「幸せの形」
第三十九話
私は、
葵と一緒に朝を迎えるのが好きでした。
目を開けると、
すぐ近くに葵の寝顔があります。
あたたかな布団の中。
静かな寝息。
その時間が、
とても安心できたんです。
けれど、
私もやっぱり朝はお腹がすくので、
葵のほっぺたに前足を乗せたり、
顔を覗き込んだりして、
葵が目覚めるのを待っていました。
葵は時々、
くすぐったそうに眉を動かします。
そして、
その日もやっと葵は目を開けました。
葵
「……ソラ、おはよ」
まだ眠そうな声でした。
私はつい嬉しくなって、
その頬へ顔を擦り寄せました。
葵
「わっ、冷たっ」
葵は笑いながら、
私を抱きしめます。
そのぬくもりが、
私は大好きでした。
朝は少しだけ忙しい時間で、
お父さんは先に仕事へ行き、
お母さんも慌ただしく支度をしています。
葵も制服へ着替えながら、
私へ何度も話しかけてきました。
葵
「お父さんも、お母さんも今日もお仕事なんだぁ」
ランドセルを背負いながら、
少しだけ寂しそうに言います。
でもすぐに私を抱き上げて、
額をこつんと合わせました。
葵
「でも今は、ソラがいるから全然さみしくないよ」
私は嬉しくて、
小さく鳴きました。
ソラ
「ニャー」
葵
「えへへ」
葵は笑って、
私の頭を撫でます。
やがて出発の時間になります。
葵
「いってきます!」
元気な声と一緒に、
扉が閉まりました。
私はいつもの窓辺へ飛び乗ります。
そこから、
葵が角を曲がって見えなくなるまで見送るのが、
毎日の日課でした。
見えなくなったあとも、
しばらくその場所を眺めてしまいます。
また夕方になれば帰ってきてくれるのに。
私は日を追うごとに、
葵と離れている時間が少しずつ寂しくなっていました。
葵が出かけた後の家は静かでした。
でもあの足音を待つ時間も、
私は嫌いじゃなかったんです。
「ただいま」って笑ってくれる、
葵の顔を見るのが大好きでしたから。
やがて――
待ちわびた足音が聞こえてきました。
私はその音に、
誰よりも早く気が付きました。
ぱたぱたと、
聞き慣れた軽い音。
私は窓から飛び降り、
玄関へ全力で走ります。
扉が開く。
葵
「ただいまー!ソラー!」
私はその足へ飛びつきました。
葵
「きゃっ」
葵
「ソラ、おかえりしてくれるの?」
嬉しそうな笑い声でした。
ランドセルも下ろさないまま、
葵は私を抱き上げます。
葵
「寂しかったでしょう?もう大丈夫だよ」
その一言を聞くたび、
胸の奥があたたかくなったんです。
帰宅後の時間も、
私は好きでした。
机へ向かった葵が、
ノートを開きます。
私はその上へ乗りました。
葵
「もー、ソラぁ」
困ったように笑いながら、
私をそっと横へ移します。
困り顔の葵を横目に、
私はまたノートへ乗ります。
時には鉛筆を前足でつつき、
消しゴムを転がしました。
葵
「それじゃ宿題できないよ?」
そう言いながら、
葵はずっと笑っていたんです。
しばらくして、
葵は鉛筆を置き、
私を膝の上へ乗せました。
葵は部屋の壁に貼られた、
「ステ魔女こてり!」のポスターを指さします。
それはお休みの日の朝になると、
葵がいつも夢中になって見ていた番組でした。
私はその時間になると、
葵の隣で丸くなりながら、
きらきら光る画面を一緒に眺めていたんです。
葵の目は、
画面の中のこてりちゃんみたいに、
きらきら輝いていました。
葵
「ねえ、ソラ」
葵
「私ね、こてりちゃんみたいに」
葵
「強くて優しい魔女になりたいんだー!」
葵
「悪い人をこらしめて」
葵
「困ってる人を助けるんだよ」
葵
「もちろんソラのことも守ってあげるね!」
私は嬉しくなって、
その腕へ顔を擦り寄せました。
葵はくすぐったそうに笑います。
葵は胸を張って笑いました。
葵
「かっこいいでしょ?」
葵が願うことなら、
いつか叶ってほしい。
私はそう思いました。
夜になると、
お母さんとお父さんが帰って来ます。
ご飯の匂い。
明るい声。
あたたかな灯り。
私は葵の膝の上で丸くなりました。
そのぬくもりの中にいると、
世界には怖いものなんて無い気がしたんです。
葵
「ソラ、あったかい」
指先が、
何度も背中を撫でてくれます。
そのたびに、
眠くなってしまいました。
こんな毎日が、
ずっと続くと思っていました。
何も変わらず、
明日も、
明後日も、
その先も。
疑う理由なんて、
どこにも無かったんです。
――第三十九話 完




