第5話 もう一つの査問会
「生徒会長!今ここで、私ギルバート・アーテラは、ナイジェル・サイラスに査問を申し込む!どうか許可を!!」
急な展開に講堂内がどよめく中、王太子殿下は冷静に応対をする。
「議題は?」
「ナイジェル・サイラスの、ユリア・コンティール嬢への扱いについて。会の冒頭でも話題に上がりましたよね。何故彼が婚約者のユリアではなくフランソワ嬢をエスコートしたのか。その話がまだ終わっていません」
「あぁ、そうだったな。良いだろう、査問を認める。このまま続けなさい」
「はい。有難うございます」
申請が認められるとギルバートは殿下に対して深く一礼をし、それからナイジェル様と対峙した。
「ナイジェル殿。貴方は、婚約者のユリアよりそこにいるフランソワ嬢の方が大切に見える。それは大層不義理ではないか?」
「そ……そんなことはない!今回はフランソワが可哀想だから彼女の味方についただけで、たまたまだ!」
突然の展開について行けてないナイジェル様は、あたふたとギルバートの問いに答えた。
深く考えずに口から出たその回答は、ギルバートが噛み付くには十分だった。
「今回がたまたま?僕が覚えている限り、学園に入学してからユリアは期末のダンスパーティーにいつもパートナー無しで参加していた。何故なら婚約者である貴方が、フランソワ嬢のパートナーとなっていたから。違いますか?」
「それは……ユリアには沢山の友人が居るが、フランソワに俺以外頼れる人が居なかったんだ。ほら、令嬢が1人で参加だなんて惨めな思いをするのは可哀想だろう?」
「エスコートは異性がするのが通例。いくら友人が多くても婚約してる身で他の男性のエスコートを受けられるわけないだろう?!ユリアの状況は、まさに貴方が言う一人参加の惨めな令嬢だったんだが、そんな事も気付かない程馬鹿なのか、それとも、気付いていたけどもどうでも良いとユリアを軽んじていたのか?」
「そ、それは……」
まともに言葉を返せないナイジェル様に対して、ギルバートは怒気を強めて追及を続ける。
「昨日ユリアが倒れた時、一番側に居た男子生徒は貴方だった。それなのに貴方は救護活動もせずにその場を立ち去った。何故ですか?」
「それは……フランソワが酷く動揺してたから、彼女を落ち着かせようと、その場を離れたんだ。周囲にはユリアの友人も居たし、任せられると判断しての行動だ」
「……これについては、婚約者云々の話ではない。ユリアは頭を打っていたんだぞ?!もしも一刻も争うような容態だったらお前は取り返しのつかないことをしたんだぞ?!」
大きな声でナイジェル様を糾弾するギルバートの迫力に、講堂内はしんと静まり返った。
私もギルバートが声を荒げる姿なんて初めて見たので、少しビックリしてしまった。
「それは……」
「貴方の言動は、貴方が心を寄せているのはユリアではなくフランソワ嬢だって堂々と宣言しているようなものだ。婚約者を蔑ろにして別の女性と寄り添うだなんて、ユリアに対する侮辱以外の何物でもない。貴方の行いは正しくない!!」
キッパリと言い切ったギルバートの的確な指摘にナイジェル様は何も言えずに沈黙するしかなかった。
場が硬直する中で、厳かな声が講堂内に響く。
「では、ギルバート。お前はこの落とし所は何だと考える?」
静寂の中で示された王太子殿下の声は、ヒンヤリとした講堂の空気をより一層緊張させた。
自分の考えを示すよう促されたギルバートは、しっかりと前を見て、そして堂々と己の主張を答えた。
「はい、正しき道を歩めていない貴方は学園の教えに反している。今すぐ考えを改めて、ユリアを解放し、フランソワ嬢と婚約するべきです」
はっきり、そしてきっぱりと、ギルバートは自身の意見を突き付けた。
その提案に、場内はざわめいた。もちろん、私も。
(ギルはそんなことを考えていたの?!)
思いもよらない提案に、私は驚いていた。けれども思い返してみたら、昨日やたらと私の婚約破棄の事を聞かれたのは、ギルバートはその時からこのことを考えていたからだと思い至った。
確かに、こんな往生際の悪いナイジェル様と縁が切れるのなら、それは私にとても有難かった。なので私は、この議論の結末に期待を込めて固唾を飲んでやり取りを見守った。
「な……なんでそうなるんだ?!普通、婚約者であるユリアをもっと大切にしろだろ?!」
「今までの貴方の言動ではそれはあり得ないです。そんなことをしたらユリアにもフランソワ嬢にも不誠実ですよ」
「し……しかし、こんな査問にまで負けた男爵令嬢と婚姻関係を結んだって、我が家に何の得もないではないか!!」
それは、誰が聞いても明らかな失言だったが、ナイジェル様はそんなことにも気づけない程、追い詰められている様子だった。
しかし、そんなことを言われて彼女が黙っているわけが無い。案の定、大人しくしていたフランソワさんまでが騒ぎ出してしまった。
「ひ……酷いわ!!ナイジェル様は私を切り捨てるのね?!」
「そもそも、君が妖精の涙を見たいだなんて言い出さなければこんなことにならなかったんだ!あまつさえ落として割って、査問に負けて……我が家の信用問題にまで発展している。こんな疫病神押し付けられてたまるか!!」
「そっちこそ、何が保護魔法よ!貴方がちゃんと魔法が使えてたら壊れなかったでしょう?!本当に使えないわね!!」
それは、とても見るに堪えない酷い泥の掛け合いだった。
「静粛に!!」
王太子殿下の一言で、再び場内は静まり返る。言い争いをしていた二人も、流石に押し黙って、場に居る皆が王太子殿下の言葉を待った。
「ここは討論の場である!ギルバートは理論立てて其方の不誠実な振る舞いを明るみにした。ナイジェル、不服があるならお前も答弁で我々を納得させてみるがいい」
威厳のある王太子殿下の一喝で、これ以上ナイジェル様は下手な言い訳が言えなくなった。彼は明らかに余裕のない挙動で、懸命に殿下へ弁明を並べた。
「た……確かに、私はユリアの優しさに甘えていました。彼女が何も言わないのを良いことにフランソワに優しくしていました。しかし、何もやましいことはありません!困っていたフランソワを放っておけなかっただけなんです、だからもちろん邪な気持ちなんてなく、私が結婚したいのはユリアなのです!これからは彼女に寂しい思いをさせません!」
果たしてこのナイジェル様の言い分が、王太子殿下の心に響いたのだろうか。少なくとも私には全く響かなかったが、言葉だけで評価すれば、響く人には響くのだろう。ナイジェル様のさっきまで見せていた言動を知らなければ。
私を含め、講堂内の皆は王太子殿下のお言葉を待った。
「ふむ。ギルバートは婚約破棄するべきと言っている。ナイジェルは婚約継続を訴えている。それぞれの訴えている内容だけで判断すれば、どちらの言い分も理解は出来るな。家同士の問題にもなるから婚約破棄よりか関係修復の方が建設的ではあるが……」
「そ、そうですよ!コレはお互いの家の当主が取り決めた婚約だ。それを簡単に破棄だなんて出来るわけが……」
殿下のお言葉が自分に有利な方に傾いていると感じ取ったナイジェル様は、それが不敬だとも気付かずに、殿下の言葉を遮る形で発言を重ねた。
それだけ彼は必死だったのだと思うが、しかし、間髪容れずに今度はギルバートがナイジェル様の言葉を遮ったのだった。
「それについては何も問題ありません。この査問会の最初から、コンテール伯爵に傍聴いただいてましたから」
そう言ってギルバートは通話用の魔法水晶を取り出して掲げた。
「この水晶と対になる水晶は、今朝コンテール伯爵に渡してあります。そして査問会が始まってから僕はずっとこの水晶に魔力を込めてました。なので、僕の持ってる水晶を通して、コンテール伯爵は全て聞いていたんですよ」
ギルバートが皆にそう説明すると、彼の持っている水晶玉からお父様の声が聞こえた。
『ナイジェル、残念だが君には失望したよ。……そんなに愚かだったとは……』
水晶から発せられるお父様の低い声に、ナイジェル様の顔色はみるみる悪くなっていった。
「まっ……待ってください!伯爵!!誤解です!!」
『誤解?君の言動は最初からずっと水晶を通して聞いていたよ。そして、とてもじゃないがユリアを任せられる人間ではないと判断した。この査問会の記録をもとに、我が家から正式に婚約破棄を申し込ませてもらうよ』
「伯爵!俺の話も聞いてください!!心を入れ替えますからどうか!!」
『娘を蔑ろにした君のことはもう信用できない。我が家とサイラス家の縁は無かった事にしてくれ』
「そんな!コンテール家の援助がなくて、どうやって妖精の涙を賠償すればよいんですか!!」
ナイジェル様の情けない叫びを、ギルバートは虫を見るような目で一瞥すると、彼を無視して王太子殿下へ向き直った。
「殿下、お聞きの通り伯爵も婚約破棄を望まれてます。どうか、正しいご判断を」
再び、講堂内の視線が王太子殿下に集まる。この場にいる誰もが、固唾を飲んで殿下のご判断を待った。
「判断か……そうだな。ユリア嬢、君はどうしたい?」
「え…?私?」
急に話を振られて、思わず間抜けな声を上げてしまったが、私自身にかかわる問題なのだから、私に聞くのは当たり前であった。
「えぇと、私は――」
私の答えは決まり切っていた。こんな醜態を見てナイジェル様の婚約を継続したいと思う令嬢は居ないだろう。
私は胸の前で手をギュッと握って、自分の想いを発言しようとしたのだが、諦めの悪いナイジェル様に発言を被せられてしまった。
「ユリア、今まで放っておいて本当に悪かった。これからは常に君と共に居るから。君を愛している!!」
私は冷めた目でナイジェル様を見た。今更挽回出来るわけないのに、彼は必死に薄っぺらい言葉を並べて私に縋っている。
ナイジェル様が盛大にやらかしたせいでサイラス家は少しでも援助が欲しいところだから必死になるのは分かるが、それを受け入れるかどうかは別である。
私がナイジェル様に絆されることは絶対にないが、彼はあの手この手で言い寄ってきた。
「それにほら、良いのかい?俺との婚約を解消したところで残っているのは碌な奴がいないぞ?それでも良いのかい?」
「それは……」
確かにナイジェル様の言う通り、大半の生徒は婚約者が既に決まっていて、何らかの事情があるか、問題がある人くらいしか、残っていないのだ。しかし――
(彼が分かっていないのは、その残っている碌でもない人の方が貴方よりマシだということ……)
私はため息を吐いて、それからナイジェル様に最後通告をしようと口を開きかけた。
その時――
「では、ナイジェル殿が言う、その碌でもない奴のうちの一人がユリアの新しい婚約者に立候補しようじゃないか」
「えっ……?」
それは、隣に立っているギルバートからの発言だった。
私が驚いて彼の顔を見つめると、ギルバートはこちらを見てにっこりと笑い、そして跪いて私の手を取ったのだった。
「伯爵とは話はつけてあるんだ。もし、君がナイジェルとの婚約を解消するならば、その時は正式に僕が君の婚約者に立候補したいって」
ギルバートはとても落ち着いて、優しく、真剣な眼差しで私を見つめてくるが、しかし、私には青天の霹靂の出来事で、この場の状況把握だけで精一杯だった。
「ええっ?!こ……こんな大勢の前で急に何を言い出すの?!」
「あぁ。大勢の人の前ってのは狙ってやってるんだよ。君が逃げ出さないようにね」
「ギルバート、一体何を血迷った事を?!」
「僕は本気だよ」
ギルバートは私の手を力強く掴んで離さない。
なるほど……
確かに私は逃げられなくなった。
「ユリア。子供の頃から君の事が好きだった。君がナイジェルと婚約を結んだと聞いてこの気持ちは諦めていたけれども、昨日君から今日の事を聞いて、やっぱり君を諦められなくなったんだ。僕は絶対に君を幸せにする。だから、ユリア。僕と婚約してください」
ギルバートの強い想いの籠った告白に、傍聴席の女生徒たちから歓声が上がった。
彼の手は熱く、少し震えているのが繋いだ手から伝わって来る。
(子供の頃から好きだった?誰が?ギルバートが?誰を?私を??)
私の頭の中は、ぐるぐると同じ自問自答を繰り返していた。だって、信じられないじゃない。ギルバートが私を好きだったなんて、そんなの私に都合が良すぎる。
(えっ……じゃあ私はギルと両想いってこと?本当に?本当に??)
私は混乱を極めていたが、返答を待っているギルバートに見つめられ、そして講堂内の生徒たちからの期待の眼差しも一身に集めてしまっている。
どうやら、今、ここで返事をするしか無さそうだった。
私は大きく深呼吸をした。これがゲームでも夢でも何でもいい。答えは決まりきっている。私は、ギルバートに負けないくらい堂々と口を開いた。
「……分かりました。私ユリアコンテールは、ナイジェル様との婚約破棄を望みます!そして、ギルバートの申し入れを受け入れますわ!!」
私の宣言に会場内が大いに沸いた。
私は、顔から火が出そうなほど恥ずかしくて、自分の顔を手で覆おうとしたが、その前に気づいたらギルバートの胸の中に沈められていた。
「ユリア!有難う!!」
「ギルっ!!だから、ここ、人前だから!!」
告白だけでも信じられなかったのに、ギルバートに抱きしめられて、私は完全にキャパオーバーだった。
恥ずかしさのあまり、彼の胸をどんどんと叩くと、ギルバートは名残惜しそうにゆっくりと私を離した。
そして改めて私の顔を見つめて、ギルバートは柔らかく目尻の下がった私だけに向けてくれる笑顔を浮かべた。
「ユリア、僕の告白を受け入れてくれてありがとう」
「それは、その……私の方こそありがとう。びっくりしたけれど、凄く……嬉しいわ」
どうしてもギルバートの眩しい笑顔を直視できずに、私はやや俯きながら答えた。
……彼から物凄く見られている気配は感じているのだが、それでもやはり、その熱のこもった視線を真っ直ぐに受け止めるには、私にはまだ経験が足りず顔を逸らしてしまった。
そんな私の態度にも拘わらず、ギルバートは嬉しそうだった。
「話はまとまったようですね。それでは、殿下の判断を伺いましょう」
大きく咳払いをした進行役だったバーゼル様の一言で、私たちの意識は現実へと連れ戻された。そうだった。まだ査問会は完全には終わっていなかった。
私とギルバートは直ぐに姿勢を正して、王太子殿下の最終判断を受ける為、彼の御前に進んだ。あんなに怖がっていた査問会の結末も、もう、何も怖くなかった。だって、隣には一緒に立ってくれるギルバートが居るから。
「ギルバート・アーテラ及びユリア・コンテールの訴えを学園査問会の最高権限者である私が認めよう!ここに居る皆が証人だ。婚約破棄や新たな婚約は、家同士で速やかに取り決め行うように」
王太子殿下の厳格な声が講堂内に響き渡る。それはまるで、私をゲームの呪縛から解き放ってくれる神様の声みたいだった。
「公平無私なご判断ありがとうございます殿下。指示に従い、それぞれの手続きは速やかに行います。」
「ありがとうございます!!」
私はギルバートと共に殿下に向かって深く頭を下げた。ギルバートの横には、頭を下げた……というよりは、ずっと項垂れているナイジェル様が立っている。
「……ナイジェル殿も、分かっているよね?」
ギルバートの問いかけに、横で消し炭のようになっているナイジェル様は何も反応しなかった。まぁ、ナイジェル様との婚約破棄はきっとお父様が上手くやってくれるでしょう。
これでやっと、本当に査問会が終わったんだ。私はそう思って、心の底から安堵していた。
しかし、これで終われない人がここに一人――
「こんなの……あり得ないわ!!だって、私がヒロインなのよ?!貴方一体何なのよ?!」
暫く忘れ去られていた、このゲームのヒロインであるフランソワさんが息を吹き返し、ギルバートに向かって人差し指をさして、大きく吠えたのだった。
絡まれてしまったギルバートは、少しイラついた感じで彼女に応対する。
「君がヒロインだって?勘違いも酷いね。この査問会のヒロインは君じゃなくてユリアだよ。僕がそう仕立てたんだから」
多分フランソワさんの言っているヒロインとギルバートの言っているヒロインは意味が違うだろうなと思ったけど、これ以上話をややこしくするのはやめたいので私は黙って二人のやり取りの続きを聞いた。
「そうか……貴方も転生者ね?!あらかじめこれから起こる事が分かってたんでしょ?!だから全部私の邪魔をして……前世の時からその女が好きだったから、彼女を助ける為に私の為のシナリオをぶち壊したのね!!」
「そうだね、前世の頃からユリアの事が好きだったと言っても過言ではないよ。だから、ユリアを助けた。君の査問の内容はあらかじめ分かっていたから対策がとれて良かったよ」
またしても二人は絶妙にかみ合っているようでかみ合っていない会話を繰り広げた。
しかし、このやり取りはいつまでも続かなかった。
先に行われた私との査問会で負けたフランソワさんは、別室で己の過ちを省みる反省文みたいな書面を書かなくてはいけない決まりで、彼女は迎えに来た係の人間に半ば強引に連れていかれたのだった。
「……貴方のこと、絶対に許さないわ……」
そう言ってフランソワさんは、物凄い怖い顔でギルバートを睨みながら、退室していった。
査問会で負けた生徒は、しっかりと反省している気持ちが読む人に伝わるまで何度も書面を書き直させられ、書き上がるまでは何日でも独房に閉じ込められると聞いている。それに加えてフランソワさんは、妖精の涙の弁償や、負け令嬢の汚名が付いて回るようになるのだ。
きっと彼女の今後は、ゲームの中のユリアと同じ道を辿るのではないだろうかと、少しだけ同情した。ほんの少しだけ。
フランソワさんだけでなく、ナイジェル様も別室に連れていかれて、傍聴していた生徒たちも、思い思いに退室して行く。講堂内には私とギルバート、そして生徒会の面々以外は数人が残るところとなっていた。
「ユリア、僕たちもそろそろ退室しようか」
周囲を見渡し、生徒がまばらになっているのを確認すると、そう言ってギルバートは私に向かって右手を差し出した。
その表情はいつもと変わらぬ優しい笑みで、恥ずかしさはまだ残っているけれども、私も彼に対して微笑み返した。そして、手を伸ばす。
今までとは違い、人目を気にせずに堂々とその手を取ろうとした瞬間――
「それにしても……ギルバート・アーテラか。君、面白いね。面の皮も厚い。気に入った」
思いもかけず、再び王太子殿下からお声がかかったのだった。
「恐縮です」
私に向かって伸ばしていた手を引っ込めて、姿勢を正し、ギルバートは殿下のお言葉に恭しく頭を下げる。一瞬判断に迷ったが、ギルバートの横に居たので私も慌てて彼と一緒に頭を下げた。
すると頭の上から、王太子殿下の呼びかけが聞こえた。
「ねぇ、君、私の部下にならないか?」
(あれ、コレって……)
王太子殿下とギルバートのやり取りに私は物凄い既視感を覚えて、必死に記憶を手繰り寄せた。
(あぁ、そうだわ、殿下のこのセリフは、ゲームの中で同じ事を言っていたんだわ。)
そう、これはゲームのチュートリアルでユリアを倒したヒロインが、王太子殿下から掛けられた言葉だった。
ゲームの中では、ここで王太子殿下に見染められて、ヒロインは殿下直属の世直し隊に入って、そこで殿下を始めとした攻略対象と仲を深めながらこの国の不正と戦っていくのだ。その言葉を、ギルバートが受けている――
「誉れ高きお言葉有難うございます」
私の混乱を他所に、横では普通にギルバートは王太子殿下と会話を進めている。どうやら彼は、殿下の要請に応えて生徒会に入るらしい。
(それって……)
私の頭の中が急速に回転していく。そして、パズルのピースがぴったりと当てはまった。
(つまり、この世界の真のヒロインはギルバートって事?!)
どうやら私は大変なことに気づいてしまった。もし本当にギルバートが『女神の天秤』の主人公役ならば、彼には今後大変な事態が待ち受けている。悪徳貴族との査問合戦、ゲームでは負けたら即ゲームオーバーだったけれども、この世界ではどうなるのか考えるのが恐ろしかった。
私はチラリと横に立つ幼馴染を見遣った。彼は真っ直ぐに殿下の方を向いて、真剣にこの国の在り方について話し込んでいる。
(そう言えば、ギルバートも正義感が強かった……)
ギルバートは恐らく王太子殿下の思想に賛同する。ゲームのヒロインと同じように。それはきっと止められない。それならば――
私はそっとギルバートの手をとって、彼の目を真っ直ぐに見て自分の想いを伝えた。
「ギル、貴方ならきっと大丈夫よ。私も貴方を側でずっと支えるから!」
そう、私にはゲームの知識がある。これから起こる事が分かっているのだ。だから今度は、私がギルバートを助ける番だ。私の決意に迷いはなかった。
「あぁ、それはとても心強いな。」
私の言葉にギルバートは少し驚いたような顔をして、それから嬉しそうに笑った。
大好きな笑顔。この笑顔をずっと隣で見ていられますように。そう願って、私は人知れずゲームのシナリオから大事な幼馴染を守る覚悟を決めたのだった。
短編の練習として書いてみましたが、思いの外長くなってしまいました。
ここまでお読みくださりありがとうございました。
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