闇のカラクリ
夏が始まり、祖霊祭の季節がやってきた。
経が終わると、私は後ろにいる男に向きなおり、座礼をした。男は、実家の墓のある修道院が王都でも名の知れた修道院だ、などと世間話をしながら、冷えた茶を私に薦めた。
暑い夏だった。
祖霊祭の棚経だが、魔導空調の壊れたアパートで法事をしていたら、体温が上昇した。我々は半分爬虫類なので体温調節が苦手である。
魔導細工箱を取り出して、調節する。この世界の魔導具の基本は箱細工である。なかには『凍てつく灰色の焔』が灯されていて、その途端、部屋が涼しくなった。夏の始めにガオとクラウスが氷の笛を吹き鳴らして、冷たき炎を箱に閉じ込めて保存していた。
もっとも、このアフーム・ザーなる神は、遙かなる太古、前星系において、我々人類の以前にイグに仕えた御同胞を氷漬けにして滅ぼした、とイグの託宣において述べ伝えられているために、注意が必要だ。
恐ろしく乱雑な部屋だった。それでも祭壇には、果物に割り箸が刺され、四つ足になったものが飾られている。この四つ足の果物が死者の魂を乗せて運ぶのだ。
神像の前には、棒が両脇に立てられていた。その上には縄が張られ、紅い果実が並べて吊るされている。
これら供養の作法は一万年以上前の前星系から伝わっているものだ。むろん、全てが同じとは言えないが…
この紅い果実が、ご先祖様にとっての松明の役割を果たす。魔法用語では松明はアコと言われる。
飛行船の誘導灯のようなものだ。
浄土からやって来たご先祖様は、松明を目印にして、この世へと降りてくるのである。
私は、カスパーの懐中時計を見て慌てた。
流行り病を懸念してのキャンセルもちらほらあり、一日に十件もいかない祖霊祭あった。それでも、棚経が初めての私にとっては、恐ろしいほどの忙しさだった。
急いで灼熱の家を辞し、次の檀家の家へ向かう。
慣れない道に迷い、裏道へ入った。
信じられないほど急な坂を下り、近道をしたつもりだったが、次の檀家の家に着いたのは三十分遅れだった。
檀家は蛇人であった。血が濃いのだろう、舌の先が別れていて、かなり強い蛇人訛りだ。
気のせいか、檀家の反応が冷淡だった。それに、家の中に鋭角の家具やオブジェが多いせいか、殺伐としている。
急いで魔法服に着替え、袈裟を纏う。
後から先輩に聞いた話では、棚経では簡易法衣と折り畳みの魔法袈裟でよいらしい。
折袈裟とは、輪袈裟を豪華にしたような、首から掛ける袈裟である。
そんなことも知らなかった私は、檀家の家に着くたびに、いちいち着替えていたのであった。
取り急ぎご祖霊を鎮める経を読んだ私は、骸骨礼文を読み、回向で締める。
信徒に深々と礼をした私は、祭壇の脇に置かれた故人とは別の、骨壷を見つけた。
六寸ほどの白い骨壷で、六角形の骨壷覆いには見覚えがあった。
フェアリー多種族霊園で使われていたものだった。
私は冷ややかな雰囲気を和ませようとして、言った。
「ご家族の御遺骨ですか?」
檀家の家族は、少し固まった。
そして施主が、乾いた声で言った。
「ペットの犬の骨です…ティンダロス種の」
取り返しのつかない失礼をしてしまった私は、ほうほうの体で施主宅を退散した。
ティンダロス種の犬は知的生命体でもある。フェアリー多種族霊園で火葬していてもおかしくはない。どうりで部屋に鋭角のオブジェが多いわけである。
修道院に帰って、ヤキモキしていたが、何も言われなかった。幸いなことに、苦情は出なかったようだ。
ふと、ガラス張りの応接室を見ると、トゥコ・リューとクラウス、ミト、フーテイ、トーゴら執行部が、何か紙の資料を広げながら話し合っている。
トゥコ会長は上層の存在過ぎて、挨拶すらしたことがない。
そこへフワルがやって来た。
「そういえば、ジルケ代表って最近見た?」
「いや、見てないですね。また異国じゃないですか?」
そう答えてから、私はガラス張りの部屋を指した。
「何かあったんですか?」
「おまえとフツの本山研修と、捨身業のことを話してるんだよ」
「捨身業? お堂に三日三晩籠って『ネクロミノコン』を全段読むって、あれですか?」
フワルは顔をしかめた。
「『ネクロノミコン』の読誦か、オーミー山で奥駆けかで揉めてるよ。ブルーノが誰か新人を山によこせと言っているんだ」
フワルが首を振りながら去った後、私はあることを試すことにした。
八つの呪印を結び自らを結界術で二次元化する。そうして光の反射を無にした私は影となり、蛇のようにのたくりながら、意味をなさないドアを難なく超えて応接室に侵入した。数時間をかけてだが。外の世界で時間は経っていない。
蛇のように伏せるのは上下の時間循環を速めて、とりあえず動けるようにである。でないと、体感時間にして数十倍の脳内データ処理量となる。
会議中の執行部修道僧の影と同化しつつ、ルーシュ…魔力の糸を床すれすれに飛ばして音の振動を拾う。
議題の捨身業については揉めに揉めたが、ジルケの判断を待つこととなった。
不可視の怪物に貪り食われなければ、だいじょうぶだろう。
問題はこの後だった。疫病により寺の収入が減少しているとの報告。対策として、お供えの花束セットの回収と再加工して商品とする使い回しが提唱されていた。
セコい…が、それだけならまだいい。
その後、黒鷲組へのみかじめ料支払いや、王国議会議員への政治献金のための裏金作りについての話しが出た。
一般公開の魔法講座において、別払いの魔法名授与料を利用したカラクリだ。
入信した信徒は皆、イグの祝福のもとに魔法名が授けられる。魔法名にはランクがあり、最上位の魔法名の場合50万デナリ。中級が30万デナリ。ノーマルが10万デナリなのだが。
最上位と中級の魔法名を他の魔法教会での授与として、帳簿には記載しない。それでいて実際には、こちらで作成した魔法名を授与し、信徒からはきっちりと授与料をいただく。
こうすれば帳簿には記載されていない自由な金ができる。この裏金を表に出せない反社会的勢力へのみかじめ料や王都議員への政治献金に充てるのだ。もちろん、当局から怪しまれないようにノーマル魔法名収益はちゃんと帳簿につける。
このような黒いカラクリが話し合われていた。私は、聖なる魔法教会の汚濁を知り、失望から影の中で身体をくねらせた。
王都の企業ともなれば、献金やみかじめ料が必要なことはわかる。しかし…
この時からだろうか、この修道院の暗部に対する不満ができたのは。
私の心の奥底で、また、ヴァルトハーフェン天空港の時に見ていた、あまりにも澄んだ青い空の彼方へ飛んで行きたい欲望がざわつき始めた。




