暗転
おかしい、と思い始めたのは五月に入って中旬に差しかかってからだった。
ヴァルーシア社側から、新しい修道院について何も連絡がないのだ。
最初は、単なる事務手続きの遅れだと思っていた。
ところが、待てど暮らせど連絡は来ない。
不思議に思ったまま梅雨入りし、二週間連続で雨が降った。
代表は姿を見せない。
ふとミトを見ると、珍しく塞ぎこんだ顔をしている。
新しい修道院から連絡がないからだろう、と私は思っていた。
だが、一週間も経つと、同じような顔をした修道僧が一人、また一人と増えていった。
法事もなく、仕事もない。
修道院に出仕すると、ドアが大きく破損していた。硝子の破片も散らばっている。
運転の下手なやつが突っ込んだのだろうか。
修道僧控え室で仏具を磨いていると、ザウヤが入ってきた。
しばらく他愛のない話をしていた。
しかし、ある瞬間、二人とも黙った。
雨音だけが聞こえていた。
やがてザウヤが、こちらを見ないまま、ぽつりと言った。
「電話、来た?」
「え? 何の話ですか?」
「……無いならいいや」
その言い方が妙に引っかかった。
何があったのか問いただすと、ザウヤは周囲を気にするようにして声を落とした。
ヴァルーシア社が、修道僧一人一人に電話をかけ、呼び出して面接しているという。
「ようやく、準備が整ったんですね? よかったじゃないですか」
「よかない」
即答だった。
「何でか知らないが、面接を受けた後に、泣いたり怒ったりしてる修道僧が何人かいる」
「は?」
ザウヤの話は、聞けば聞くほど嫌なものだった。
ジルケとヴァルーシア社の間で、何か和解があったようだ。
新しい修道院の話は、蜃気楼で出来た城のように消えてしまったらしい。
しかも、私たち全員が提出した退職届を、ヴァルーシア社とジルケが握っている。
そのうえで面接をしている。
それだけではない。
ヴァルーシア社のほうで、監査という名目で、修道僧への調査や尾行があったのだという。
つまり――。
修道僧を救済するための面接ではない。
残す者と、切る者を選別している。
まるで、汚水を濾過するように。
そういうことなのか。
出来レース。
私たちは騙されたのか?
経済的困窮からの…あの説明会も、あの熱狂も、あの勇ましい演説も、最初から仕組まれていたのだろうか。
わからなかった。
クラウスは行方を晦ましていた。ミトやトーゴ、フーテイは修道院に残れることが決定したらしい。
カトリやフツ、フワル、キッシュ、ガトー、ヨシは一身上の都合で退職するようだ。泣いた者はその中の何人かだ。
ガオは怒り暴れたらしい。攻撃魔法を乱射してドアが破損したそうだ。逃げ回ったらしいが憲兵に連行されていった。
サーノやウーノは自坊僧として修道院に残るという。
フツは西方教会の調査員だから別枠だ、当然残って調査を続ける。ただ、帰国は早まる可能性はある。
私と、ザウヤ、カワカ、他数人は連絡がまだだった。
電話は三日後に来た。
「松の間まで、十二時に来てください」
それだけだった。
電話を切った後も、しばらく受話器を握ったままだった。
胸の奥で、嫌な予感が膨らんでいった。
松の間に入ると、異様なほど静かだった。
見知った顔のヴァルーシア社幹部が数人。
そして、その後ろに見知らぬ男たちがいた。
黒衣。
無言。
誰も笑っていない。
そこで初めて、私は背筋に冷たいものを感じた。
これは面接ではない。
そう思った。
しばらく沈黙が続いた。
私は沈黙を破るべく口を開いた。
「できることならば、今後もご奉仕させていただければ…」
専務は手を挙げて、私の言葉を遮った。
そして、やがて、おもむろに口を開いた。




