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監視と盗聴

「あなた借金がありますね」


「……はい」


 心臓が、大きく鳴った。


 専務が目配せすると、隣にいた男たちが一歩前へ出た。


 その男は、こちらを見ているだけだった。


 だが、その視線から逃げることができなかった。


「債権者の方々です」


 そこで初めて、男が口を開いた。


「支払いが確認できておりませんが、お身体のほうはだいじょうぶですか?」


 その言葉に、かえって恐怖を感じた。


「だいじょうぶ、例の疫病にかかってからかなりの日数が経過しています。」


 専務が重々しく言った。


 支払いを過ぎたものが、一件あったようだ。


 しかし、それだけで債権者集合とは尋常ではない。


 専務は一枚の紙を机の上に置いた。


「弊社としては、多重債務者に勤務されては困りますが…」


 紙には、私の債務記録が記されている。


「通常の金額ではありません」


 専務は、言葉を選ぶように続けた。


「合計して1千万デナリ以上の借金が確認されています」


 私は何も言えなかった。


「そして、出仕直前に、また借金されてますよね、朝に」


 私は目の前の紙を見つめた。今日、明日の食費のためだった。


 専務はそこで話を止めた。


 何かを確認するように、手元の書類をめくっている。


 そして、ふと顔を上げた。


「もう一つ、あなたに確認したいことがあります」


「……はい」


「あなたの疫病感染による、風評被害により我が社に損害が生じました。賠償するつもりはありますか?」


「……は?」


 一瞬、意味が理解できなかった。


 いや。


 終末が、頭の奥で終わりの鐘がカウントダウンを始めていた。


 「本日から地下別院のほうで勤務していただきます」


「あなたに対する債権は弊社が買い取りました」


「はぁ?」


 心臓が激しく鳴った。借金を会社に肩代わりされた!?


 それは…ラッキーなのか…?


「地下別院とは……?」


「今は言えません」


 私はそれ以上言えなかった。


 その静けさが、かえって怖かった。


 しばらくして、専務が口を開いた。


「情報漏洩の恐れがありますので、地上の社用魔導端末を起動することも許しません。中のデータはすべてヴァルーシア社のものです。修道僧の衣帯や写本も返してもらいます」


 専務は「えたい」を「いたい」と発音した。


 いたいのはこっちのほうだ。


 何でこんなのに従っているのだろうか?


 こちらの心の声を無視して、専務は続けた。


「この件に関しては極秘でお願いします」


 専務の目は剣呑だった。


 その奥には、いつでも人間を切り捨てられる刃物のようなものがあった。


「漏洩があれば逮捕、勾留の可能性もあります」


 その言葉に、喉が乾いた。


「くれぐれも慎重に行動してください」


 さらに専務は、私の机を指した。


「なお、たった今、あなたの席にある魔導端末は撤去しました」


 私は思わず振り返った。


 さっきまでそこにあったはずだった。


「認証符も通信先も変更済みです。接続しようと思わないでください」


 人権が、一つ消えた。


「地上の修道院の寺務所への入室も禁止します。社の者が見張っています」


 見ると、屈強な男が数人、こちらを睨んでいる。


 東方の顔立ちだが、物腰からして軍属のようだ。暴力を前提とした仕事に就く者、独特の雰囲気。


「彼らの監視のもとで、自分の引き出しの中のものをすべて出してください。修道院のものはすべて、こちらへ」


 剣呑な専務の目が瞬いた。


「こちらからの連絡をお待ちください」


 私は自分の机へ戻った。


 そこには、ついさっきまで自分の生活があった。


 しかし今では、すべてが証拠品に見えた。


 写本の写し。


 ノート。


 魔導書。


 魔導車に積んでいたものもあった。


 軍属あがりに言って、車までついてきてもらう。


 何故か、車の窓が開いていた。


 軍属が調べたのだろう。


 履物。


 写本の表紙に貼ろうと思った布切れ。


 魔法名を書くための下敷き。


 筆。


 魔法名用紙。


 ふと、車の後部の椅子の下に転がるものが目に入った。


 よく使っている、体温調節用の魔導細工箱だと思った。


 しかし、二つも持っているはずはない。


 体温調節用にしては灰色の輝きも漏れ出ていない。


 私は銀色の魔導細工箱を握ったまま、しばらく動けなかった。


 私は、箱に二次元化隠形の呪文をかけると、くすねて袂に入れた。


 私に不利な情報をヴァルーシア社に渡すわけにはいかない。


 そして、何食わぬ顔をして、


「これで修道院の支給品、全てですよね」


 屈強な軍属に差し出す。


 突き合わせている。


 一瞬。鋭い目線となった。


 だが、すぐに無表情へ戻った。


 問題は無いと判断したらしい。


 私は退室を促された。


 門を出た。


 雨はまだ降っていた。


 私は修道院を振り返った。


 つい数ヶ月前まで、ここが私の居場所だった。


 今では、巨大な鳥籠にしか見えなかった。


 しかし、胸の奥には別の恐怖が残っていた。


 なぜか、ウボ=サスラヴァティの噴水だけが、妙に鮮明に見えた。


 私は魔導車に乗り込んだ。


 エンジンをかける。


 ハンドルを握る手が震えていた。


 家へ帰らなくては。


 まずは家で考えなければならない。


 窓を少し開ける。


 青い空にかかる白い雲が見えた。晴天であって、風も強く、雲が流れてゆく。


 ふと、視線を感じた。だが、まわりに人はいない。


 私は、ふと違和感を抱いた。雲がかなりのスピードで流れて行く中、ひとつだけ、ある雲がずっと同じ位置にあるのである。


 奇妙に思い、その雲を観察したのだが、5分間たったのにピクリとも動かなかった。他の雲が流れていっているのに、動かない。しばらく、無視して車を進めていたのだが、ふと視線のようで、視線でもない・・もっと広範囲な注意力、統御力のようなものを感じた。


 気づいた・・ああ、この雲は・・魔法で監視している。


 おかしい。借金が原因にしては、監視魔法の規模が大きすぎる。


 車内反射鏡を見る。


 後ろには何もいない。


 気のせいかもしれない。


 そう思い直して、魔導車を発進させた。


 家に帰り、魔導細工箱を調べてみる。魔力…ルーシュを流すと、音声が流れた。フツの声だ。


 聞くと、輝くトラペゾヘドロンは調査の結果、偽物だと判明した。本物が何処に行ったかわからない、疫病禍の原因かもしれない。可能ならば、捜査に協力してほしい、というメッセージだった。


 こんなヴァルーシア社に見張られた状態で?


 無理に決まっている。


 しかし、その日からだった。


 家の前に、見覚えのない魔導車が停まっていることが増えた。


 郵便受けに何も入っていないのに、誰かが覗いた形跡があった。


 夜になると、遠くの街灯の下に人影が立っているように見えた。


 盗聴されていたのかもしれない。


 音声ファイルの内容も聴かれたのだろうか。


 会社からの電話は鳴らない。


 それが、かえって怖かった。


 何も起こらない。


 何も起こらないまま、数日が過ぎた。


 そして、ある朝。


 玄関の向こうから、三度。


 コン。


 コン。


 コン。


 規則正しく扉を叩く音がした。


 私は動かなかった。


 もう一度。


 コン。


 コン。


 コン。


 低い男の声がした。


「ヴァルーシアの者です」


 心臓が止まりそうになった。


「扉を開けてください」


 私は煙草を落とした。


 灰が床に散った。


 その瞬間、鍵の向こうで金属音がした。


 私は悟った。


 もう、逃げられない。


 扉が開いた。


 黒服たちが、一斉に部屋へなだれ込んできた。


 声が出なかった。


「地下で、働くお約束ですよ」


 そして――。


 私は、ヨスの地下別院まで連行された。

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