十日間の行、開始
十七時を過ぎると、修道僧たちは足早に勤務記録の魔導具へ手をかざし、帰宅の準備を始めた。
年配の修道尼は私に鍵を渡した。
「戸締まり、気をつけなさい」
そう言って帰っていった。
数万もの死者が二階からも、地下からもこちらを見ている。
そんな想像をすると、恐怖以外の何ものでもなかった。
言われたドアから入ると、浴室があった。
かなり広い。
ほとんど浴場だった。
湯船も大きく、まるで公衆浴場のようだった。
私は湯を張ることを諦め、シャワーだけ浴びて早々に出た。
数万という死者が、地下の暗い納骨堂で、宇宙の如き私語を繰り広げているのかもしれない。
そんなことを考えながら、渡された鍵で裏口を施錠する。
そして護摩堂へ戻った。
外へ出る。
空には、満天の星が瞬いていた。
王都の明かりから離れた場所だからだろう。
星が異様なほど近く見えた。
私はしばらく、その空を見上げていた。
その時、納骨堂から――。
カチリ、と音がした。
振り返った。
誰もいない。
ただ、モルディギアン神の前に置かれた古い魔導灯だけが、青白く明滅していた。
十日間の行
翌朝、六時に修道院へ向かうと、すでに二人の修道僧が来ていた。
一人はタオルを頭に巻き、床を掃除していた。私に気づくと、
「いよう!」
と元気よく声をかけ、握手を求めてきた。
握力が強く、思わず痛みを覚えるほどだった。しかし、それ以上に、にこやかな笑顔に圧倒された。男は、本当に嬉しそうだった。
「アーゼンです」
彼はそう名乗った。
私も自己紹介をする。
フワルと同じように、私の話をふんふんと聞いていたが、その後、掃除用具の置かれた物置と、二階の更衣室を案内してくれた。
更衣室の入口には、なぜか金色の小さな像が何体か鎮座していた。
アーゼンは更衣室に入ると、引き出しをゴソゴソと探しながら、
「エリアスくん、履物持ってる?」
と聞いた。
「持っていません」
「じゃあ、これ使いな」
そう言って、履物をくれた。
「新人さんは一、二年の辛抱だよ。一、二年は石に齧りつくような気持ちで辛抱してみなさい。そこから法事に出られるようになると、収入も違ってくる。二年も経てば葬儀にも導師で出られるようになるから、そこからグッと収入が跳ね上がるよ」
「本当に、金貨八十枚も稼げるんですか?」
私が尋ねると、アーゼンは笑った。
「八月は、それくらいになるよ」
かなり後になって分かったことだが、彼の言う「金貨八十枚」というのは、夏季の祖霊祭で各家庭を巡回する仕事が集中するためだった。
私は当時、その意味を知らなかった。
アーゼンと話した後、修道院の掃除をする。
物置に置いてあったモップを床にかけていると、修道院長のクラウスが姿を現した。
その後ろから、また別の修道僧が出勤してきた。
背は低く、かなりの仏頂面をしている。
私は姿勢を正し、合掌して、
「おはようございます」
と挨拶した。
修道院長は挨拶を返してくれた。
しかし、もう一人の修道僧は、私のほうを見ることもなく、そのまま通り過ぎていった。
掃除用具を片付けていると、朝礼の時間になった。
慌てて修道院事務室へ向かう。
そこには修道僧が五人ほど、事務員も五人ほど集まっていた。
全員が立ち上がる。
早朝から来ていた、もう一人の修道僧が音頭を取った。
手には、拍子木のような魔導具を持っている。
カチ、カチ、と乾いた音が響いた。
この法具は、カイシャクと呼ばれているらしい。
カイシャクを手にした僧は、かなりの歳だったが、苦み走ったいい男だった。
鋭い目つきが、どことなく古い戦士を思わせる。
彼はトーゴと名乗った。
別院の主幹を務めているという。
「おはようございます」
トーゴは落ち着いた声で言った。
朝礼は連絡事項から始まり、ナコト写本の読誦へと移り、最後に回向を唱えて終わった。
何もかもが、驚くほど手際よく進んでいった。




