第2話 頼りになる幼馴染
「ユリア、良かった。気がついたんだね。転んで頭を打ったって聞いたけどもう身体を起こして大丈夫なのかい?」
暫く待っていると、侍女に連れられてギルバートが部屋にやって来た。彼はベッドに上半身を起こして座っている私に近寄りながら、私の身を案じてくれた。
「ええ、大丈夫よ。ギル、貴方が家まで運んでくれたって聞いたわ。有難う」
「当然のことをしたまでだよ。君の友人たちに助けを求められた時は本当に肝が冷えたよ」
心配そうに私を覗き込むギルバートの顔を見たとたんに、胸の中に安心感が広がっていくのが分かった。
だってギルバートは、昔からいつも私の窮地を救ってくれたから。
そう、私はギルバートの事を全面的に信頼していた。
だから私は、荒唐無稽な話を臆する事なく彼に伝えたのだった。
「あのね、ギル。実は貴方に相談があって。私、明日学園査問会で断罪されちゃうんだけど、一緒に回避する方法を考えて?」
「……いきなりなんだい?まさか、頭を打っておかしくなったのかい?!」
私の言葉に、ギルバートは血相を変えてすぐにベッドの側まで駆け寄って来て、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
(ち……近いわ……)
子供の頃から見慣れている顔とは言え、ギルバートは格好が良いのだ。こんなに近くに顔を寄せられて、意識しない方が無理だった。
私は赤くなった顔を彼に気付かれないようにパッと逸らすと、動揺を隠すために咳払いをして話を続けた。
「そうじゃないわ。ギルバート、私は頭を強く打った事でこれから起こることが分かってしまったのよ」
流石に”この世界は私が前世でプレイしたゲームの世界だからこれから起こることが分かる”なんて言っても信じて貰えないだろうと思い、私はかなり端折って説明した。
しかし、この説明でどうやら彼はますます私の頭がおかしくなったと思ったようだった。今度は私の手を取り脈を測りながら、もう片方の手で、私の頬や額に触れて熱がないかを真剣に確かめ出したのだ。
「ギ……ギル!!私は正常だからっ!どこもおかしくなんてなってないからっ!!」
恥ずかしさで全身が真っ赤になりながら、私はギルバートを押して距離を取った。
こんな触れ合いも子供の時はなんとも無かったのに、最近はどうしてもドキドキしてダメだった。
彼にとってみたら、私は妹みたいなもので何とも思っていないだろうけども、こっちとしては淡い初恋のような感情をずっと持っている相手なのだ。そんな風にされてしまったら心臓に悪かった。
なんとかギルバートに納得してもらって、椅子に座り直してもらうと、私は一度深呼吸をした。
そう、今は格好いい幼馴染にときめいている場合ではない。明日をどう乗り切るか、それを考えなければいけないのだ。
私は気持ちを落ち着かせてから会話を再開させた。
「それで話を戻すとね、明日私は学園査問会の場で断罪されてしまうの。それだけではなく、多額の賠償金を請求されて我が家は破産してしまうの。……あ、後ついでに私の婚約破棄もされるけど、まぁこれはどうでも良いわね。」
なんとか平静を装って、私は話を元に戻し、チラリとギルバートの反応を見た。すると、彼は目を大きく開いて、とても驚いた様子だった。
「なんだって……?今言った事が、君の身に明日起こるっていうのか?」
「そうなの……だからギル、頭の良い貴方に、どうしたら断罪を回避出来るか一緒に考えて欲しいのよ」
ギルバートは信じられないと言った顔でとても驚いていたが、ちゃんと私の話を信じてくれた。彼はすぐに真面目な顔になると、身を乗り出して私に詳細を話すように促したのだった。
「分かったよ。ユリア、とりあえず君が知っている事を全て教えてくれるかな」
私はコクリと頷くと、慎重にゲームの記憶を拾い上げ、彼に説明を始めた。
「ええっと、明日私は学園の大勢の生徒たちの前で、フランソワさんを虐めた悪役として攻め立てられるの」
「何故?君はそんな事してないだろう?」
「えぇ。勿論そんな事実は無いのだけれども……でも、そういうことになってしまうのよ」
私の説明に、ギルバートは腑に落ちないといった顔をしていた。
「全く身に覚えがないのに学園査問会で断罪されるって言うのか?もし本当なら有り得ないな。生徒会は無能の集まりか」
「言い過ぎよギル。そんな事誰かに聞かれたら大変よ」
ギルバートの過激な発言に、私は慌てて彼を嗜めた。生徒会には王太子殿下も所属していて、査問会で最終決定を下すのは生徒会長である殿下なのだ。今の発言は不敬に捉えられかねなかった。
「おっと、つい思わず口が滑ってしまったけど、気をつけるよ」
「あまり気をつける気無さそうな返事ね」
「そんなことないさ。外では勿論気をつけるよ」
ギルバートは軽く笑って飄々と私の注意を受け流し、話題を元に戻した。
「それで、君は予知でそれを知ったと言ったね。もう少し具体的に、君の断罪の理由は分かるのかい?」
「ええっと、そうね……」
ギルバートが積極的に私の話を聞いてくれるので、私は古い記憶を必死に手繰り寄せてゲームのチュートリアルシナリオの内容を思い出した。
「まず、フランソワさんのドレスを汚した事を咎められる筈……」
「それについて心当たりは本当にないの?」
「……そういえば、先週の夜会でフランソワさんに背中から思いっきりぶつかられて、その時に彼女、手に持っていたワインを自分でかぶっていた事があったけど……」
「聞く限りだと、ユリアに非は無いね」
「えぇ……でも心当たりと言ったらこれくらいよ」
ギルバートに説明しながら、私はハッと気付いてしまった。
(……そうか、断罪の種は既に蒔かれてしまっていたのね……)
私には前世の記憶がある。だから、こんな小さな事でもゲームの強制力で絶対に私が悪者になってしまうのが分かってしまい、気持ちがどんどんと沈んでいった。
「ユリア、大丈夫?顔色が悪いよ?」
私が俯いてしまったので、ギルバートは心配そうに私の顔を覗き込んできた。
目の前の彼は本気で私のことを心配してくれている。そんな彼の優しさに触れて、私は思わず涙と共に弱音を溢してしまった。
「このままだと私……明日本当に断罪されちゃう……」
「?!ユリア?!泣かないで!」
慌てたようにギルバートが手を伸ばして来た。そして私の背中に手を当てると優しく擦ってくれた。
それは、幼い時からいつも私が泣いた時に彼がしてくれる行動だった。
「ユリア、泣かないで。君が断罪される訳がない。僕が保証するよ」
「でも……」
ギルバートは、そんなことは起きないと必死に慰めてくれている。しかし、ゲームシナリオを知っている私は、どうしても明日起こる事への不安が拭えなかった。
すると、ギルバートは背中から手を離し、代わりに私の両手をふんわりと包むようにそっと触れると、私の目を真っ直ぐに見て子供を諭すように優しく語りかけたのだった。
「あのね、ユリア。君は何故か一人で絶望しているけど、僕は君の話をまだ全部聞いていないから何が君をそんなに苦しめているのかが分からないんだ。だからユリア、辛いかもしれないけど、全部話して?」
彼の真っ直ぐな瞳、柔らかい声に、私のゲームの強制力に怯える不安は少しずつほどけていった。
(そうよ、ギルバートっていうゲームでは居なかった人が居るのよ。こんなに心強い味方が居るんだから、諦めるのはまだ早いわよね)
私は涙を拭うと、ギルバートを真っ直ぐに見返して再び話を始めた。
「うん……断罪理由は他にもあって、私がフランソワさんを無視した挙句に『話しかけるな!!』と、強い言葉で拒絶したって事になってるみたい」
「ユリアが?君はそんなことしないでしょ?」
私との付き合いが長いギルバートは、私の事をよく分かってくれていた。即座にこの話をあり得ないと否定をしてくれて、それが嬉しかった。
私はちょっとだけ元気を出すと、ここ数日の記憶を掘り起こした。
「……もしかして、一昨日の魔法薬の授業で調合中にしつこく話しかけられたから、今は話しかけないでと言ったけど……」
またしても断罪の種を見つけてしまい、私はまた少し暗い気持ちになってしまった。しかし、その感情は押し込めてなるだけ気丈に振舞った。だって、最後までちゃんとギルバートに話さなきゃいけないから。
二つ目の断罪理由を話し終えて、私はチラリとギルバートの反応を窺った。すると彼は、私の話に大分困惑しているようだった。
「もしそれが理由だったとして……だいぶ酷い言い掛かりに聞こえるけど……」
「えぇ。でも明日私はこの件で断罪されるのよ。確実に」
だってそれがゲームのシナリオだから。
とは言えなかったが、なんだか納得がいってないような顔をしているギルバートに、とにかく私は断罪は絶対に起こるのだと言い張った。
「けど今の話を聞く限りだと、もし全面的に対決に負けたとしても、そんなコンテール家が破産するような賠償金にはならないと思うんだけど」
「えぇ、多額の賠償金の理由はまた別なのよ」
「それは一体?」
「それは……妖精の涙。そう、予知だとこれを私が壊したって責められてたわ」
妖精の涙とは、ゲーム内に出て来るレアアイテムで自然界の中で何十年、何百年もかけてゆっくりと魔力が結晶化したとても美しい宝石だ。その希少さとガラスの様に脆く保護魔法をかけないと簡単に壊れてしまう扱いの難しさから、とても高級な宝石なのだった。
「妖精の涙だって?!国宝級のそんな逸品を本当に壊していたのなら確かに賠償金が相当なものだろうけど……でも、それで破産までするかな……?」
ギルバートの疑問はもっともだった。いくら高価な宝石とは言え、それ一つの賠償で伯爵家の中でも裕福な方のコンテール家が傾く程ではない。
そんな彼の疑問に答えるべく、私は話を続けた。
「それが、その妖精の涙って王室への献上品だったので、希望の物を納品出来なくて王室との取引を打ち切られたとかってナイジェル様の家――サイラス侯爵家から損害を訴えられて、更に私が審議に負けた事で我が家の評判は底辺まで下がり、それによってお父様の事業は皆破産してしまうのよ」
私が話終わると、ギルバートは頭を抱えて大きく息を吐いていた。
「君の言ってることは無茶苦茶だよ。そんなことが起こりえるのか?」
「そうね、私も無茶苦茶だと思うわ。……でも、実際にこうなってしまうのよ」
泣きそうになるのをぐっと堪えて、私は力無く微笑んでみせた。
ギルバートは、そんな私を痛ましいような目で見ている。
「……でも、君は妖精の涙を壊してないんだろう?」
「えぇ。見たこともないのに壊せないわ」
「であれば、そんなに気にしなくても良いんじゃないのか?流石に冤罪は無いだろう」
ギルバートは理由を計りかねているような、慎重に様子をうかがう表情で、私にごく普通のことを聞いた。
しかし、私は彼の問いに首を横に振るしかなかった。
「いいえ、例えやってなかったとしても、それでも私のせいになってしまうのよ。えぇ、きっとそうなるわ。だからなんとかしないと我が家はお終いなのよ、私のせいで……」
ここまで我慢してきたが、ユリアの結末を考えると、私は再び俯いてしまった。
するとギルバートはそっと手を伸ばし、私の両肩にその手を乗せて名前を呼んだ。
「ユリア」
驚いて顔を上げると、そこにはギルバートの真剣な顔があった。
「……分かった。荒唐無稽な話だけどユリアを信じるよ。君がやっていない事で罪を被せられそうになっているのならば、僕が全力で弁護をする。だから下を向かないで?」
「……有難うギル。とても心強いわ」
彼から力強い言葉を貰えて、私の胸の中に温かさが広がっていくのが分かった。ゲームの強制力とやらがあるかも知れないので油断は出来なかったが、ギルバートが味方になってくれた。これだけで本当に心強かった。
「良かった。ギルに話したらちょっと気が楽になったわ。……いつも、貴方を頼ってしまってごめんね」
「大丈夫。いつでも頼ってよ。僕はユリアに頼られると嬉しいから」
いつもと同じ笑顔でギルバートはそう言った。
見慣れた笑顔。
頼りになるこの幼馴染は、いつも私の窮地を救ってくれた。
婚約者でない男性と親しくするのは、本当はよくないのは分かっている。
けれども……今はギルバートに縋りたかった。
「それで、さっきの話の続きは?君はまだ他にも明日起こる出来事をさっき言っていたよね?」
「えっ?」
急なギルバートからの話題転換に、私は一瞬面食らったが、直ぐに婚約破棄のことだと分かり、とても簡素に説明をした。
「あぁ、ナイジェル様から婚約破棄されるみたいだけど、まぁ、それはどうでも良いわ」
私はさらりと告げた。
あまりに私があっさりしていたからか、ギルバートは一瞬驚いて固まっているようだった。
「……そうなんだ?それは、君にとって回避したいことじゃないんだね?」
「そうね。それはどうでもいいの。ナイジェル様とは全く気が合わないけど、彼との婚約が白紙になった所で、私はまた別の誰かと政略結婚をすることになるだろうから。ナイジェル様との婚約が継続になっても、ならなくても大差ないのよ」
私は淡々と告げた。伯爵令嬢として育って来たからには、結婚に夢は見ていない。
今は、とにかく家族が没落しなければそれでよかった。
一通り説明をし終えると、私はギルバートの顔をチラリと見た。彼は形の良い眉を顰めて難しい顔をしていた。
「今言ったことが本当に起こるとしたら……ユリアが査問会で負けないと婚約破棄はされないのか……?」
ギルバートがポツリと呟いた言葉に、私は首を捻りながら答えた。
「え?そう……かも?負ける未来しか知らないからその可能性は思い付かなかったわ」
「そうか……」
私の婚約破棄にここまで突っ込んだ質問が来るとは思わなかったから不思議に思ったが、ギルバートは何やら難しい顔で考え込んでしまっている。
私はそんな彼の様子を見て急に不安になり、慌てて縋った。
「とにかく、我が家が断罪されなければ婚約破棄についてはどうでもいいの。お願いギルバート、私が査問会で負けないように貴方の知恵を貸して!どんなことでもいいから!!」
私は懇願するような目でギルバートを見つめた。実際泣くのをずっと我慢しているから瞳は潤んでいた。上目遣いでギルバートをじっと見つめると、彼は視線を逸らし目を瞑って大きく息を吐いた。そして再び目を開けた時には何かを決心したかのように目の色が変わっていたのだった。
「分かった。……そういうことなら、直ぐにでも動くべきだよな」
「え?、えぇ、そうね。明日に向けて出来ることがあるなら今すぐ準備に取り掛かるべきよね」
ポツリと独り言のように呟いたギルバートの言葉に、私は賛同した。
そうだ、査問会までまだ半日以上もある。出来る対策は打っておかなければならなかった。少しでも私の断罪を回避するために。
「それでギル、今から私に出来ることって何があるかしら?」
「そうだね……まず、魔法学のその時の授業のレポートがあるといいかな。それからワインをかけられてしまった時のドレスがまだあればそれも。それだけあれば、きっと大丈夫だから」
「分かったわ、直ぐに準備するわ」
彼の状況把握能力と即座に対応策を示す事が出来る頭の良さに感心しつつ、私は使用人たちに指示を出した。やっぱりギルバートに相談して正解だった。そんな風に思っていると、彼は更に追加の質問を私に問いかけた。
「それでユリア、僕、伯爵と話がしたいんだけど、在宅しているかな?」
「えっ?お父様?今日は確か家にいたと思うけど……」
「取り次ぎ、お願いできるかな?」
「えっ?えぇ……」
明日の査問会の準備でお父様と打ち合わせ??私は不思議に思ったが、侍女に命じてギルバートをお父様と会えるようにとりなした。
そうして直ぐに使いに出した侍女がお父様の部屋から面会承諾の意を持って帰ってくると、ギルバートはゆっくりと腰を上げ立ち上がり、私の方を見て優しく微笑んだのだった。
「それじゃあ僕は行くけど、ユリア、今日はベッドの上で安静にして過ごすんだよ。」
「うん」
「そんな不安そうな顔しないで。大丈夫、僕に任せて」
私を安心させるようにギルバートはそう言うと、私の頭をポンポンと叩いて部屋から出て行ってしまった。
一連の流れるような動作に私の顔は真っ赤になって固まってしまい、ただ彼が消えたドアをじっと眺めた。
「……いつまでも子供扱い……なのよね……」
私は、彼が触った自分の頭をそっと撫でた。
断罪の恐怖で不安いっぱいだった胸が、ドキドキしてちっとも静まらない。
婚約者でないギルバートとこんなに触れ合ったのは本当に久しぶりだった。
(明日……どうなるか分からないけど……今は、こんな感情を持ってる場合じゃないけど……)
私は、赤くなった顔を枕に埋めた。




