「二人のかたち」
第三十一話
昼。
家の外には軽い風が吹いている。
空は青く、
街も穏やかだった。
その中をミルとノワが並んで歩いている。
だが、
少しだけ距離がある。
ミル
「……」
何かを言おうとして、
やめる。
指先が落ち着かないように揺れる。
ノワ
「……何?」
ミル
「え?」
ノワ
「さっきから変よ」
ミル
「そ、そんなことないです!」
少しだけ声が上ずる。
ノワはじっと見る。
ミルは視線を逸らす。
少しの間。
ノワは、何事もないように前を見る。
ノワ
「……で?」
ノワ
「今日はどこ行くの?」
ミル
「……え?」
ノワ
「探すんでしょ?」
ノワ
「“ドキワク”」
ミル
「……」
その言葉に、
ミルの動きが止まる。
指先も止まる。
以前なら、
真っ先に飛びついていた言葉。
なのに、
今は胸の奥が少し苦しかった。
ノワ
「何よ」
ミル
「……いえ」
ミル
「今日は……」
少しだけ迷う。
ミル
「……いいです」
ノワ
「は?」
ミル
「その……」
ミル
「無理に行かなくても……」
ノワの眉がわずかに動く。
ノワ
「……ふーん」
ノワは少しだけ前に出る。
ミルの横を通り過ぎる。
ノワ
「じゃあ帰る?」
ミル
「……」
返事がない。
ミルはその場に立ったまま。
ノワは少し歩いて、
止まる。
振り返らない。
ノワ
「……ミル」
静かな声。
ノワ
「来ないの?」
ミル
「……っ」
少しだけ迷って、
一歩、踏み出す。
でも、
その足取りは重い。
――
ノワは、そのまま少し歩く。
ミルは、
少し遅れてついていく。
二人の間に、
少しだけ距離がある。
足音だけが、
静かに響く。
ミルは、
無意識に少し距離を空けていた。
――
少し開けた場所。
周りに人の気配はない。
ノワが立ち止まる。
ミルも、少し遅れて止まる。
ノワは振り返らない。
ノワ
「……ねえ」
ミル
「……はい」
ノワ
「いつまでそれやってるの?」
ミル
「……え?」
ノワはゆっくり振り返る。
その視線が、
まっすぐミルに向く。
ノワ
「遠慮してるでしょ」
ミル
「……っ」
言葉が詰まる。
ノワ
「バレバレよ」
少しだけの間。
ミルは視線を落とす。
ミル
「……そんなこと」
ノワ
「あるでしょ」
被せるように言う。
逃がさない。
ミル
「……」
沈黙。
ノワは一歩、近づく。
ミルは、
その場に踏みとどまる。
ノワはその動きを見て、
小さく息を吐く。
ノワ
「……はぁ」
ノワ
「面倒くさいわね」
ミル
「……っ」
ミルの肩がびくっと揺れる。
ノワは、そのまま言葉を続ける。
ノワ
「最初はね」
ノワ
「あんたのドキワクに振り回されるの」
ノワ
「正直、面倒だったわ」
痛烈な言葉に、
ミルの視線が落ちる。
ミルはぎゅっと、手を握る。
ノワ
「ほんと不器用よね」
ノワは少しだけ目を細める。
その視線は、
呆れたようで、
どこか優しかった。
ノワ
「でもね、ミル」
声が少し柔らかくなる。
ノワ
「それでも」
ノワ
「いつも違う一歩を踏み出すあんたを」
ノワ
「尊敬もしてる」
ミルの目が、わずかに揺れる。
ノワは一歩、近づく。
ノワ
「いつも」
ノワ
「私を知らない世界へ連れ出してくれる」
ノワ
「あんたはいつだって泣き虫で」
ノワ
「お節介で」
ノワ
「空回りして」
ノワ
「迷惑掛けてばっかり」
ミルの目に涙が滲む。
ノワ
「でも」
ノワ
「その涙も」
ノワ
「そのお節介も」
ノワ
「全部――他人の為でしょ」
ミルの手が強く握られる。
ミル
「……でも」
ミル
「ノワを…傷つけたのに……」
声が震える。
ミル
「私のせいで……」
ノワは静かに首を振る。
ノワ
「それは違う」
ミル
「えっ」
ノワ
「それは私のわがままだから」
ミル
「で、でも!」
ノワはミルの言葉を遮る様に言う。
ノワ
「みんなの為!」
ミル
「!」
ミルは、ハッとした顔でノワを見る。
ノワ
「みんなの為に頑張るあんたを」
ノワ
「そんなミルを」
ノワ
「私が嫌いになると思ったの?」
ミル
「……っ」
言葉が出ない。
ノワは、目の前まで来る。
ノワ
「だから」
ノワ
「顔を上げなさい」
ミルがゆっくり顔を上げる。
涙を堪えながら。
ノワは言葉を止める。
視線が揺れる。
頭の中に、
今までの光景が浮かぶ。
無茶ばかりするミル。
泣きながら誰かを助けようとするミル。
笑いながら手を引っ張るミル。
「行きましょう!」と、
何度も自分を連れ出した背中。
迷惑で、
騒がしくて、
放っておけなくて――
でも、
いつの間にか。
その背中を追う事が、
当たり前になっていた。
ノワ
「……私は」
ノワ
「あなたが傷つくの」
ノワも涙を堪えていた。
ノワ
「嫌なのよ……!」
声が震える。
恥ずかしさと、
感情がぶつかっている。
ノワはぎゅっと拳を握る。
顔も赤い。
でも、
もう止まれない。
ノワ
「私はあなたを守りたいの!」
叫ぶような声。
真っ直ぐで、
不器用で、
でも、
その声は強く、
嘘の無い想いだった。
ノワの顔が少し赤くなっている。
ノワ
「あなたは」
ノワ
「私の力が必要無いくらい」
ノワ
「強くなってみなさい!」
静寂。
風が静かに吹き抜ける。
ノワ
「……ミル」
ノワ
「今回も」
ノワ
「助けたいんでしょ?」
ミル
「……っ」
涙がこぼれそうになる。
でも、
必死に堪える。
ミル
「……はい」
ミル
「助けたいです」
ノワは少しだけ笑う。
ノワ
「なら」
ノワ
「行くわよ」
ノワ
「……ちゃんと横に居るから」
ミル
「…ノワ」
ミル
「……また」
ミル
「ノワが傷ついたらって」
ミル
「ずっと怖かったです」
ノワは少しだけ目を伏せる。
あの瞬間を、
思い出すように。
でも、
すぐにミルを見る。
ノワ
「それは」
ノワ
「私も一緒よ」
ミル
「……っ」
ノワ
「いつもミルが突っ込んでいく時」
ノワ
「私だって、怖いのよ」
ミル
「……それ、は……っ」
ミルは言葉に詰まる。
ノワ
「だから」
ノワ
「今度は一人で抱え込まないで」
――
少しの沈黙。
風が、静かに吹く。
ミルは、
まだ少し涙を堪えたまま、
前を向いている。
ノワは、
その横に立つ。
少しだけ、
距離が近い。
ノワ
「……で?」
ミル
「……え?」
ノワ
「行くんでしょ」
ノワ
「“ドキワク”」
ミル
「……」
一瞬、
言葉に詰まる。
でも、
今度は止まらない。
さっきまで強張っていた表情が、
ほんの少しだけ柔らかくなる。
ミル
「……はい」
ミル
「行きます」
ミル
「……ドキワクしてきました!」
ノワ
「……」
ノワは少しだけ目を細める。
ノワ
「顔見れば分かるわよ」
ミル
「えへへ……」
ほんの少し、
笑う。
ノワは前を向く。
ノワ
「ほら」
ノワ
「遅れるわよ」
歩き出す。
ミルも、
その隣に並ぶ。
もう、
距離はない。
並んで歩く。
ミル
「ノワ」
ノワ
「何?」
ミル
「……ありがとうございます」
ノワ
「……何それ」
ミル
「なんでもないです!」
ノワ
「はぁ?」
ミルは少しだけ前に出る。
でも、
振り返る。
ミル
「ちゃんと行きます」
ミル
「今度は」
ミル
「ちゃんと届けます」
ノワは小さく息を吐く。
ノワ
「……最初からそうしなさい」
ミル
「はい!」
ミルが走り出す。
ノワ
「ちょっと!」
ノワ
「また突っ込む気!?」
ミル
「違います!」
振り返るミルの目には涙が輝いていた。
ミル
「ちゃんと見てます!」
ノワ
「信用できないわね!」
少し笑いながら、
ノワも追いかける。
今度は、
どちらも置いていかなかった。
そして――
距離は離れない。
――
二人は、
並んで進んでいく。
第三十一話 完




