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陰謀論

 主幹のミトが休みの日で、通夜葬儀も入ってなかった日。井戸端会議か、本を読んでる僧侶ばかりいる日だった。因みに、この蜘蛛人はガオを西の方言で兄さん、と呼ぶ。兄弟子だかららしい。私は、前々からフツに聞いてみたかったことを、質問することにした。


「ジャンブドヴィーパ王国解放第二期工作要綱」というものがある。東方連邦の共産党から漏洩したと言われる書である。陰謀論による偽書とされるが、私はこのようなものが好きで、兄弟子のガオと無駄話に興じていたフツに見せたのだった。


 内容を紐解いてみれば、東方プールヴァ連邦共産党の計画書のようなものだ。


『基本戦略として、「ジャンブドヴィーパ王国が現在保有している国力の全てを、我が党の支配下に置き、我が党の世界解放戦に奉仕せしめることにある」と書かれている。このほかジャンブドヴィーパ王国のマスコミ、政党、政治家、団体、在東方連邦系の移民に至るまでの工作手段が記されている、とされる。


 さらに、工作の初期においては、まずは「群衆掌握の心理戦」が実行されるとしている。文化事業を通じて東方連邦への警戒心を無意識のうちに捨て去らせることが重要であり、そのことが「ジャンブドヴィーパ王国解放工作」の温床となり、「一部のジャンブドヴィーパ王国反動極右分子」を孤立させることに有効とされる……』


『工作員は二千人で、学界、広告業界、実業界に送り込むと記されている。スポーツや文化交流を通じて東方連邦は「ジャンブドヴィーパ王国文化の来源」で、「文を重んじ、平和を愛する民族の国」とした印象・イメージをジャンブドヴィーパ王国人に与えながら、東方連邦語教師として工作員を送り込み、マスコミ工作を行うとともに、議員訪東方連邦団を招聘することなどによってジャンブドヴィーパ王国に民主連合政府を樹立させるとしている。さらに、性的な興奮を刺激する劇、映像、歌曲などを利用することが好ましいとし、逆に好ましくないものとして、戦術指南書、歴史もの、あるいは南方の郷土愛や民族愛を喚起するものを挙げ、前者を多く、後者を少なく取り上げるよう誘導すると記されている。』


 それらが記載された書物を見せたが、読んでいる途中からフツは笑い出してしまった。


「群衆掌握の心理戦て、これはほぼ失敗してるね。高原地域と南方にも侵攻してるし、警戒心はより激しくなってるやろ」


「それに、どちらかというと、南国の享楽的な習慣に東方連邦の男性は性的な興奮を刺激されてる。」


 混血をしたがる深きものどもの影響で、南方では自由で奔放な男女関係が一般的なものになり、東方連邦に逆輸入されているのが現状だ。東方連邦では婚姻を一族単位で考える。工作はものの見事に失敗しているようにも見える。それて、この文書が偽書だからか、詰めが甘いように思える。


「油断したらあかんねんけどな」


 それまで黙って聞いていたガオが、唸った。


 新型感染症の影響は甚大だ。ジャンブドヴィーパ王国で予定されていた大規模な国際競技大会は失敗した。これは、東方連邦が世界に仕掛けた見えない戦争と噂されている。


「ジャンブドヴィーパ王国解放第二期工作要綱」は進化した。ウィルス兵器も造れる魔導テクノロジー、統一通貨、南方や西方の過激派グループへの軍事的応援。東方連邦は、魔法技術を静かに蓄積してきたのだ。


 対してジャンブドヴィーパ王国は、新型感染症による国際競技大会の失敗、経済損失、相次ぐ大地震により、弱体化している。怪我した獲物が弱るのを待つ人喰い虎のように、東方連邦はその機会を待っているのだ。全てがゾゥタクトウァの計りごとだとしたら恐ろしい。


 ガオは言った。


「我々のすべきことは、東方連邦の侵略を予見することであり、侵略に備えることです。東方連邦共産党の侵略は、ある時に必ずあります。東は虎視眈々とその時期を待ち構えている。老獪な人喰い虎みたいに。それは、西方との摩擦に合わせてかもしれないし、大地震に合わせて、かもしれない、時が来たら侵略は行われます。まずは、東と南を統一しようとする。その時、西方帝国は黙ってない。そのドンパチに巻き込まれてたら、えらいことです。これはカルマ、過去に侵略した国は侵略されるというカルマなんです。」


 過去に蛇人の原型である巨竜種から、ヴーアミ人への侵略があったというのは事実だ。だが、数万年も昔の話である。しかし、侵略、捕食されていたほうは忘れていないのだ。現在、蛇人王国への監視のための他国の情報収集局が王国領内や周辺の島々にある。


「弾圧された時のために、お経のデータベースを暗号化して、隠しておかなければ。そもそも『蓮華の書』は、我々蛇人が弾圧された時の為のお経さんなんやで」


 それは初耳だった。しかしガオによれば、迫害に負けない精神、悪人や女性にまで魔法の伝達を許すこと、ダミー教義の設定許可や、千手ニャルに見るありとあらゆる姿に変化しながらの布教など、他宗派に弾圧された時の対処法を説いているという。


 シャークヤが崇拝のための偶像やシンボルについて作るなかれ、と説いたのも他種族による弾圧の目印になることによるのではないか?『蓮華の書』の他の経典と特別に違うところは、その弾圧への予見と対策の深みにあると思う。


 魔導聖人ニルヴァンはシャークヤ教が弾圧や嘲笑の対象になった時に、信徒が持つべき態度を『蓮華の書』に見いだしている。経典の学習者のみがその真意を理解する、一種の暗号と言ってもよい。シャークヤ教は地を這う階級下位、スネに傷を持つものや、下級労働者階層や、女性や異種族にすら布教していく。


 正面きって戦うという意見もあるかもしれない。しかし、東方連邦のような高度な魔法技術を持つ大国の前では、確実に負ける。


 なので、シャークヤ教徒としては、大本営を構えて正面から戦闘するというよりも、逃走しつつ布教するというものになる。


 実際に、そうしてクン=ヤンから這い出た我々の始祖は、チィトカァ人やヴーアミ人から逃れつつ布教していった。蛇の道である。


 戦略としては遊撃戦的なものになる。我々は辺境に退却し、辺境から布教するのだ。そして、隠れて信仰するというスタイルが必要となる。


 神像は、弾圧する政府や、異教徒の格好の標的になってきた。例えば、連邦政府によるイグやクリシュトゥルフ神像の没収や違法売買、東方の過激派による盗掘や他の神々の神像爆破など後を絶たない。


 見るとフツは、珍しく険しい顔をしていた。


「東方連邦はジャンブドヴィーパ王国に対して数万年年前の怨みを晴らすという大義名分がある。全く怨みのない高原地域の蜘蛛人でさえ、あのような目に会うんやで。蛇人の王国なんてどれだけの目に遭うか……高原に住んどった親戚の寺はな、連邦軍に殺された。殺される前に兵士にな、何か言いたいことあるか、て聞かれて、彼はイグへの祈りを唱えさせて、て言った。唱え終わって、頷いた途端に首を落とされた。」


 フツの赤い目に涙が光っている。


 ガオは、ため息をついた。


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