畳と切腹
前日は説明だけで終わり、修道院長による入門式が行われた。
私は内陣へ入ろうとして――。
「待ちなさい!」
突然、低い声が飛んできた。
振り返ると、いかにも厳格そうな顔をした修道僧が立っていた。
「そこは土足で入る場所ではありません」
「あ……すみません」
私は慌てて靴を脱いだ。
少し叱られたものの、入門式そのものは無事に終わった。
半畳や香炉などを片付けた後、夕勤に参加する。
まず、罪を悔いる古い懺悔の文句を唱える。
続いて帰依文。
開経の偈。
そして古い経典の偈文。
さらにウボ=サスラヴァティ女神の呪文が唱えられる。
続いて、
「イア!始祖シャークヤ」
「イア!各魔法宗祖師諸大先徳」
と唱え、最後に普回向へ続く。
シャークヤ修道院では、ウボ=サスラヴァティ呪を必ず唱えるらしい。
本院の近くには、蛇頭の人が現れるという古い池があり、その池に祀られていた蛇神を修道院の鎮守としているのだという。
私はその話を聞いて、少しだけ妙な気分になった。
蛇。
水。
女神。
古い池。
そして、この修道院。
何かが繋がっているような気がした。
もちろん、この時の私は、その意味など知る由もなかった。
夕勤行に参加した修道僧は三人だった。
先ほど私を注意した、厳つい顔をした背の低い修道僧。
すました顔をした、かなり年配の修道尼。
そして、背が高く、朗々とした声を持つ修道僧。
私は半畳に座り、外陣で見様見真似のお勤めをした。
支給された紫色の半袈裟をかけ、算盤のように尖った玉の念珠を左手首にかける。
初めてのことばかりだった。
夕勤が終わると、先ほどの背の低い修道僧が声をかけてきた。
「ヴァルトナーさんは、どうして坊主になろうと思ったの?」
私は、かつて魔法学校にいたこと。
途中で退学したこと。
そして、求人広告に載っていた高い給与に惹かれたことを話した。
修道僧はフワルと名乗った。
「なるほどねぇ」
フワルは頷いた。
しばらく私の話を聞いていたが、突然、妙なことを言った。
「君、切腹したいの?」
「え?」
切腹とは自ら命を絶つ時の、東方の作法だと言う。
「畳の目の向きだよ」
「……畳?」
「ごめんねぇ。入ったばかりの人に言いたくないんだけど」
フワルは畳を指差した。
「畳の目が横だと、滑り止めなんだよ。切腹の時の」
「……はあ」
「普通、畳の目は縦にするんだよ」
私はそんなことを初めて知った。
「分かりました」
そう答えると、フワルはニコニコした。
横を見ると、年配の修道尼も笑っている。
「お風呂は、修道院内のトイレの横にあるドアから入って。奥に浴室があるから」
フワルがそう言った。
すると、年配の女性修道尼が真顔になった。
「ただね」
「はい?」
「この建物の2階、納骨堂になってるの」
「……はい」
「地下は化石葬のカタコンベ」
「…」
「数万人はお骨が入ってるから」
私は黙るしかなかった。
「イグの腕の中に」
二人はそう唱和して、事務室のほうへ歩いていった。




