8.領民へのお披露目
9月13日。
この時期は比較的晴れた日の多い季節ながら、今日は曇りだった。
ただ、曇りとは言っても、雲は厚くなく、雨の降り出しそうな感じはない。
むしろ、雲がなければ日差しが強くなる可能性もあるので、返って過ごしやすい。
そんな天気とは裏腹に、ホルトノムル侯爵領領都は、晴れやかに盛り上がっていた。
領都民だけでなく、領都の外からも人が集まっている。
最も人が集まっているのは領都中央にある中央広場だけれど、東西北の各街道や南地区のメインストリートも沿道を多くの人々が埋め尽くしていた。
露店の出店はないものの、お店の軒先ではお酒やジュースなどが売られ、朝から沿道で祝杯を挙げている人々もいる。
そう、今日は。
領主様のご令嬢のお誕生日で。
そして、そのご令嬢が初めて領民の前に姿を現す日。
◇ ◇ ◇
ご令嬢のお披露目は、午後から始まった。
最初は中央広場。
今日は中央広場の神殿への入り口の近くに演壇が設けられている。
その演壇で、まずは領主様がご挨拶をして、それから領主様がご令嬢のオティーリエ・セラスティア・ロートリンデ様をご紹介すると、そのままご令嬢が挨拶をした。
挨拶の後はパレード。
二人は外からよく見えるように座席が一段高くなったオープンカーに乗って、東西北の各街道を回った。
その街道には、人、人、人。
今まで一度も姿を現さなかった領主様のご令嬢を一目見ようと、領都の中のみならず、ホルトノムル侯爵領中から人が集まり、沿道を埋め尽くしていた。
◇ ◇ ◇
「ねえ、ジム。
あたし、目が悪くなったのかねぇ。
なんだかお嬢様がティリエちゃんに見えるんだけど。
もちろん、お嬢様の方が気品も何もあるけど、でも、ティリエちゃんみたいじゃない?」
「いや、俺にもそう見える。
ひょっとして・・・ティリエちゃんってお嬢様だったのか?」
いつもは中央広場で露店を出しているおばさんとおじさんが、顔を見合わせて首を傾げていた。
◇ ◇ ◇
東の街道では。
「あれ?
お嬢様・・・あれ?
ティリエ?」
朝早くから壁外からやってきた孤児院の子供達が、領主様のご令嬢を見て、疑問の声を上げていた。
◇ ◇ ◇
ウォードは今日は人混みで中央庁舎の外に出ても身動き取れないだろうと捜査を諦めて、溜まっている書類仕事をしていた。
外からは歓声が聞こえてくる。
おそらくはご領主様とお嬢様のパレードが近づいて来ているところなのだろう。
自分には関係ないとばかりに書類に目を通していると。
「キャップ!
こっち来て下さい!」
こちらは興味津々とばかりに北の街道を見下ろす窓に張り付いていたハイリが、驚いた様子でウォードを呼んだ。
ちなみに、ハイリ以外にも、何人もの捜査員が仕事の手を止めて窓に張り付いていたりする。
「どうした。」
いつになく興奮した様子のハイリに怪訝な表情でウォードは書類を机に置くと、ハイリに歩み寄った。
ハイリが少し下がって、その場をウォードに譲る。
「お嬢様、見て下さい。」
「そん・・・な?!」
お嬢様を見たウォードがいつになく驚いた。
思わず、口にしようとしていた言葉を途中で止めて、驚きの声を出すほどに。
ウォードは慌てて口を噤んで、窓に張り付いている他の捜査員達に目を走らせる。
「あれがお嬢様かぁ。」
「すげぇ、さすがお嬢様。」
「お人形さんみたいだな。」
「先輩、どこ見て言ってるんですか。
無茶苦茶気が強そうじゃないですか。」
「お前こそ何言ってるんだよ。
女神のように優しそうじゃないか。」
そんな周囲の反応に、ウォードはホッと一息すると、再び領主様のご令嬢を見た。
すると、ちょうど領主様のご令嬢がウォードの方を見た。
パチッと目が合う。
その瞬間、ウォードは確信した。
あれはティリエちゃんであり、リーエちゃんだと。
向こうもウォードの視線をハッキリと捉えたようで、いたずらっぽく微笑んだ。
「おお、こっち見て笑ったぞ。」
「俺だ、俺を見たんだ。」
「いや、俺だよ。」
ウォードはそんな周囲を見てフッと笑うと、窓際を離れた。
「ハイリ、間違いない。」
「ですよね。」
ウォードが言うと、ハイリは笑みを浮かべて、改めて窓際に張り付いた。
◇ ◇ ◇
パレードは、それからも領主様のご令嬢を一目見ようと沿道を埋め尽くした人々の間を抜けて続いて行く。
東の街道を通った後は、城塞都市の外縁部を通って北門へ。
南門から今度は北の街道を通って中央広場に戻って来ると、今度は西の街道。
西門から城塞都市の外縁部を通って再び北門に来ると、もう一度、北の街道を通って中央広場に戻ってきた。
それから、中央広場からお城の正門に続くメインストリートを通って、お城に戻る。
◇ ◇ ◇
西の街道を埋め尽くした人々の中に、薄紫色の髪と紫色の瞳を持つ、神秘的な男性が立っていた。
その男性は確かにそこにいるのに、周囲の人々は、まるでそこに誰もいないかのように振る舞っている。
実際、周囲の人々は彼がそこにいることに気が付いていなかった。
その彼が、パレードの車に乗って沿道の人々に手を振る領主の一人娘に目を向けると。
その視線に気が付いたように、領主の一人娘が彼を見た。
領主の一人娘は軽く驚いた表情をしたけれど、すぐに笑顔に戻って。
彼に、手を振ったのだった。
◇ ◇ ◇
セレスフィア、セリア、ノシェはセリアの部屋に集まって、窓の下のメインストリートを見ていた。
南地区は上流階級の住む地域だけあって、他の街道のように多くの人でごった返すようなことはない。
とは言っても、それでも普段を大きく上回る人数の人々が沿道に立っていた。
みんな、パレードを一目見ようと集まった人々だ。
「そろそろ、かな。」
セリアが窓の外、遠くを見るようにして言った。
セリアの家は南地区のメインストリート沿いに立っている。
そして、セリアの部屋は2階。
これだけ条件が揃っていれば、三人の行動は決まっているようなもの。
セレスフィアとノシェは前日からセリアの家にお世話になっていて、今日を迎えたのだった。
ちなみにセレスフィアは夜にお城で開かれる名士を集めてのお披露目会にも参加予定。
セリアはデビュタント前なので不参加で、ノシェは付き人としてお城までは付いて行くものの、控えの間で他の使用人達と待機することになっている。
「だね。
見えて来たよ。」
窓のそばに立って、中央広場の方を見ていたノシェがそう言うと、窓を開けて窓際に置かれた自分の椅子に座った。
今、三人は窓の傍に椅子を持って来て、街路が見えるように座っている。
三人からは、すぐ窓の下がよく見えていた。
三人が待っていると、やがてパレードの先頭を走る特別仕様の車がゆっくりとやってきた。
その屋根のない車体のシートには、領主様とそのご令嬢が、沿道や家の中から手を振る人々に向かって笑顔で手を振り返している。
そして、セリアの家の横に差し掛かると。
領主様のご令嬢は三人の待ち構える窓の方を見た。
その瞬間、それまでとは違う種類の笑みを浮かべた。
どこか照れくさそうな。
でも、どこか親し気に。
三人も手を振りながら、笑みを返した。
領主様のご令嬢は、それに手を振って応えた後、表情を元に戻して反対側を向いて、手を振った。
そうして、パレードの列はセリアの家の窓の下をお城に向かって通り過ぎて行った。




