イマダ
疫病の流行は止まらず、葬儀がやたらと減り始めた。私は感染して入院した。運よく命は取り留めたものの、多数の人を感染させてしまった責で当局から監視されている。
毎日、報告書を保健所に提出しなくてはならない。
国立魔法感染症研究所から、このウィルスは闇で増殖することが発表された。感染者には日光浴が推奨され、かくいう私もベランダで日光浴しているうちに症状は消えた。
しかし、その風評被害というものの影響も甚大だ。
多種族霊園からの法要が極端に少なくなった。もちろん、葬儀や法事の時のレストランの仕出し弁当の売り上げが激減し、十分の一になった。
不可抗力とはいえ、他の僧侶からの視線が痛かった。
法事はほぼ途絶えたため、給金は正式入門のための最終試験を受けていた頃よりも下がった。ほぼ基本給だけとなり、月二十万デナリを下回る。諸々の控除を差し引けば、手取りは十五万デナリにも届かなかった。
そんな弱っている時に。捨身行を満行した。行は、ジルケの鶴の一声で『ネクロノミコン』の全段読誦となった。
お堂に籠り、三日三晩。
別に不可視の怪物に貪り食われることもなく、無事に行を終えた。
捨身行を終えて、シャークヤ修道院の教師となった私は葬儀を行う身となった。むろん、ヒスイ山やオーミー山の修道僧養成機関を経た修道僧からすれば、正式な魔法宗派僧侶でもない私が葬儀を行うのは問題がある。しかし、単立宗教法人の修道僧でよいかと、葬儀屋の営業が、新規のお客さんに確認を取った上なので、法的には何の問題もない。
ある日、火葬も無く、仕事がないので事務所で電話番をしていると。
葬儀に出てみないか。とミトから言われた。こちらの生活を助ける意図があったのかもしれない。なんと自分の葬儀を分けてくれたのだ。
私は、二つ返事で了承した。
――――――
ヴァルーシア社の営業担当が、修道僧控え室をノックする。
「先生、打ち合わせのほうをよろしくお願いします。」
「こちら、魔法名紙と魔法名解説文です。」
これは、筆を取って手書きで書かなければならない。何回か書き直したもので、1番出来のよかったものを渡す。下手な字のものを渡してしまったら、クレームのつく場合もあるのだ。担当はそれらにザッと目を通し、では五分後に、と言ってにこやかにドアをしめた。少し不安になる、ここ、ノイシュタット葬送会館の支配人は字にはうるさい人ではなかっただろうか?
きっちり五分後、コンコン、とノックがされて施主が入ってきた。年老いた奥さんと、まだ学生であろう息子さんが入ってきた。奥さんはどこか呆然とした表情をしていたが、鞄から紫色の布に包みを取り出した。中身はお布施の入った白い封筒である。
私は受け取った封筒を確認すると、確認させていただきます、と断りつつ、施主に椅子にかけるように促した。施主が椅子に座ったのを確認して、お布施の封筒を開封し、札束を取り出した。読経料が二日で二十万、魔法名料が信士で十万、お車代が日で1万、合計で三十二万デナリ。私はブルーの透けたゴムの指サックを着けた。札束を数える時は、片方の中指と薬指でお札を挟み、もう片方の指サックを着けた指ですばやくお札をめくっていく。めくられたお札は挟んだ方の親指で裏から押さえる。葬儀に入るようになると、一ヵ月で十法要以上もの葬儀に出動するので、すぐに札束を数えることに慣れ始める、荒廃した資本主義世界だ。
きっちり三十二万デナリ数えると、確認させていただきました、と喪主に丁重に頭を下げて、経本入れの中に仕舞った。たまにお布施が多かったり、少なかったりすると、葬儀屋に言ってそれを伝えなくてはいけない。担当にとっては気まずい瞬間であり、その時はなぜ確認しなかったのか、と怒られるのである。葬儀屋の子会社の坊主なんて、修道僧の格好はしているが、偉くはない。むしろ、葬儀屋の方が立場が上である。お金を払ってる修道院の運営の葬儀社のほうが偉いわけで、開祖シャークヤの教えというよりかは、宗教資本主義である。このお布施から修道僧の取り分は、お車代を除けば三パーセントであり、つまりは九千デナリである。残り九十七パーセントは修道院が徴収して、お花の発注や何やら、さまざまな形を通して葬儀社に還元されるのだ。お車代一万デナリは半分徴収される。なので、この場合、私の取り分は一万四千デナリである……。
その後、剃ってきた魔法名解説文を施主に渡す。
「フラター・グーターラー」
これが私の一晩かかって考えた、魔導車運転手、グー・サトーさんの戒名であった。
前星系の女神ターラーに因み、後は本人様の属名から頂いた。
魔法名の解説を終えて、合掌した。母親も合掌して応じたが、息子のほうは軽く会釈して、あとは壁の模様を眺めているようだった。それほど、父の死が彼にとっては重要なことではないような振る舞いだった。そんな息子をチラリと見て、母親はまた深々と一礼した。ここで、薄汚れた罪悪深重の修道僧もどきの、禿頭の営業マンの意識が頭をもたげた。修道院でやってる霊園です、と言って霊園パンフレットを置いた。当園の四季折々の自然の美しさをサラッと言ってそれでお仕舞いにした。御遺骨を収める必要性は葬儀社営業担当から説かれるはずなので、修道僧は好印象のみをなるべく与えるように振る舞う。がっついてはいけないのだ。施主にそれでは、私準備ありますので、と言って退席を促した。退席時にようやく息子さんは壁紙の模様の呪縛から解放され、深々とお辞儀をした。
すぐに担当が入ってきて、声は小さいがよく通る独特のトーンで、先生、本日はよろしくお願いします、と言った。打ち合わせを始める。
「前方便終わったら、読経に入るのでそこで、お焼香案内お願いいたします。」
「かしこまりました。先生、本日、通夜の会葬者は百五十名ほどです。未だ、入れますか?」
「未だ」の意味が分からず、「いまだ?イマダという人が入ってくるのか?なんだそいつは……」と思ったが、聞くと、会葬者が多い場合、締めの5分前に「未だご焼香されていないかたは、ご焼香ください」とアナウンスを入れる。修道僧はそれが終わるまでは、ナコト写本のハイパーボリア段なり骸骨礼文なりをゆっくり繰り返し、回向文に入らないのだ。
何でも、今回のグー・サトーさんは、武道の師範であり、門弟の会葬者が百人は参列するという。このような場合には、必ず「未だ」を入れますか?と葬儀社の担当者が聞いてくる。
「未だ入れてください」
と担当に言って、他の段取りの打ち合わせを終えた。時間を確認して、私はホールへ向かった。
下見で手書きで写した葬送儀礼魔導書と魔法杖、アコ文、そしてカスパーから貰った懐中時計を導師机に置く。アコ文は明日、告別式で使う。懐中時計はヴァルーシア社が時間にうるさいので編み出した、苦肉の策である。元々は火葬場の火葬時刻が決められているために、火葬場までのご遺体搬送、遺族の車行列など、魔導車の進み具合も加味して、担当と運転手が打ち合わせをして、式開始時刻や読経の時間を決めるのであるが、なぜかヴァルーシア社にはきっかり40分という暗黙のルールがある。そのための懐中時計であった。聖水器に水が入っているのを確認し、太く長い線香に灯明から火をつけて、可能な限りまっすぐに、香炉灰へ深々と挿した。
そそくさと簡易魔法衣のままトイレに行き、小便を済ます。正式魔法衣だったら許されないが、道服だったらトイレに行くのもよい気がする。白衣のみで行くのがされるが、ホールで施主さんが霊体と勘違いして腰を抜かした事件があり、簡易魔法衣で行くようになった。修道僧控え室に戻り、正式な魔法衣に着替えて持つ。
ノックが二回、コンコンと扉を叩いた。
…通夜の開始時刻となった。




