救いの手
ある時、ヴァルーシア社から連絡があった。
修道僧たちへの救済措置として、新しい修道院の説明会を開くから来てほしいという。
会場は王都近郊にあるヴァルーシア社本部、その「松の間」であった。
説明会へ行くと、修道院の修道僧がほぼ全員集まっていた。
ミトやザウヤが、じろりとこちらを見る。
会場はざわついていた。
羊皮紙を準備する者、記録用の魔導具を準備する者までいる。
しばらくすると、トゥコ・リューが登壇した。
僧形にセルフレームの眼鏡をかけた、男だった。
会長を初めて間近でまじまじと見た。
ジルケに顔立ちがそっくりだ。
しかし、知的な、文筆家のような静謐な雰囲気がそこにはあった。
そして彼は話し始めた。
話し方も東方訛りも、ジルケに似ていた。
「諸君!
葬儀が来ない、修道僧が稼げないからといって、それがどうしたというのだ?
すべてが失われたわけではない――シャークヤの救世への不屈の意思、イグへの感謝の念、永遠に救世を誓うバイジャジャ・ヨグ=ル、我らは修行を耐え忍ぶ勇気があるのだ!
修道僧に、これ以外何が必要だというのか?
いかなる金、いかなる権力が人にあろうとも、その人が修道僧になれるわけではないのだ!
諸君らは一人、一人、導師として一年あたり百件以上の葬儀、二百件以上の法事をこなしてきた。
一人、一人が他宗の修道院の院主くらいの力量がある。
私はそう信じて疑わない」
皆、固唾を呑んで壇上に惹きつけられていた。
涙を流している者さえいた。
「我々は現在のシャークヤ修道院の体制を認めているわけではない。
ジルケは修道院での修行すらしていない。西国で経営学を学んだだけだ。
いったい何がわかる。
西方帝国の、肉食獣のような経営だ。
諸君、帝国がどういう国かわかるか?
差別に満ちた国だ。
その過去は我々東方の民の血に塗れている。
彼らはかつて独立戦争の時、幾多の東方民を殺し、資源を奪った。
疫病を利用し、部族同士を争わせ、そして生き残った者たちを虐殺した。
今なお、異国の英雄譚では、その時代が美化されて語られている。
私は、彼らのここらへんの反省のなさが、どうにもわからんね」
会長はここで一息ついて、卓上の水を飲んだ。
「このような覇道的な精神、覇道的な経営で、イグの、バイジャジャの尊さの何がわかるんだ。
君たちの代表は数字しか見えていない。
しかし、魔法の修行はそういうものではないだろう。
法事だけこなす修道僧を、ジルケが育てたのだ。
しかし、疫病によって法事が激減した今、修道院の経営は困難な状況にある。
それでも、ジルケは修道院の経営を退く気もないようだ。
修道院の修道僧の給金は手取り十万デナリを下回る。
彼女はそれでいいと思っているのだ。
しかし、それではとても食うことはできん……」
子どものいる修道僧が大きく頷いた。
会長本人も元々、修道僧だっただけはある。
我ら貧乏修道僧の心に、その言葉が毛穴から染み込むようだった。
「ジルケにも言ったが、聞く耳を持たん。
そこでだ。
我が社のほうで、新しい修道院を作ろうと思う。
法人格もある。
私が修行していたころ、師から譲り受けた修道院だ。
新しい修道院に移ってくれたら、葬儀や法事はヴァルーシア社から回す。
何の心配もなく、シャークヤ修道院を辞めて、新しい修道院へ来てほしい。
強要はせん。
ただ、新しい修道院でやっていきたい者は、今月末までにヴァルーシア社本部の事務方へ退職届を提出してほしい。
あとでジルケに、こちらから渡す」
会長の勇壮な台詞に、歓喜の声が湧いた。
フワルは手を打って喜んでいたし、クラウス・シェーファーは微笑を浮かべていた。
ザウヤは、
「会長ーっ!」
と、歓喜のあまり叫んでいる。
カトリが涙を流していた。
私は会長の演説中に現れ、今も五十センチほど前に浮かんでいる黒い煙に気を取られていた。
こいつは、出てくるタイミングがわからない。
他の人間には見えていないようだ。
黒い煙が集まったよう何かは、何かを呟いているようにも聞こえる。
しかし、周囲の喧騒のために聞き取れなかった。
いったい、何を言いたいのだ?
私が黒い何かに気を取られている間に、大盛況のうちに会長の演説会は終了した。
かくして、その週のうちに全員が退職届を書いた。
全員分の退職届を託されたクラウスが、ヴァルーシア社本部へ提出してきた。
フワルは、裏切り者が出ないように血判状を作ろうと言った。
しかし、クラウスはその心配はなかろうと言った。
皆の心にはすでに、光り輝き、荘厳された新しい修道院が建立されていたのだ。




