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優しい魔女へ  作者: 十 名鈴
第一部
17/29

第17話 魔女と幽霊

晴れ渡る太陽の日差しが、ポーディリアの街を明るく照らし出している。

平穏なはずの港町で囁かれる、不気味な幽霊の噂話。

旅を続けるために船を手に入れるべく、四人はその謎に包まれた怪異の調査を行うため、朝早くから集まっていた。


ラックとミカは、まだ眠たそうに瞼を擦りながらふらふらと立っている。

ローシュはそんな二人の様子を見て、小さく笑みを浮かべていた。


「今日は二手に別れよう」


そう告げたジルの言葉に、ローシュは不思議そうな顔で問いかける。


「バラバラではなく、二手に……ですか?」


ジルは小さく頷くと、未だ眠そうにしている二人を見やりながら口を開いた。


「こいつらが、ひとりで聞き込みできると思うか?」


その現実的な指摘に、ローシュは納得したような表情を浮かべて小さくため息をつく。

ジルはラックの手をぐいっと強引に引き寄せた。


「私とラック。ミカとローシュの二人で行動しよう」


ラックは「げっ」とあからさまな顔を浮かべるが、次の瞬間にはあきらめたように観念した。


「分かりました。この組み合わせの理由はどうしてですか?」


ローシュが尋ねると、ジルは淡々と答える。


「ラックとミカはお互いに甘えが出てしまうからな。それに、ミカは年下のローシュといた方がしっかりするだろう」


それはミカとラックの性格を熟考してのものだった。

ミカは優しく、ラックに対してかなり甘いところがある。そしてラックはラックで、その優しさに甘えてしまうことが多かったからだ。

一方、ミカは自分より年下の者がいるとしっかり者のお姉さんとして振る舞うことが多く、ジルはそれを見越してこの組分けを選んだのだった。


「ロ、ローシュさん! 私に任せてくださいっ!」


ミカは胸を張るようにしてローシュに言い張る。ローシュは言いようのない一抹の不安を感じながらも、その申し出を了承した。

ジルは腕を組みながら、残りの二人に調査の指示を飛ばす。


「知りたい事はいくつかある。被害にあった時間、場所、そして最も大事なことは共通点の有無だ」


ジルの言葉に、ラックが聞き返す。


「共通点?」


ジルは頷き、言葉を続けていく。


「ああ。無差別かどうかの差は大きい。事件や被害の共通点があるならば、それをもとに対策を講じることも出来るからな」


さらにジルは調査の分担を告げる。


「ローシュとミカは街での聞き込みと歴史的背景から調査してくれ。私とラックは被害の確認と地理の観点から調査をする」


その指示にそれぞれが頷き、二手に分かれて歩き出した。

もっとも、街の中は一部の関係者を除き、幽霊騒ぎなど単なる気味の悪い噂話程度にしか捉えていないようだった。



ジルとラックはまず最初に、事件が発生した現場へと足を運んだ。

そこは、潮風が吹き抜ける何の変哲もない船着き場だった。

見晴らしもよく、不審な仕掛けや隠れ場所があるようにはとても見えない。


「うーん……どう見ても普通の船着き場だよな」


ラックは桟橋の上を行ったり来たりしながら観察する。

小さな波が小気味よく木製の桟橋にぶつかり、独特の潮の香りが辺りを包み込んでいた。

ジルは見逃している細かな痕跡がないかと、事細かに周囲を調べていく。


だが、事件の現場には特にこれといった異変は見当たらなかった。


「こうも何も無いものか……。何か引っかかる……」


ジルは深く考え込むように、鋭い目つきで船着き場を見つめ続けていた。


「おーい、何してんだよジル。次は療養所に行くんだろ?」


ラックに声をかけられ、ジルは胸の内の違和感を飲み込みながら頷いて歩き出した。

その背後では、波のない穏やかな水面が、何かを映し出すかのように静かに揺らめいていた。


療養所は驚くほどシンプルな造りをしていた。

簡素なベッドが規律正しく並び、その内の3つほどに屈強なガタイをした男たちが横たわっている。

腕には痛々しい包帯が巻かれており、命に別状はないものの、全員が今なお何かにひどく怯えている様子だった。


「ラック。何か……気付かないか?」


ジルは室内を見渡しながらラックに問いかける。未だ引っかかっていた違和感の正体を、ラックがどう感じ取るか試したかったのだ。

ラックは療養所内をゆっくりと歩きながら、苦しそうに眠る男たちの様子を観察する。


「え? いや……どうだろうな。でも、一つ気になったんだけどさ」


ラックは患者の男たちをチラリと見やりながら、ジルに答える。


「船乗りって女の人もいたよな? どうして襲われたのは男だけなんだろうな」


ラックの何気ない言葉に、ジルははっと息を呑み、急いで室内を見回した。


なぜ自分はそんな基本的なことに気づけなかったのだろうか。

街中にはたしかに、船乗りらしき女性の姿も何人か見かけた。数は多くなかったが確実に存在しており、船着き場を歩いている姿もあったのだ。

それにもかかわらず、被害を受けたのは一様に男ばかりであり、しかもその全員が頑強な肉体を持つ者たちだった。


「……そうか、そういうことか」


ジルは深く納得したように頷くと、ラックに向けて誇らしげな笑みを見せた。


「よくやった、ラック。もう少し調べることにしよう」


ラックは突然ジルに褒められたことに戸惑いつつも、嬉しそうに照れくさそうな笑みを浮かべた。

二人は療養所を後にすると、ジルの導き出した仮説に合う場所が他にないか、さらに詳しく調べを進めていった。



一方、ミカとローシュのコンビは、往来する人々や店を訪ねて地道な聞き込み調査を行っていた。


だが、返ってくる証言はどれも似たり寄ったりで大した差はなかった。

船着き場に幽霊が出ただの、その幽霊は角が生えていて大きな体躯をしていただの、明らかに尾ひれのついた誇張された噂ばかりが目についた。


「こ、困りましたね……。よしっ! ローシュさん、次は店の人たちにも聞いてみましょう!」


ミカは困ったように眉をひそめて考え込んだが、すぐにぱっと表情を切り替えると、目についた商店へと元気よく駆けてゆく。

ローシュはその無邪気な勢いに振り回されながらも、ミカなりに力になろうと必死な姿に小さく感心していた。


(ミカさんって……一番謎が多いけど、すごく優しいな……)

そんな思いを胸に抱きながら、ローシュも聞き込みを続けていく。


「ミカさん。この街に何か古い伝承のようなものが残っていないか、確認しましょう」


ローシュはジルから言われていた通り、街の歴史的背景から似たような事例を探るよう提案する。

ミカはその言葉に素直にこくりと頷いた。


道行く人に声をかけ、他に何か特別な言い伝えがないか尋ねて回る。

だが、これといった有力な情報はなかなか得られず、ローシュは困惑した様子で腕を組んだ。


「す、すごいです……! ありがとう……ございました!」


ミカは一人の年配の老人と親しげにしばらく話し込むと、深くお辞儀をしてローシュの元へとトコトコと戻ってきた。


「どうしたんですか? なんだかすごく盛り上がってましたけど」


ローシュが尋ねると、ミカは老人から仕入れてきたばかりの興味深い話を語り出した。


この街には、もう今の老人ですら忘れかけている古い言い伝えがあり、それは『人魚伝説』と呼ばれていること。

それは海から船乗りをどこかへ誘う女性の悪夢であり、なぜか狙われるのはいつだって男ばかりだという言い伝えだった。

そして、それは大いなる力の予兆なのだと、昔から囁かれているらしい、と。


「ど、どうですか? この話……役に立ちますか?」


ミカはそう言って、考え込むローシュの顔を覗き込むように見上げた。

ローシュは少し気恥ずかしそうに視線を逸らしながら答えた。


「はい、きっと無関係ではないはずです。……さすがですね、ミカさん」


ローシュのその言葉に、ミカは嬉しそうに満面の笑みを咲かせた。

それはその場しのぎのお世辞などではなく、心からの称賛だった。

誰にでも壁を作らず好かれるミカの性格だからこそ引き出せた情報であり、自分一人で聞き込みをしていても絶対に辿り着けなかったとローシュは痛感していたからだ。


「え、えへへっ……私は、お姉さんですからっ!」


ミカは得意げに鼻をフンッと鳴らしながら胸を張る。ローシュは思わず小さく吹き出し、和やかな笑みをこぼした。


そんな和やかな空気が流れる中、二人のすぐ背後を、何人かの中年の女性たちが会話を弾ませながら通り過ぎていった。

それはどこにでもあるような、気楽な井戸端会議の続きだった。


噂話を面白おかしく伝え合い、共感して楽しむ。

そんな日常のひとコマだった。


「ねぇ……聞いた? 最近の幽霊騒ぎのせいで、船も全然出ないそうよ」


一人の女性の言葉に、別の女性が同調するように声を合わせる。


「ほんと困るわね……。幽霊だか何だか知らないけど……まさか魔女のせいとかじゃないわよね?」


「ちょっとやめてよ。気味が悪いじゃない」


会話の中に『魔女』という単語が飛び出した瞬間、ミカはぴくりと動きを止め、静かにうつむいて黙り込んでしまった。


魔女という存在がこの世界でどのように扱われているのか、ミカは詳しく知っているわけではない。

だが、それでも人々にとって魔女とは忌み嫌われている存在なのだということは、わずかながら理解していた。


だからこそ母は、自分が魔法使いであることを絶対に誰にも悟られてはならないと、厳しく言い聞かせていたのだから。


女性たちはそのまま他愛のないおしゃべりを続けながら、遠ざかっていく。

ローシュは、ただ静かにうつむいたままのミカの横顔を、何も言わずにじっと見つめていた。



◇◇◇



夕暮れが街を染め、日が沈み始めた頃。

四人は桟橋に集まり、それぞれが昼の調査で得た情報を持ち寄って共有していた。


「──とまぁ、こっちはこんな感じですね」


ローシュからの報告を一通り聞いたジルは、腕を組んで何かを深く考え込む。

すると、ローシュが気になっていた疑問をそっと口にした。


「あの、一ついいですか?」


それはジルだけでなく、その場にいる他の三人にも向けられた質問だった。


「……魔女って何なんですか?」


昼に街の住人たちの口から耳にした『魔女』という言葉。

ローシュがまだ野盗の一味として暮らしていた頃、大人の男たちが小声で噂しているのをチラッと聞きかじった程度で、実態は何も知らなかった。


「僕はあまり詳しくないのですが、街でその単語を耳にしたので……」


だが、そう尋ねたのにはもう一つの理由があった。

昼にその単語を耳にした瞬間、ミカが目に見えて強張るような反応を見せたことがどうしても気になって仕方がなかったからだ。


ローシュからの突然の問いかけに、ジルとラックはわずかに顔を見合わせた。

一方のミカは、慌てて取り繕うように一人でしどろもどろになり始める。


「ま、魔女ですか……? え、えっと、それは……あの……」


ミカはどう言い訳したものか分からず、縋るような視線をラックへと向けた。

自分が魔女であることを知っているラックなら、なんとかこの場をうまくごまかしてくれるかもしれない。


そんな藁をもすがる思いからだった。

ラックはその視線に気づくと、少し困ったような、しかし隠しきれない苦笑いを浮かべる。


その時、ジルがふっと身体の向きを変え、ローシュの方へとまっすぐ視線を向けた。

そして、親指で隣に立つミカを何の躊躇いもなく指し示して、平然と言い放つ。



「これが魔女だ」



ミカはその予想の斜め上をいく直球すぎる言葉に、思わず間抜けな声を漏らした。


「……うぇ?」


瞬間、辺りの空気がピタリと静まり返る。


ミカは目を限界まで見開き、金魚のように口をパクパクと開閉させて固まっていた。そのまま隣のラックに助けを求めるように視線を送るが、目があったラックは苦笑いをしながらも何も言わず、ただ少し笑うだけだった。


そして、重苦しいような拍子抜けするような静寂がしばらく流れたあと、ミカの裏返った悲鳴のような声によってそれが破られた。


「……え、えぇぇッッ!?」


ミカの聞いたこともないような絶叫に、ラックとローシュは驚いて肩をびくりと揺らす。

当のジルは、特に動じる様子もなくケロッとした顔でミカを見つめていた。


「し、知ってたんですか……!? いつから!? ラックしか知らないものだと……」


ミカは頭から湯気が出そうになるほど混乱していた。まさか、ジルがすでにその事実を知っていたとは夢にも思っていなかったのだ。

ジルは腕を組み、涼しい顔で答える。


「初めて会った時から気付いていたぞ」


その隣では、ラックが「うんうん」と激しく首を縦に振っている。

ミカは騎士であるジルに正体がバレていたという事実におろおろと慌てふためきながら、絞り出すように尋ねた。


「あ、あの……! 知っていたなら……どうして……」


ジルはふっと険しい表情を緩め、どこか温かい眼差しを向けて答えた。


「魔女だろうが、ミカはミカだろう? 少なくとも私もラックもそう思っている」


ラックもその言葉に力強く同調するように大きく頷く。

ジルは少しだけ真剣なトーンを交えつつ、諭すように言葉を続けた。


「警戒をしていない訳ではない。だが……旅の仲間として信用はしている」


ジルはそう言って、ミカの白く柔らかい頭を優しく撫でた。

ミカはその言葉に胸のつかえが下りたようにほっと息をつき、心底安心したような笑みを浮かべる。

ローシュはその一連のやり取りを、驚くこともなくただ静かに見つめ、ぽつりと呟いた。


「へぇ……魔女ってこんな感じなんですね」


まるで魔女だろうが何だろうがどうでもいいと言わんばかりのあっさりとしたトーンに、ラックは少し面食らいつつも、どこか肩の荷が下りたような安心の笑みを漏らした。


「安心しろよ、ミカ。誰もお前が魔女だからって気にしちゃいないよ」


『魔法使いであることは決して知られてはいけない』

『私達を傷つけようとする人がたくさんいるから』


母から繰り返し聞かされてきたその言葉が、ミカの脳裏をかすめる。


(お母さん……そうじゃない人も、こんなにたくさんいたよ。私の大切な……仲間……)


ミカはこみ上げる感動を抑えきれず、花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。その美しい笑顔につられるように、ジルもラックもローシュも自然と笑顔をこぼす。



和やかな絆の時間が流れていた、その時だった。


一人の男が、まるで何かに引き寄せられるようにフラフラと海の方へ歩いていく姿が、ローシュの視界の端に飛び込んできた。

ローシュは慌てて大きく手を振り、その男に向けて大声で呼びかける。


「おーい! その先は、危険ですよ!」


だが、確実に耳に届いているはずの距離であるにもかかわらず、男は一切の反応を示すことなく、一歩、また一歩と冷たい海へと足を踏み出していく。


その異様な光景にただならぬ気配を察知したジルは、即座にその男へと駆け出した。

ジルは男の肩を力強く掴み、無理やり振り返らせる。


「おい、聞こえていないのか? 危険だと──」


振り返らせた男の顔は、完全に正気を失っていた。

見開かれた目は白目をむき、力なく開いた口からはだらしなく唾液が垂れ流されている。

明らかな異常事態。だが、異変はそれだけでは終わらなかった。


「ジル! 何か聞こえないか……?」


ラックの緊迫した声に重なるように、微かな物音が周囲の空間に響き渡っていた。

それは男がフラフラと向かっていた海の方角から聞こえてきていた。

まるで悲しげな女性の泣き声のようでありながら、どこか甘やかな歌声のようにも聞こえる不気味な響きを帯びていた。


そして、海を背景にしたその波打ち際に、揺らめく影のようなものがぼんやりと佇んでいた。

すぐ背後は足場の悪い海であるにもかかわらず、その影はまるで男を誘うように手招きを繰り返している。


「……動かないでください。動けば……射ちます」


ローシュはジルの指示を待つまでもなく、素早く矢をつがえて弓を構え、その正体不明の影に鋭く警告を発した。

ラックはいつでも抜けるように剣の柄に手を添え、ミカも魔力を込めた杖を強く握りしめる。


その影は夕焼けの名残が消えかけた暗い海を背に、ゆらゆらと不気味に揺らめきながら、変わらず手招きを続けていた。


四人は一瞬で理解した。これこそが、この港町を恐怖に陥れていた幽霊騒ぎの正体にほかならないのだと。


ジルはローシュに素早い目配せを送り、無言で頷く。

それを合図と受け取ったローシュは、引き絞った弦に全神経を集中させ、渾身の一矢を影めがけて放った。


「……警告はしました」


矢は闇を切り裂く鋭い風切り音を伴い、一直線に影の胸元へと突き進む。

だが、その矢が触れた瞬間、影はまるで形のない霧のようにふわりと散り、風に溶けるように跡形もなく消え去ってしまった。


「……やったのか?」


ラックが息を飲んで問いかけると、ローシュは険しい顔のまま首を横に振った。


「いえ……当たってません」


不気味な影が霧散して消え去ると同時に、頭を逆なでするようなあの不気味な歌声もぴたりと止んだ。

気づけば、目の前の桟橋にはいつもの静かな波の音しか聞こえなくなっていた。


声が消えたと同時に、糸の切れた操り人形のように男の身体から力が抜け、その場にぐったりと崩れ落ちる。


「そ、その人……大丈夫なんですか?」


ミカはジルが慌てて支えた男の様子を案じ、心配そうに駆け寄った。ジルは男の首筋に手を当てて脈や心音を確かめると、ほっと息をついて静かに答えた。


「ああ、命に別状はない。だが、念の為すぐに療養所に運ぼう」


ジルがそう告げて男を軽々と抱きかかえ、三人もその後を追うように急ぎ足で歩き出す。


街で地道に集めた情報、そして今目の当たりにした幽霊の影。

バラバラだったパズルのピースが、音を立てて一つずつ繋がり始めていた。


だが、その裏側に隠された真実に、この時の四人はまだ誰も気づいていなかった。



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