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優しい魔女へ  作者: 十 名鈴
第二部
25/28

第25話 小さな腕輪と大きな幸せ

港に接岸する船の周りを、カモメが祝福するように飛び交っている。

ポーディリアとは違い、小さな港だった。建物もまばらで、普段から人の往来は少ないのだろう。


「俺が最初に降りるんだよ!」


ラックが船の上を駆け、桟橋へ向かう。その隣で、ミカがラックを押しのけるように負けじと駆けた。


「ず、ずるいですよ……! ラック!」


二人は団子のように押し合ったまま、桟橋へ続く渡り橋に足を踏み入れる。

人ひとりがやっと通れる幅だ。足を踏み外せば、海へ真っ逆さまだろう。


ローシュとジルは、そんな二人を呆れ顔で見つめていた。


「はぁ……危ないですよ? 落ちても知りません──あっ……」


ローシュの声が漏れた、その時。

互いに譲らない二人は、情けない悲鳴とともに左右の海へ弾かれた。バシャンと、水柱が二本。


「まったく……先が思いやられる」


ジルは気にも留めず、静かに桟橋へ降り立つ。ローシュも梯子だけを海面に下ろすと、あとは知らぬ顔でジルに続いた。

ラックとミカが這い上がる頃には、二人はとっくに先を歩いている。海水を吸って重くなった服を絞りながら、ラックとミカはむすっとした顔で並んで歩き出した。



「馬鹿二人がやっと来たか。まずは宿を取ろう」


全身から海水を滴らせる二人を、ジルがちらりと見やる。

この港は簡素な町らしい。通りがかりの住人に宿の場所を尋ね、ジルはさっさと歩き始めた。


「服……着替えたいです……」


ミカがポツリと呟く。隣のラックも、こくりと頷いた。


町の中心から少し外れた場所に、小さな宿があった。

ポーディリアの宿に比べると、ずいぶん小規模だ。部屋数も多くはなさそうに見える。それでも手入れは隅々まで行き届いていた。


「空き部屋は二つしかないそうだ。お前たちの鍵だ」


受付を済ませたジルが、ローシュに鍵を手渡す。

部屋割りは、ジルとミカ、ラックとローシュになった。


荷物を置き、濡れた服も着替え終えた頃。

食事にありつくため、四人は町を歩いていた。


「店の場所、聞きますか?」


ローシュが尋ねる。すっかり機嫌を直したラックとミカは、顔を見合わせてにやりとした。


「なーに言ってんだよ。こういう時は……こいつの出番だろ? なぁ、ミカ!」


ミカが大きく頷き、鼻をすんすんと鳴らして美味しそうな匂いを探し始める。

小さな体をぴょこぴょこと弾ませ、辺りを見渡す姿。ジルは思わず「可愛い……」と小声で漏らしていた。


「むっ……! み、見つけました! こっちからいい匂いがします!」


髪の毛先が動物の耳のようにぴょんっと跳ね、ミカは匂いの方へ駆け出す。

笑いながらラックが続き、ローシュは肩をすくめつつ、二人を追った。


少し歩くと、一気に香ばしい匂いが漂ってくる。扉の隙間からは賑やかな声。ジュージューと、肉や魚の焼ける音も漏れていた。


「いらっしゃい! おや? 見ない顔だね」


店に足を踏み入れると、主人が声をかけてくる。目立つ立地ではないこの店に、他所の旅人が入ってくるのは珍しいのだろう。

促されるまま、四人は席に着いた。


メニューのようなものはない。その日に獲れた海産物を使ったおすすめが、出てくるだけらしい。


「ははっ、さすがミカだな。飯のことに関しちゃジル超えだ」


いい店を見つけられて、ラックは満足げだ。ミカは胸を張り、得意そうに鼻を鳴らす。


「まったく……お前は私を何だと思っているんだ」


ジルの言葉に、三人は顔を見合わせて笑った。


やがて、料理が運ばれてくる。

新鮮な海産物をふんだんに使った皿から、海そのものを思わせる芳醇な香りが立ちのぼった。

皿が置かれた瞬間、ミカの手が見たこともない速さで伸びる。次の瞬間には、もう口の中がいっぱいだった。


「あっ! 俺達の分も残しとけって!」


ラックが慌てて料理を頬張り始める。

二人は顔をとろけさせ、極上の味を堪能していた。


「はぁ……いつかテーブルマナーも叩き込んでやらないとな」


そうこぼしつつも、ジルはローシュと自分の分を取り分け、静かに食べ始める。

いつもの賑やかな食卓。気付けば、四人とも笑っていた。


料理が半分ほど減った頃、ローシュが周りの席を見渡す。


「それにしても、店の規模の割に人が多いですね。あそこなんて、家族総出で来てますよ」


視線の先では、幼い少女を囲んだ一団が、楽しげに食事をしていた。

何かの祝い事らしい。大人たちや他の子ども達が、少女に小さな包みを手渡していく。少女は嬉しそうに笑っていた。


「あ、あの……あれは何をしてるんですか?」


不思議に思ったミカが尋ねると、ジルが答える。


「あれか? 誕生日を祝っているのだろう」


「誕生日」。その言葉を、ミカは心の中で反芻した。胸がじんわりと温かくなる響きだった。


「まさか……祝ったことないのか?」


ラックの問いに、ミカは首を傾げる。


「た、誕生日ですか……? お母さんはいつもいっぱい優しくしてくれますよ?」


少しずれた答えに、ラックは驚いた。

話を聞く限り、母親とは普通の親子以上に仲が良いと思っていた。むしろ溺愛されているとさえ感じていた。それなのに、誕生日を祝ったことがないという。この矛盾は何なのか。


魔女には、そもそもそういった習慣がないのだろうか。


そこへ、ローシュが手を挙げた。


「あ、僕もないですよ。そもそも生まれた日なんて知りませんから」


野盗の捨て子だったローシュの自虐めいた言葉に、ラックは頬を引きつらせる。曖昧に笑うしかなかった。


(は、反応しづらいなぁ……)


話題を逸らすように、ラックはジルへ水を向けた。


「そ、そういや……ジルは誕生日いつなんだ?」


ジルは視線を落としていた。握った拳を、じっと見つめている。


「ふっ……誕生日か。どうだろうな……」


その様子に、ラックは内心で「やっちまった」と焦る。慌てて自分の誕生日の話でもしようと考えを巡らせた、その時だった。



「……あっ。俺の誕生日……今日だった」


三人が、ぽかんとする。静寂が落ちた。

それを破ったのは、何かを思いついたミカだった。


「あ、あの……! みんなでお祝いしませんか? 誕生日って、そうするものなんですよね?」


ミカは、祝われている少女をちらりと横目で見る。家族に囲まれた少女は、どこまでも幸せそうに笑っていた。

ラックにも、あんな顔をしてほしい。


「ふふっ……そうだな。なら、贈り物をそれぞれ選ぶというのはどうだ?」


ミカの気持ちを察したのか、ジルが微笑んで提案する。ミカとローシュは、顔を見合わせて頷いた。

こうして急遽、ラックの誕生日祝いが決まった。


店を出た四人は、町の中心に立っていた。


「では、日が沈むまでにラックさんの部屋に集まりましょうか」


ローシュの言葉に、ミカとジルが頷く。

ジルとローシュは迷いのない足取りで、それぞれ町の中へ消えていった。


その場に残されたのは、ミカとラックだけ。


「贈り物……贈り物……うーん……」


何やら呟きながら、ミカは考え込んでいる。ラックは無性にむず痒くなって、恥ずかしさをごまかすように言った。


「な、何でもいいよ。適当でいいって」


「だめです……!」


ミカが強く言い返す。


「わ、私はお買い物に行くので、ラックは遊んでてください!」


そう言い残し、ミカは町をきょろきょろと見渡しながら、人混みへ消えていった。

一人残されたラックは、頭を掻く。さて、どう時間を潰そうか。


「……剣の稽古でもしてくるか」


呟いて、ラックは町外れへ静かに歩き出した。



夕焼けが町を染め始める頃。

宿の部屋には、ラックを除く三人が集まっていた。それぞれが選んだ贈り物を手に、主役の帰りを待っている。


「遅いですね……。主役がいないと始まりませんよ」


椅子に腰掛け、ローシュは小さな包みを手にぼやいた。

その時、廊下から足音が近づいてくる。


「悪い悪い! ちょっと稽古に身が入り過ぎちゃってさ」


額にうっすら汗を滲ませたラックが、扉を開けて戻ってきた。

遊び回っていたわけではないと知り、ジルが満足そうに口元を緩める。


「だ、誰から渡しますか?」


ミカが困ったように尋ねると、ローシュが立ち上がり、ラックの前へ歩み寄った。


「どうぞ。これが僕からの贈り物です」


受け取った包みを、ラックは静かに開く。中には、剣の手入れに使う道具がいくつか収められていた。


「悩みましたが……ラックさんはその剣を大切にしていると感じたので」


ローシュが小さく笑う。

決して高価ではない。けれど実用的で使い勝手のいい、いかにもローシュらしい贈り物だった。親方から貰った大切な剣を、ローシュが気にかけてくれていた。

それが、ラックには何より嬉しかった。


「さすがだな。なら……私からはこれをお前に」


ジルが、改まった仕草で何かを取り出す。

通常の剣より刃の短い、一振りの剣。白を基調としたシンプルな装飾に、職人の確かな腕が光っていた。


「お前は二刀が向いている。この剣は丈夫で軽い。きっと手にも合うはずだ」


差し出された短剣を、ラックは受け取る。

驚くほど軽い。なのに、芯の強さが手に伝わってくる。柄は、ラックの握りにぴたりと収まった。

日々の鍛錬から癖を見抜いていたジルの選んだ一振りは、長年連れ添った相棒のようだった。


目頭が熱くなり、ラックは短剣を強く握りしめ、声を少し震わせて笑った。


「二人とも……ありがとう」


ジルとローシュは小さく笑って応え、部屋を出ようとする。

戸惑うラックに、ジルが告げた。


「祝いの席を確保してくる。お前たちもあとで、またあの店に来い」


そう言い残し、ジルはローシュとともに部屋をあとにする。



残されたのは、ミカとラックの二人。

しばらく沈黙が流れたのち、ミカが口を開いた。


「あ、あの……! 私……これしか思い浮かばなくて……」


ミカが差し出したのは、腕輪だった。小さな魔石の埋め込まれた腕輪が、手のひらに二つ。


ミカにとって、贈り物といえば『約束の腕輪』だった。カールドルハで、母のためにラックと初めて買い物をして選んだ贈り物。それ以来、腕輪は大切な人に贈る特別なものだと思うようになっていた。


「こ、これ……光るんです! ほら、見てください!」


ミカが片方の魔石に手をかざすと、対になったもう一方の魔石が、ほんのりと淡い光を帯びる。

何てことはない、小さな子どもが喜ぶための仕掛けだ。お揃いの、小さな腕輪。


「は、はは……綺麗だけど……お揃いってことか?」


初々しい恋人同士のような贈り物に、ラックは気恥ずかしくなる。頭を掻くと、ミカが上目遣いで見つめてきた。


「う、嬉しくないですか……?」


腕輪を握りしめ、不安そうに瞳を揺らす。

ただ純粋に、大切な人へ特別な贈り物がしたかった。だから選んだのだ。

その気持ちを汲み、ラックは腕輪を一つ手に取って腕にはめた。


「嬉しいに決まってんだろ。ありがとう、ミカ」


腕輪をはめた腕を、見せつけるように掲げて満面の笑み。

その笑顔に、ミカはぱぁっと花が咲いたように顔をほころばせる。対の腕輪を自分の腕にはめ、嬉しそうに眺めた。


「手を……かざしてみてくださいっ!」


はしゃぐように急かされ、ラックは自分の腕輪に手をかざす。

ミカの腕輪が、淡くほんのりと光を放った。

その光を見つめ、ミカは満足そうに目を細める。


「ははっ、こりゃいいな。さすがミカのセンスだな!」


微笑ましくなって、ラックはミカの頭をぽんと撫でた。

白いまつ毛の隙間で、綺麗な瞳が細く輝いている。


「ほ、ほら! 行きましょう! ご飯の時間ですよ!」


跳ねるようにラックの手を引き、ミカが振り返る。純白の髪が揺れ、その笑顔は何よりも美しい。

ラックは一瞬、目を奪われた。


だが、それも束の間。すぐに笑みを返し、二人はジルとローシュの待つ店へ駆け出した。




店に着くと、テーブルにはすでにたくさんの料理が並んでいた。

主役の到着で、祝いの席が始まる。


ラックは勝てるはずもないのにミカへ大食い勝負を挑み、圧倒的大差で負けた。

苦しそうなラックを見て、ローシュは声を上げて笑う。その横では、ミカが主役を差し置いて、料理を吸い込むように平らげていく。

ジルはそんな光景を眺めながら、恐ろしいペースで酒を次々と空けていた。


気付けば、四人の賑やかさは店全体に伝わり、他の客も巻き込んだ宴会になっていた。

笑い声も歌声も、夜が更けるほどに大きくなっていく。


ふと、ラックは腕輪に手をかざした。

喧騒の向こう、大皿を抱えたミカの腕で、淡い光がぽうっと灯る。

目が合った。ミカは腕輪の光に気付くと、はにかむように笑った。

ラックは何も言わず、照れ隠しに木のカップを高く掲げる。


腰に提げた新しい短剣が、小さく揺れていた。

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