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優しい魔女へ  作者: 十 名鈴
第一部
7/29

第7話 エルンの村

カールドルハを後にして、約二時間。

しっかりと整備されていた街道はだんだんと姿を消し、自然が作り出したような道へと変わっていた。


少し歩き疲れた二人は、近くの木陰に腰を下ろして一休みする。

すぐ目の前を小さな小川が流れ、太陽の光をキラキラと反射させて輝いていた。


「ほら、ミカ」


ラックは、親方から受け取った大きな握り飯をミカに手渡す。


「ふふっ……大きいですね」


ミカは握り飯を両手で受け取ると、あまりの大きさに少し笑い、ゆっくりと口にしていく。

程よい力加減で握られ、中には色とりどりの具材がたくさん混ぜこまれていた。


「親方さん……すごく優しい人でしたね」


ミカは美味しそうに小さな口で一生懸命食べながら、思い出したように呟く。

ラックも握り飯を口いっぱいに食べながら、満足そうに笑って答えた。


「……だろ? 見た目で損してんだよ、あの人は」


ラックがふざけたように親方の真似をすると、ミカはそれを見て笑う。

握り飯をごくんと飲み込んだラックは、気になっていたことをミカに尋ねてみた。


「そういや、気になってたけど……魔法ってどんな感じなんだ?」


ラックの問いかけに、ミカは不思議そうな顔をする。


「……え? ど、どんなとは……?」


ラックは初めて出会った時を思い出しながら尋ねる。あの時はたしか、野盗たちの体が弾けるように消えていたはずだ。

恐ろしいと感じたからこそ、どんな魔法なのか知りたくなったのだ。


「だから、どんな魔法を使うのかってことだよ。魔導具みたいに決まった力があるのか?」


ミカは俯くと、静かに答える。


「ご、ごめんなさい。お母さんに……魔法について人に教えることは禁止されてるから……」


ラックは、その言葉にそれ以上詮索することはなかった。

ミカの母親ということは、きっと同じく魔女なのだろう。

その母親がそれだけ強く禁じているということは、無理に聞き出そうとすればミカを傷つけることになってしまう。


「……そうか。それなら練習しとかないとな」


ラックはおもむろに立ち上がる。

ミカはきょとんとした顔で聞き返した。


「……へ? ま、魔法は使いませんよ……?」


ラックは少し笑って首を横に振ると、杖を指差して答える。


「違うって。杖の練習だよ。魔法を使わずに済むように杖を用意したんだからな」


ラックの言葉に、ミカは小さく「あっ」と声を漏らすと杖を手にして見つめた。

赤い魔石がキラキラと光り輝き、持つ手から力強い何かを感じていた。


「説明したろ? その杖は火を使えるって。いざというときの為に慣れておかないとな」


ラックはあたりを見渡すと、小石を拾い上げて大きな岩の上に置き、振り返る。


「そこからこの石を狙ってみろよ」


ミカは立ち上がると、決心したように杖をぎゅっと握りしめた。

だが、すぐ後にキョロキョロと杖とラックを見たあとに口を開く。


「つ、使うってどうすれば……!?」


「あ……忘れてた」


ラックは苦笑しながらミカの元へ駆け寄ると、魔導具の基本から説明を始める。


「魔導具を使うには少しコツがあるんだ。赤の魔石なら、まずは熱いイメージをするんだ」


「なんでもいい。火でも、この太陽の光でも。とにかく熱をイメージして」


ラックの言葉に小さく頷くと、ミカは目を閉じて頭の中で熱をイメージしていく。


(熱いもの……。えっと……ご飯を作る時の火……とかかな?)


ミカが頭の中でイメージすると、全身からほんの少し力が抜ける感覚がして、熱が体から杖へと伝わっていくような心地がした。


「ミカ! ほら、見てみろよ!」


すると、ラックが興奮してはしゃいだような声をあげ、ミカはそれに応じるようにゆっくりと目を開けていく。

そこには、杖の先に小さな赤く輝く火の玉が生まれていた。


「やるな! そのまま次はあの小石に向かって物を投げるようなイメージで──」


ラックの言葉を遮るようにミカが強く念じると、小さな火の玉が小石に向かって飛んでいき、ぶつかってフッと消える。


「はははっ! まさか一発で成功するなんてな!」


ラックは興奮を抑えきれずに、小さな焦げ跡が残った小石を拾ってミカに見せた。


「ほら、見ろよ! さすが俺と親方が作った杖だな!」


はしゃぐラックの隣で、ミカは杖を見つめながら小さく声を漏らす。


「で、できた……」


初めて自身の魔法ではなく、魔導具を使ったこと。

それは初めて魔法を使った時に母に褒められた時の嬉しさのように、ミカの心の中を静かに満たしていた。

ミカは目を瞑ると、感情のままに再びイメージを強くしていく。

小さな小さな火から、大きな炎へ。

頭上に輝く太陽のような熱くて大きな火球をイメージしていく。


すると先程よりも大きな力の流れが杖を伝っていくのを感じる。それは魔法を使う時に似た感覚だった。

やがて、ラックの焦るような声がミカの耳に入ってくる。


「お、おい……ミカ? お前、まさかそれ……魔法──」


ミカは何のことか分からず目を開け、杖の先に視線を向けた。

そこには、先程の数倍はある火球が形成され、メラメラと燃える炎が周囲に強烈な熱を放っていた。


「……え、えぇ!? ど、どうしましょう、ラック!」


ラックは慌ててあたりを見渡すと、すぐ近くの小川を指差して叫んだ。


「あ、あそこだ! か、川に向かって撃て!」


ラックの声に答えるように、ミカは杖の先を川に向けて火球を放つイメージをする。

一瞬ゆらりとした火球は猛烈なスピードで飛んでいき、大きな水飛沫を上げながら水分を蒸発させて蒸気を発生させた。


あたりが白い水蒸気に包まれる中、二人は唖然とした顔でそれを見つめる。


「……や、やりすぎだバカ!」


ラックはミカの頭を軽くコツンと叩き、額から汗を垂らした。


「ご、ごめんなさい〜っ!」


ミカは杖を両手で抱えながらあたふたと謝る。

ラックとミカは息を整えながら、黙って顔を見合わせた。


「……」


ラックはふぅと息を吐くと、静かにミカに尋ねる。


「……お前魔法使ったろ?」


ミカは自信がなさそうに答えた。


「た、たぶん……。そんな気がします……」


「ま、まぁ……これで火が怖いってことが分かったな……」


「……ですね……」


予想外のハプニングだったが、二人は顔を見合わせると思わず笑ってしまった。


「ってか、魔法使うなって言ったろ」


ラックがミカの頭にビシッとチョップすると、ミカは小さく声を漏らして謝る。


「う、うぅ……お母さんごめんなさい……」


ミカは少ししょんぼりとしながら杖を両手で抱えた。

ラックは少し考え込むような様子を見せると、ゆっくりと口を開く。


「魔法使いって……もしかして道具とか使わないのか?」


ラックの問いかけに、頷くミカ。


「は、はい……。魔法を使うには必要ないので……」


「なるほどな……。もしかしたら、魔導具の力に引っ張られたのかもしれないな」


「もし、同じようにイメージが大切なら、杖を使うときには、余計なイメージはしないほうが良さそうだな」


ラックは杖の先端の魔石を見つめながら話しを続ける。


「あまり強いイメージはしないようにしよう。お前も慣れないかもしれないけど、『魔導具の力だけを使う』って意識しないとな」


ラックの言葉に、強く頷くミカ。


「は、はいっ! それにしても……魔導具ってすごいんですね……」


ミカは杖を優しく撫でながら小さな声で呟く。

ラックはその言葉に誇らしげな表情で答えた。


「だろ? なんたって俺達セスタード工房の魔導具だからな!」


ミカはその言葉に嬉しくなり、力強く頷く。


「はいっ! 私達……セスタード工房の魔導具です……!」



二人は休憩を終えて片付けると、再び村を目指して歩きだしていく。

道中はだんだんと自然が増えていき、人の往来はなく、野生の生き物たちがのどかに生息しているくらいだった。


「……本当にこんなところに村があるんですかね……」


ミカはあたりをキョロキョロと見回しながらラックに尋ねる。

ラックは地図を広げ、景色と見比べては方角を確認していた。


「ああ。方角は間違ってないな。このまま道なりに歩けば村の入り口が見えてくるはず」


二人は決して綺麗とは言えない道をひたすら歩いていく。


「ところで、騎士様とやらはどんな人なんだろうな」


ふと、ラックが親方の言葉を思い出したかのように口を開く。

ミカは騎士という聞きなれない単語に、頭の中に疑問が浮かび上がる。


「店でも聞きましたけど……その……騎士様って何なんですか?」


ミカの問いかけに、ラックは伝わるように言葉を選びながら話す。


「騎士ってのは、国を守るすごい人たちって感じだな」


「……親方より怖かったらどうする?」


ラックはにやりと笑うと、ミカを怖がらせる。


「ひ、ひぃ! だ、だめです!」


ラックはその様子にさらに怖がらせるように、大袈裟に言う。


「きっと、親方の倍もある大男に違いねぇな!」


ミカは完全に怖がり、杖を強く握りしめた。


「お、怒りますよ!」


その様子にラックは笑いながら謝る。

二人はそんな他愛もない会話をしながら、村への道をひたすら歩き続けた。


しばらく歩いた頃。

森を裂くように一本の整えられた道が見え、その入り口に木の看板が立てられていた。

二人が近づくと、そこには目的地の名前が記されている。


『この先、エルンの村』


二人は顔を見合わせて笑うと、村への入り口へと一歩ずつ歩き始めた。



◇◇◇



二人がしばらく歩くと森が開け、小さな村が視界に飛び込んでくる。

村の端から端まで見渡せそうなほど小さな村だった。

入り口には小さな木のアーチが設置され、村の名前が彫られている。


「ここがエルンの村か……」


ラックはあたりを見渡しながら小さく呟く。

その時、二人の後ろから誰かが声をかけてきた。


「ねぇ! お兄さんたち旅の人?」


ミカは急に後ろから声をかけられ、肩をビクンと跳ねながら答える。


「ひゃ、ひゃいっ! た、旅の人ですっ……!」


二人がゆっくりと振り返ると、そこには幼い少女が手に花を持ってこちらを見ていた。

おそらく十歳前後だろうか。

色とりどりの野花を手に持ち、キラキラとした表情で二人をじっと見つめている。


「俺はラック。こっちがミカ。君は?」


ラックは膝をつき、目線を合わせると少女に声をかける。

少女は満面の笑顔で答えた。


「わたし、ラピナ! 村、案内してあげる!」


ラピナと名乗った少女は、軽い足取りで二人を追い越すと、振り返り手を振る。


「ほらー! こっちだよー!」


二人は顔を見合わせると、ふふっと小さく笑いながら少女のあとを着いていく。

少女はスキップしながら村の中を二人に案内していく。

友達の家、自分の家、お店や村の中の畑まで。


「ねぇ、これあげる! わたしこれ取りに行ってたの」


ラピナは手に持っていた花を笑顔で二人に渡そうとする。

ラピナの意図を察したラックがしゃがむと、ミカもそれに続くようにしゃがんだ。


「……はいっ! どうぞ!」


ラピナはしゃがんだ二人の頭にそれぞれ花を載せると、満足そうな笑みを浮かべた。

ラックは少し恥ずかしそうにしながらも、少女の頭を優しく撫でてお礼を言う。


「ははっ……ありがとうな、ラピナ」


ミカも頭についた花を指でそっと優しく撫でると、ラピナにお礼を伝える。


「……ありがとうございます。似合ってますか?」


ミカの問いかけに、ラピナは大きく頷いた。

二人は顔を見合わせて笑う。

気付けばあたりには夕焼けが差し込み、暗くなり始めていた。


「お兄ちゃんたち、今日は泊まっていくの?」


ラピナの問いかけに二人が頷くと、ラピナは二人の手を引いて歩き出す。


「じゃあ、案内してあげるね!」


ラピナに手を引かれながら、二人は思わず笑みがこぼれた。

案内された先は小さな宿屋だった。

ラピナいわく、旅人が泊まるのはここしかないのだという。


二人は案内してくれたお礼を伝えると、宿屋の扉を開けて中に入っていく。

宿屋の中はとても質素だが、どこか落ち着く雰囲気を醸し出していた。


すると二人の目の前で、甲冑に身を包んだ女性が宿屋の奥に消えていくのが見えた。


「あれは……もしかして騎士様かな」


ラックはぼそっとつぶやく。


「で、でも……大男じゃありませんよ?」


ラックは一瞬きょとんとしたあと、笑って答えた。


「ははっ、あれは冗談だよ。今日は遅いし、騎士様に会うのは明日にしようか」


ミカはラックの言葉に頷く。

二人は宿屋の主人に声をかけた。


「旅で立ち寄ったんだけど、部屋空いてるかな?」


ラックがそう言うと、主人は笑顔で二人の部屋を手配してくれた。


「じゃあ、また明日な」


「はいっ! おやすみなさい、ラック」


二人は軽く言葉を交わすと、互いの部屋へと入っていった。

旅の疲れからか、二人は部屋につくなりそのまま深い眠りに落ちていく。


村も月明かりに照らされ静寂に包まれていく中、黒い影が村の中を駆け抜けていた。

そして誰一人それに気づく事もなく、夜はさらに更けていく。


ただ……一人だけを除いて。

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