感染
休日。
私は、仄暗い意識の底で、まどろんでいた。
魔導鉄道の、規則的なガタンゴトンという音が心地よい。
意識は、夢の世界へと滑り出していった。
妙な白い部屋..
部屋一面が白い光に満たされていた。そこには寝台に横たわるとんでもなく太った女。口が五つもあり、鼻からは太い触手が伸びている。体のあちこちから無数の触手が生えており、どれが手足かわからない。
死因は不明だった。食べ過ぎかもしれない。
火葬用の魔導器具か規則正しく並ぶ。部屋の奥には、火葬炉の魔力タンクが赤く光っていた。ルーシュを充填したばかりだ。
他のもの法事で出払っており、1人でお見送り式と、火葬を担当していた。葬送儀礼などいらないという種族もいる。
ふいに火葬炉が内側から激しく叩かれる。驚いて観察窓を見ると、中で太った女が触手で炉内を叩いて暴れていた。目が合うと女は五つの口で同時に笑った。
直後、夢が途切れた。
私はまた、眠りの底へと突き落とされていった。
次に目が覚めたときには、どこか見慣れた風景が目の前にあった。
いつも、買い物をしている場所だ。
間違えようがなかった。
霊園の近くの商会である。
いつのまにここまで歩いてきたのか。
頭が痛い。喉も痛い。息がしづらかった。
痰が喉に絡み、私は大きく咳をした。
年老いた警備兵が心配そうに自分の顔を眺めているのに気づいた。
防災用の詰所まで肩を貸してもらい、しばらく眠った後、気分はだいぶ晴れていた。
むしろ、爽快なくらいだった。
頭の中からはすっかり、太った女の記憶が消えていた。
王都の西区からならば、住んでいるアパートまで、そう遠くはない。
そう思い、私は魔導鉄道に乗り込んだ。
夕方の、仕事帰りの人々で混雑する時間帯だった。
運よく座れたことを、私は喜んだ。咳は止まらなかった。
翌朝。
部屋で目が覚めた私は、習慣化された行動をいつも通りに行った。
すなわち、卵数個を鍋に放り込み、冷やしてあった乳製品を取り出す。
そして、頭が痛いのを我慢して、壁掛けの魔導映写機の電源を入れる。息がしづらかった。
どの放送局も、王都の至るところで、急性の感染症発作で倒れた人々のことを報道していた。
何か大変なことが起こっていた。
朝、駅のホームから倒れ落ち、鉄道に轢かれた者が続出したせいで、王都を走る鉄道は全線停止していた。
ドアの呼び鈴が鳴って、我に返った。
ドアへ向かい、覗き窓から外を確認する。
数人の男たちが見えた。
全員、マスクと防護魔法服をつけていた。
混乱した。
ドアが乱暴に叩かれる。
「王国警備隊です。エリアスさん、いらっしゃいますか?」
思わずドアから後ずさった。
警備兵たちは合鍵で強引に鍵を開けると、部屋へ突入した。
暴れる私を、防護魔法服をつけた隊員たちは取り押さえた。
「確保!」
兵の一人が、ドアの外へ怒鳴った。
別の兵が、言った。
「エリアスさん。これは逮捕ではなく、保護です。あなたに、非常に危険な疫病の感染源である疑いがあります」
私は茫然と、防護マスクの透明な面越しに見える険しい男の顔を見ていた。
その途端に思い出した。あの太った女を。
―――――
「奇妙なことに、疫病の感染が直接原因の死者はゼロだ。しかし、ホームから転落したもの、車の中で発作によって起こった事故によって、王都内で現在確認される限り、死者は135名出ている。これは、今後増加すると思われる。感染には時間差がある。それが、感染者の増加に拍車をかけている。時間差は、10時間ほどだと思われる。」
国立魔法感染症研究所の研究者たちは、焦った表情をそれぞれ浮かべていた。
「現在、エリアス・ヴァルトナーは、国立魔法感染症研究所の隔離病棟において保護されている。彼の体から採取されたウィルスは、過去のいかなるものとも違うものだ・・。」
担当魔法医は、咳払いをした。コップの水で軽く口を湿らすと、話し始めた。
「目下、王都での感染者から採取されたウィルスは、過去のいかなる菌、ウィルス、魔導ウィルスとも違うものです。ウィルスは細胞内に侵入した際に、体内の受容体に『鍵』を使いうまく結合するのですが…身体形成識情報にアクセスした後、それを書き換えるのではなく、 識情報のはるか古層にアクセスしています。いわゆる、 ジャンク情報と言われる部分です。」
「そして、おかしなことに免疫番犬がまったく作動しない。免疫番犬も受容体も、身体形成識情報もそのウィルスをあたかも自ら受け入れるように感染しています。しかし、 感染と言っていいものか・・免疫番犬もあたかも眠ってしまったかのようです。」
「普通、ウィルスは結晶に近い、幾何学的な配列をしていますが、恐るべきことにこのウィルスは触手を持った流動体です。それが、こちらになります。」
スクリーンに映し出されたウィルスの姿を見て、研究者たちはどよめきの声をあげた。スクリーンには三本足の触手の塊のようなものが映し出されていた。そして、ぞっとすることに、おぞましい数の触手が一本一本がうねり、先端の人の手指のような部分を伴っていた。しかも指を組み印のようなものを結びながら、のたうっている。人の頭に該当する部分には円錐形の頭部が収まり、まるで、創造神の、悪意あるユーモア感じさせるものだった。
と、異様な音に彼らは気づき、ふり返った。同僚が嘔吐していた。彼の医学的見地は溶けてしまい、あとには、奇怪な、無秩序に空間を乱打する触手だけが残っていた。むき出しの触手の塊に無理やりにくっつけた、ぞっとするほど無機質な円錐形が。ハンカチで口元をおさえながら、 立ち上がったその研究者はスクリーンを指し示してこう言った。
「見てみろ、口があるぞ!」
そして、研究者や有識者、各々が悲鳴を漏らした。スクリーンに映し出された数えきれない円錐形の頭部一つ一つに亀裂が走り、穴が空いた。今や、千の触手を持った円錐形は今やスクリーン越しに、研究者たちに向けて凄まじい咆哮をあげ始めたのだった。




