「会いたかった、その先で」
第三十六話
砕けた地面に、
まだ熱が残っていた。
裂けた壁。
歪んだ空間。
崩れた景色の中心で、
歪み猫が低く唸る。
だが、
先ほどまでとは違い、
四人の連携は、
完全に噛み合っていた。
ミルが駆ける。
猫じゃらしが、
ピンク色の光を纏う。
振り抜くたび、
歪み猫の身体から黒い歪みが削がれていく。
ノワの光撃が、
その傷口を正確に貫いた。
ルナの毛糸が走る。
脚を絡め、腕を縛り、
動きを止める。
そこへ、
サメへと進化した魚クッションが突っ込んだ。
重い衝突音が響く。
歪み猫の巨体が、
大きくよろめいた。
ミル
「効いてます!!」
ノワ
「止めずに行くわよ!」
ルナ
「このまま押し切る」
ナナ
「うん!」
四人の想いが重なる。
歪み空間が、
少しずつ薄れていく。
ねじれていた景色が、
わずかに元へ戻り始めた。
その時だった。
歪み猫の動きが、
――止まる。
地面を抉っていた爪が、
ぴたりと止まった。
空気が、
静まり返る。
さっきまで暴れていた巨体が、
まるで時間ごと止まったように、
――動かない。
全員の視線が集まる。
歪み猫は、
ただミルだけを見ていた。
その瞳の奥で、
闇が揺れる。
ソラ
「……アオ……イ……」
かすれた声。
絞り出すような、
消えかけた声だった。
ソラ
「アイ……タカッ……タ……」
その言葉と同時に黒く濁った顔を、
一筋だけ透明な雫が流れた。
だが、
次の瞬間には、
闇がそれすら飲み込む。
ミルは、
息を呑んだ。
その瞬間――
知らない記憶が、
ミルの胸の奥へ流れ込んできた。
暗い空。
茶色い小さなキジトラ猫が、
玄関でじっと座ったまま。
ずっと、
ずっと、
帰ってこない誰かを待っている。
寂しくても、
寒くても、
それでも、
信じるように。
待ち続けていた。
長くも感じられる一瞬の記憶。
ミル
「……っ」
一方ノワの中では、
歪み猫の言葉をきっかけに、
これまでの断片が繋がり始めていた。
以前、
歪み猫が漏らした「アオイ」という名。
そして、
ミルが記憶を覗いた時に見たと言う、
自分に瓜二つの少女。
ノワ
「……そういうこと」
ノワ
「ミルを、そのアオイって子と勘違いしていたのね……」
ミルは、
静かに前へ出た。
ミル
「ソラ!」
その名に、
歪み猫の瞳が揺れる。
ほんの一瞬だけ。
ミル
「私はアオイさんじゃありません!」
ミル
「ミルって言います!!」
一瞬流れる微妙な空気感。
ノワ
「…あんたねぇ」
ミルの声が、
どこまで届いたのかは分からない。
だが、
歪み猫の身体が震えた。
ソラ
「……アオイ……」
ソラ
「……ニク……イ……」
ソラ
「アイ……タカッ……タ……」
愛しさと、
憎しみ。
会いたかった願いと、
奪われた怒り。
壊れた心の奥で、
全てが混ざり合っていた。
ルナ
「……まずい」
次の瞬間――
歪み猫の咆哮が、空へ放たれる。
空間そのものが裂けるような咆哮。
地面が跳ね上がり、
瓦礫が宙へ舞う。
舞い上がった瓦礫の隙間を縫うように、
歪み猫がミルの視界から消える。
ミル
「っ――!」
次の瞬間、
ミルの目前に爪が現れる。
一撃目。
ノワが割り込み、
光をぶつけて軌道を逸らした。
ノワ
「ミル!行くよ!」
ミル
「はい!」
ミルは猫じゃらしを構える。
二撃目。
振り抜かれたもう片方の爪を、
ノワが踏み込み、
正面から弾き返す。
猫じゃらしからピンク色の光が溢れる。
ノワ
「ミルから離れなさい!!」
三撃目。
横合いから飛んだルナの毛糸玉が、
爪を打ち払った。
四撃目。
ナナのサメクッションが突っ込み、
歪み猫の身体ごと押し返す。
ナナ
「大丈夫だよッ!」
猫じゃらしの穂先にピンク色の光が収束していく。
五撃目。
ルナの糸が全身へ絡みつき、
歪み猫の動きを封じる。
ルナ
「今……!」
だが、
歪み猫は咆哮した。
糸が弾け飛ぶ。
六撃目。
サメクッションが腕へ喰らいつき、
そのまま力比べになる。
火花のように歪みが散った。
ナナ
「……みんなで、帰るよ!」
次の瞬間、
ナナ
「……っ」
身体が大きく傾いた。
口元から、
赤い雫が落ちる。
銀色の瞳が、
今にも消えそうに、
弱く、
細く、
灯火のように揺れた。
ミル&ノワ
「「ナナッ!」」
ルナ
「まずい……!」
ナナ
「……まだ……」
だが、
歪み猫が力任せに腕を振るう。
サメクッションが、
弾き飛ばされノワにぶつかる。
ノワ
「くっ!」
歪み猫が一直線に、
ミルへ迫る。
ノワ
「しまっ――」
ルナ
「間に合わない!」
ナナは、
足に力が入らない。
七撃目。
ミル
「っ――」
ミルの目の前に、
巨大な爪が迫る。
――第三十六話 完




