ミルは猫じゃらしを見る。
さっきまで淡く光っていた先端が、
少しずつ明るくなっていた。
ミル
「ノワ」
ミル
「これ、強く光ってます」
ノワ
「え?」
ノワも猫じゃらしを見る。
確かに光が強い。
ノワ
「なんで……?」
ミル
「ドキワクだからですか?」
ノワ
「そんな訳ないでしょ」
だが、
次の瞬間。
ノワの表情が変わる。
ノワ
「……なんか嫌な雰囲気」
空気が重い。
静かなはずなのに、
妙な圧迫感があった。
ミルが猫じゃらしを見ていると、
さらに光が強くなる。
その瞬間――
黒い影が地面から飛び出した。
ミル
「きゃっ!」
突然だった。
アスファルトを突き破るように、
黒い塊が現れる。
それは猫のような形をしていた。
だが、
普通の猫ではない。
体は黒い炎のように揺らぎ、
輪郭が安定していない。
赤い目だけが、
異様に光っていた。
ミルは驚いて後ずさる。
ノワ
「ミル!」
魔物が牙を剥く。
低い唸り声。
そのまま、
勢いよく飛びかかってきた。
ミル
「ひゃぁ!」
ノワ
「ミル!早く下がって!」
だが、
ミルが一歩下がる間もなく、
魔物が再び襲いかかる。
近い。
速い。
ミルは思わず、
猫じゃらしを持った手を振った。
その瞬間――
パシッ
乾いた音。
猫じゃらしが、
魔物の体へ当たった。
魔物
「ギャッ!?」
弾かれた。
まるで見えない力で叩き飛ばされたみたいに、
魔物の体が横へ吹き飛ぶ。
地面を転がる。
苦しそうにうめく。
ミル
「え?」
ノワ
「今の…?」
ミル自身も驚いていた。
猫じゃらしを見る。
先端は、
さっきより強く光っている。
ミル
「な、なんですか今の……?」
しかし、
魔物はすぐに立ち上がる。
赤い目が、
さらに強く光った。
怒りの声を上げ、
再びミルへ飛びかかる。
ミル
「っ……!」
その瞬間――
シュッ
空を切る音。
次の瞬間。
ドンッ!!
魔物の体が、
横へ吹き飛んだ。
ミル
「えっ…?」
ノワ
「今の…なに?」
細い糸のようなものが、
空中を走っていた。
月明かりも無いはずなのに、
その糸だけが淡く光って見える。
その先。
屋根の上。
一人の少女が立っていた。
風も無いのに、
灰色の髪だけが静かに揺れる。
その手には、
毛糸のボール。
少女は軽く腕を引く。
糸が巻き戻る。
毛糸玉が、
ヨーヨーのように手元へ戻った。
少女
「そんな振り方じゃ」
少女
「それは武器にならないわよ」
ミル
「え?」
ノワ
「誰…?」
少女は静かに屋根から降りてくる。
音も無く着地する。
落ち着いた動きだった。
月明かりの無い暗闇。
それでも、
少女の姿だけは不思議とよく見えた。
灰色の髪。
静かな瞳。
どこかミステリアスな雰囲気。
少女はミルの手にある猫じゃらしを見る。
そして、
小さく微笑んだ。
少女
「それ、本当は」
少女
「もっと面白い使い方があるの」
ミル
「え?」
少女は静かに名乗る。
少女
「私はルナ」
そう言って、
毛糸玉を軽く回した。
糸が空中を舞う。
まるで生きているみたいだった。
ルナ
「ここは危ない場所よ」
ルナ
「まだ知らないみたいね」
ミルとノワは顔を見合わせる。
ルナは静かに空を見上げた。
暗い空。
何も無い世界。
ルナ
「――この世界のこと」
第三話 完




