第1話 ユリア・コンテールの運命
全5話です。今日中に最後までアップします。サクッと読めると思います。
ゴンっ!!
という鈍い音を立てて、私、ユリア・コンテールは盛大に頭を床に打ちつけていた。
アカデミーの中央廊下を歩いていたら、落ちていたハンカチを気付かずに踏んでしまい滑って転んでしまったのだ。
「まぁ!ユリア様大丈夫ですか!!」
「だ……大丈夫よ」
少し頭がくらくらしたけれども、側にいた級友たちを心配させないように私は笑顔を作って直ぐに立ち上がり、何事も無かったかのようにスタスタと歩いてその場を離れた。
(本当は全然大丈夫じゃないけどね!こんな盛大に転んでしまって注目を浴びて恥ずかしいわ!!)
冷静を装っていたが内心は凄く動揺していたので、私は直ぐにこの場を離れるべくいつもより早足で廊下を進んだ。
しかし、すぐに私は足を止める事になったのだった。
数歩進んだ所で、前からもの凄い勢いで歩いてきたピンク髪の女生徒に行く手を塞がれてしまったのだ。
「ユリア・コンテール様!貴女の陰湿なやり方にはもう我慢できません!学園査問会の開催を申し込ませて頂きましたわ!!」
人通りの多い中央廊下でピンク髪の女生徒に出会い頭にいきなりそう宣言されて、私は面食らった。
学園査問会とは、ここ、貴族の子息が通うアカデミーの中で生徒会が取り仕切る生徒同士のいざこざ解決の為の裁判みたいな制度だ。
けれども、私は目の前の女生徒とトラブルになった覚えは全く無かった。
(ええっと、彼女は確か……同じクラスのフランソワ・エバーデル男爵令嬢だったと思うけど……。名前位しか存じ上げませんわ……)
私は困惑しながら記憶の糸を辿ってみたけれども、やはり彼女とのトラブルは記憶に無かった。
しいて心当たりがあるとするならば、彼女の後ろに私の婚約者であるナイジェル様が立っている事が関係しているのだろうなとは思った。
婚約者といっても、子供の頃に家同士の利益の為に結んだ婚約でお互いに何の感情も持っていない。それに近頃はナイジェル様は私を蔑ろにしてそこに居るフランソワさんと随分と親しくされていたので、むしろ関係は悪化していると言えた。
そんなナイジェル様が、その女生徒の肩に手を置いて私の事をとても怖い顔で睨んでいるのだった。
「見損なったぞ、ユリア。お前は誠実さだけが取り柄だと思っていたのに、裏でフランの事を虐めていたなんて」
ナイジェル様は怒気を含んだ低い声でそう言い放った。
彼に難癖を付けられるのは今に始まったことじゃないが、しかし、どんなに振り返ってみても私には全く身に覚えがないのだ。
私の困惑は深まるばかりで、このままでは何も分からないと思い、仕方なく潤んだ瞳でこちらをじっと見ているピンク髪の女生徒――フランソワ・エバーデル男爵令嬢に、査問会を申し込んだ理由を訊ねた。
「ええっと、フランソワ様、一応聞きますけど、学園査問会の議題は何になるのでしょうか?」
「まぁ、酷い!まるでご自身には非がないみたいな言い方ですわね!貴女……自分のした事をまるで理解していないのですね!」
彼女は少し大袈裟に口元を覆って、信じられないと言ったジェスチャーをとった。
その言動に、こちらの方が信じられなかった。
(あ、これは駄目だわ。どうやら答えてくれそうにないわ。彼女に話を振るべきでは無かったわね。)
直感的にそう感じ取ったけど、もう遅かった。
「酷いですわ、ユリア様!貴女はそうやって平然と私を傷つけて来たのです!」
「ユリア!フランは勇気を出して査問会に申し込んだんだ!それなのにお前はしらを切るなんて最低だぞ!!」
彼女は演技めいた仕草で両手を顔で覆い泣き真似をすると、それに呼応してナイジェル様が往来の多い場所で私を咎め始めたのだ。これではまるで私が悪者だ。一体何について責められているのか全く分からないのに。
この状況に私は頭が痛くなった。そう、ズキズキ、ズキズキと。
……比喩でも何でもなく、先ほど転んだ時に打ち付けた所が今になって痛みだしたのだ。
それを自覚すると、急に目の前が真っ白になった。
(あぁ……遠くで私を心配する級友の声が聞こえるわ……)
そんな事を思いながら、私の意識は遠のいていったのだった。
*****
目を覚まして最初に目に映ったのは、見慣れた天井だった。
どうやら誰かが、私を自室まで運んでくれたのだと察した。
(どうしましょう……)
目を覚ました私は混乱していた。
意識を失う直前のやり取りに対してではない。もっと、とても大変な事を思い出したからだ。
(私、ゲームの世界に転生してるわ!!)
頭を打ったショックからか、私は前世の記憶を思い出していて、どうやら異世界に転生してしまったのだと自覚したのだ。
前世の私はごく普通の会社員だった……ような気がする。
良く覚えていないけれども、前世の私はおそらく二十代前半で死んだのだと思う。何故なら、そこまでしか記憶が蘇らなかったから。
この世界で既に十七年間も生きているのだから、急に思い出した前世については遠い出来事過ぎて実感が無いし、記憶も不鮮明で朧げなのでさほど悲しくはなかった。
それに今は、そんな感傷に浸っている暇は無かった。それよりももっと考えなくてはいけない事があるのだから。
何故なら私、ユリア・コンテールは明日の学園査問会の対決に負けて賠償金で破産する未来が決まっているのだ。
そう、私はユリア・コンテール。
小柄で可愛らしい顔立ちの赤毛の伯爵令嬢が今の私。
そしてユリアは、前世で大人気だったゲーム『女神の天秤』のチュートリアルシナリオ『初めての査問会』で、ヒロインのフランソワ・エバーデルにこてんぱんにやられて没落してしまう憐れな伯爵令嬢なのだった。
(詰んだわ……)
よりにもよって何で前日なんだ。もう少し早くに思い出していたらまだ対策のしようもあったのに、多分もう、何もかもが手遅れだ。
(どうしよう……私のせいでお父様もお母様も、弟のリアムをも路頭に迷わせてしまうわ……)
自分に断罪されるような心当たりは全くないのだけれども、これが本当にゲームの世界ならば、私の運命は決まってしまっている。
そんな絶望感に苛まれたが、それでも家族を守る為に私は必死に頭を巡らせた。
前世で大ヒットしていたゲーム『女神の天秤』とは、平民出身の男爵家の養女であるヒロインが攻略対象のヒーローと一緒に国や貴族の不正や横暴を査問会で対決する事で次々に暴いていき、この国を正しい方向に導くという乙女ゲームだった。
私ユリア・コンテールは、このゲームの肝である査問会パートの練習のために用意された最初の敵。いわゆるチュートリアルでヒロインに数々の嫌がらせを問い詰められて、多額の賠償金を請求されて破産する令嬢なのだった。
私には嫌がらせなどした記憶は全く無いのに、それでもヒロインからは宣戦布告をされており、明日学園査問会で戦う事が決まってしまっている。
(これがゲームの強制力だというの?我が家の破滅は免れないの……?)
私は何とも言えない恐ろしさに身震いをし、今置かれている状況に一人ベッドの上で頭を悩ませた。
そもそも、なんでチュートリアルの相手が私かと言うと、私の婚約者であるナイジェル様が攻略対象の一人だからだ。ゲームシナリオ的には、ナイジェル様を巡って私がフランソワさんに意地悪したことになっているのだから勘弁してほしい。
私にナイジェル様に対する情は1ミリも無いのだからそんな事実は存在しないのに。
そんな時、ドアがノックされて侍女が私の様子を見にやって来たのだった。
「お嬢様、身体を起こして大丈夫ですか?」
「えぇ。まだ少し頭が痛いけれど、大丈夫よ」
私は後頭部をそっと触ってコブになっている箇所を確認したがそこまで酷い状態では無さそうだったので、侍女を安心させるようにニッコリと微笑んでみせた。
すると彼女は安堵した様子で顔を綻ばせた。
「あぁ、良かったです!ギルバート様が意識の無いお嬢様を連れて来られた時は本当に肝が冷えましたけど、大事に至らなくて本当に良かったです」
「え?ギルが私を家まで運んでくれたの??」
「えぇ、そうです。偶々近くにいたそうで、お嬢様を抱えて、そのまま馬車で伯爵邸へ連れてきてくださいました」
侍女の説明に、私は驚いてしまった。
ギルバート・アーテラ
アーテラ伯爵の長男で母親同士が友人だったことから、私とも小さい頃から仲良くしてくれている一つ年上のとても頼れる幼馴染。
その彼が私を運んでくれたと言うのだから、私はドキッとした。
だって彼はあの場に居なかったのに、そんな彼がわざわざ私を家まで運んでくれた言うのだから。
私に婚約者が出来てからは、距離が出来てしまったギルバート。そんな彼が私を助けてくれたと知って、私は少し不思議な気分だった。
「ギルバート様はお嬢様の事をとても心配されていて今も客間でお嬢様の意識が戻るのを待っています。あの……お会いになられますか?」
「えっ?そうなの?勿論会うわ。お礼を言わないとね」
私がそう答えると、侍女は「直ぐにお連れ致します」と言って部屋を出ていった。
再び部屋に一人になった私は、もう一度ゲームのことを思い出してみた。
(ギルバート……なんてキャラはゲームに出てきてないわ。……ということは、ギルは私の味方になってくれるかもしれない……)
そんな考えが頭に浮かんだ。
だって、もしギルバートが味方になってくれるなら明日の査問会に少し希望が持てるのだ。
何故なら、ギルバートはアカデミーの成績は常に学年トップでその名声は一学年下の私たちにも届くほど頭が良かったから。
(とにかく、ギルに相談してみよう)
私はそう決心して彼が来るのを待った。




