「繋がりのかたち」
第三十二話
庭。
やわらかい風が流れている。
昼の光は穏やかで、
空にはゆっくりと雲が流れていた。
木々がさわさわと揺れる。
どこか静かな時間。
洗濯籠の中には、
洗い終わったフードが綺麗に畳まれている。
ナナは、
その中から一枚取り出す。
白い布。
ミルのフード。
ナナ
「……」
少しだけ目を細める。
元気に走り回る姿が、
自然と浮かんでいた。
ナナはそれを、
丁寧に広げる。
しわを伸ばし、
耳の形も整えてから、
ゆっくりと竿に掛ける。
洗濯ばさみで、
しっかりと留める。
風が、
ふわりと揺らす。
白い布が、
空の光を受けて柔らかく揺れていた。
その隣で、
ルナも同じように手を動かしている。
無駄のない動き。
迷いがない。
慣れた手付きだった。
グレーのフードを広げ、
静かに形を整える。
ナナは、
次の一枚を手に取る。
黒。
ノワのフード。
ナナ
「……」
ほんの少しだけ、
手が止まる。
昨夜の光景が頭をよぎる。
ミルの泣きそうな顔。
倒れたノワ。
ナナは小さく息を吐く。
そして、
ゆっくりと布を広げる。
ナナ
「……さっきの二人、少し変じゃなかった?」
静かな声。
ルナは、
手を止めずに答える。
ルナ
「ええ」
ナナ
「ミル、ちょっと距離取ってたよね」
ルナ
「遠慮してたわね」
即答だった。
ナナは、
ゆっくりと頷く。
ノワのフードを竿へ掛ける。
洗濯ばさみで固定する。
少しだけ、
布を引っ張って整える。
ナナ
「ノワも気付いてたね」
ルナ
「気が付いてるから連れて出したのよ」
――少し前。
玄関。
ミルは、
どこか落ち着かないまま立っていた。
視線が泳ぐ。
耳も少しだけ下がっている。
そこへ、
ノワがやって来る。
ノワ
「……何してるの」
ミル
「えっ」
ミルは慌てて顔を上げる。
ミル
「い、いえ!」
ミル
「今日はいい天気ですね!」
ノワ
「急に何」
ミル
「えへへ……」
少しぎこちない笑顔。
ノワはじっと見る。
ミルは視線を逸らした。
ノワ
「……行くわよ」
ミル
「え?」
ノワ
「散歩」
ミル
「……あっ」
ノワ
「ほら」
ノワ
「ぼーっとしてないで」
そう言って先に歩き出す。
ミルは少しだけ迷って、
その背中を見る。
ノワは振り返らない。
でも、
歩く速さは少し遅かった。
ミル
「……はい」
小さく返事をして、
後を追いかける。
――現在。
風が吹く。
黒い布がふわりと揺れる。
ナナはそれを押さえながら、
小さく笑う。
ナナ
「……ほんと、よく見てる」
ルナ
「ノワは、ずっとミルの横にいたもの」
ナナ
「……大丈夫かな……」
ルナ
「大丈夫よ」
迷いのない声。
ナナは、
少しだけ視線を向ける。
ナナ
「……言い切れるのね」
ルナ
「ノワだから…」
その答えに、
ナナは少しだけ目を丸くする。
風が、
少し強く吹く。
布が大きく揺れる。
ナナは、
飛ばされないように軽く押さえる。
ナナ
「……ミル、ああ見えて一人で抱え込むよね」
ルナ
「今回は大丈夫よ」
ルナは静かにフードを整える。
その声音には、
どこか確信があった。
ナナ
「……ちゃんと話せるかな」
ルナ
「……ちゃんと話すわ、あの二人なら」
ナナは、
少しだけ笑う。
ナナ
「ノワ、ああいう時強いよね」
ルナ
「逃がさないもの」
ナナ
「……優しいのに、厳しい」
ルナ
「必要な厳しさよ」
ナナは、
次のフードを手に取る。
グレー。
ルナのフード。
ナナ
「……ルナは?」
ルナ
「何」
ナナ
「もしミルが逃げたら、どうする?」
ルナは一瞬だけ、
手を止める。
そして、
静かに布を広げる。
ルナ
「私の糸でぐるぐる巻にする」
ナナ
「……やっぱり」
ナナは少しだけ笑う。
肩の力が少し抜ける。
ナナ
「でもそれ、ノワと同じで逃さないって事よね?」
ルナ
「役割が違うだけよ」
ナナ
「役割……」
ナナは、
空を見上げる。
風が髪を揺らす。
どこか遠くを見るような目。
ナナ
「……戻ってきた時、どうなってるかな」
ルナ
「きっと、少し変わってるわ」
ナナ
「……そうね」
小さく頷く。
ナナは、
ふと視線を下ろす。
並んだフード。
三人分。
二着ずつ。
風に揺れながら、
静かに並んでいる。
ナナ
「猫神様に複製してもらって正解でしたね」
ルナ
「ええ、長期戦になる可能性もあるもの」
ナナ
「……また破れちゃうかもしれないものね」
ルナ
「壊れる前提で考えるのが正しいわ」
ナナ
「……それ、ちょっと寂しい考え方ね」
ルナ
「現実的なだけよ」
少しだけ間。
ルナは、
干されたフードに視線を向ける。
静かに揺れる布。
ルナ
「とはいえ」
ルナ
「簡単に壊れるものでもないわ」
ナナ
「……そうなの?」
ルナ
「猫神様が作ったものよ」
ルナ
「想いを通すための媒介」
ルナ
「普通の布とは違う」
ナナは、
改めてフードを見る。
指先でそっと触れる。
柔らかい。
でも、
ただの布じゃない。
ナナ
「……そっか」
ナナ
「ちゃんと守るためのもの、なんだね」
ルナ
「ええ」
風が、
また強く吹く。
布が大きく揺れる。
ナナは、
急いで押さえる。
ナナ
「あっ……もう」
ナナ
「じっとしててくれればいいのに」
ルナ
「風は止まらないわ」
ナナ
「そうだけど……」
ナナは空を見上げる。
青い空。
流れる雲。
その表情が少しだけ曇る。
ナナ
「そう言えばルナの前世での姉妹の…」
ナナ
「ソラ…だっけ?」
ナナ
「いきなり姉妹だってそう言われても…」
ナナ
「まだ実感ないんじゃない?」
ルナ
「そうね」
ルナはナナを見つめる。
ルナ
「私は結構前から、姉妹が居る事自体は聞いていたから」
ナナ
「そうだったの!?」
ルナ
「ええ……」
ルナは少し遠い目をする。
ナナ
「放っておけないのね?」
ルナ
「そうね」
ルナはフードに視線を戻した。
ルナ
「それが“繋がり”よ」
ナナは、
その言葉を噛みしめるように、
ゆっくりと頷く。
ナナ
「……繋がり」
視線が、
フードへと向く。
ナナ
「ちゃんと……繋がってるかな」
ルナは、
その横顔を見つめる。
少しだけ目を細める。
ルナ
「ええ」
ルナ
「繋がってるわ」
静かな声。
でも、
どこか優しかった。
ナナ
「……うん」
ナナは、
最後の一枚を整える。
風に揺れるフード。
三人分。
きちんと並んでいる。
ナナは、
一歩だけ下がる。
全体を見渡す。
少しだけ、
安心したように笑う。
ナナ
「……早く帰ってきてほしいな」
ルナ
「すぐ戻るわ」
ナナ
「……うん」
ナナは、
空を見上げる。
静かな光。
優しい風。
揺れるフード。
その中で、
ただ待っている。
――
第三十二話 完




