輝くトラペゾヘドロン
フツは、見た目だけなら人とほとんど変わらないが、チィトカァ人だ。
我々はベースが三脳生物種なので、見た目はそこそこ共通しているのだ。
人類は数万年前にイグが飛来した後、巨竜族の暴走、小型の蛇人は中央大陸のメール山脈のンゴスの穴から出たが、そのまま山岳地帯へ定住はしなかった。
アトラクナチャータの末裔である山岳民族チィトカァ人がすでに住んでいたからである。メール山脈からヒスイ山、オーミー山脈にかけてである。一万メートル級の山脈で暮らすには、蜘蛛の能力が不可欠なのだ。彼らは強靭な魔力糸を対象の岩場へ発射し、まるで飛ぶように山々を渡る。チィトカァ人は魔力糸を物質化できるのだ。その山岳民族の古い血統を、フツは受け継いでいる。
山岳に住めない大部分の蛇人部族は東の大陸へ移動した。しかし東には既に、無形の落とし子の末裔であるヴーアミ人と、彼らに使役されるショゴスたちが定住していた。そこでは深刻な衝突と民族間の摩擦があった。
しかし、大陸西部は一万メートル以上の山々が連なるメール山脈を越えるものが誰もいなかったために発見は後世になった。東の陸の果てからさらに船を使い赤道を一周して西方大陸にたどり着いた移民たちが、西方帝国の先祖である。西方大陸はあまりに巨大な大陸の西方にあるという意味で、違う大陸があるわけではない。
西方へ向かわなかった蛇人種の一部は大陸南方の海岸を伝って進み、やがて海辺に住み着いたものたちが、海を超えて南方の巨大な逆三角形の島、ジャンブドヴィーパ島を筆頭とする南方列島へ渡った。彼らが、王国の礎となった。
南方ではクリシュトゥルフ崇拝が優勢だ。海洋教会が既に沿岸部にあったが、ここでは衝突はあまり起きなかった。「深きものども」は基本的には海中に住むからである。深きものどもとの友好の歴史が現在の王国の基礎を築いた。さらに南方の諸島に渡った者たちも、そこから独自の血統へ分岐した。
そして興味深いことに、その民族移動の道に沿って、シャークヤの教えを信奉する者が多い。「蛇の道」がそのまま蛇人文化の伝播となったのだ。
いつのまにか、私はそんな説をフツに語っていた。
フツは黙って聞いていたかと思うと、
「そんなん、おれも思いついてたわ」
と、一笑に付した。
「それより、早く代表がこっち来る前に、仕事片付けるで」
そう言って、ジルケ・リューの予定を気にしている。
マウントを取りたがる代表を苦手とすることは、蛇人もチィトカァ人も同じらしい。
私は、カスパーに貰った懐中時計を取り出し、時間を確認した。代表が来るまではまだ時間がある。
「ごっつい時計もっとるな」
フツは笑った。
「ええやろ、太陽魔力充電やねん」
私も西の訛りを真似て返した。
クトゥグアグニの魔法に関してはフーテイにいろいろ教えたとも言われる実力者だったが、修羅場を潜ってきたこともあり、目から鼻に抜けるようなところがあった。
どこか中世的な夢を見がちな、または理屈の多い東方の修道僧よりも、遥かに現実的なところがある。
その賢さで、かつて働いていた東方の密教修道院では、前修道院長に可愛がられていた。
しかし、後を継いだ現修道院長とは、うまくいかなかったらしい。
原因となったのは、その修道院の合祀墓の奥の部屋だった。
ある日、フツがそこで蓋のついた大きな箱を見つけた。
蓋を開けると、箱の中にはライトが灯っていた。
見ると、さらに妙な箱が入っていた。
箱の中の箱。
小さな細工箱だった。
奇妙な緋色の宝石が糸で吊り下げられていた。
それを発見して、修道院長に報告したとたん、極めてやっかいな事態になった。
それは、見つけてはいけない物だったのだ。
「そういや、その箱って、何かわかったの?」
「わし、聞いたんや」
フツは淡々と言った。
その宝石が何なのかと聞いても、修道院長は答えなかった。
さらには、何箱もの自分の資料や勤怠記録を、お焚き上げ用の焼却炉で燃やすことを強制された。
その件以来、修道院長のフツへの態度は悪くなった。
反論すると解雇すると脅された。
ある日、自分の机に盗聴のための魔導箱が仕掛けられていることに気づいた。
さらに、何者かが自分を尾行していることにも気づいた。
フツは、その時点で修道院を自主退職した。
「秘密警察みたいやわ。金やお宝が絡むとおかしくなる。東方の修道院長って、宗教者やなくて宗教経営者とちゃうか?」
「そうだね。それにしても、その宝石箱って何だったの?修道院は宗教施設なんだから、宗門に関係ある美術品を隠す必要もないだろうに。やばい物?」
「輝くトラペゾヘドロン」
「まさか」
前星系文明からのオーパーツである。
千手ニャル神の化身の一柱である「さまよう者」を召喚できるとされる前星系にあった宝石だ。
「西方教会の一宗派に、星の智慧派てあってな。アミトースでなくニャルラトホテプがご本尊で…」
西方教会は千手ニャル神のことを、そのように呼ぶ。より起源の古い言い方らしい。
フツはその宝石箱を手土産に、西方に亡命したのだという。星の智慧派がそれを欲しがった。彼らの態度は異常なものだった。亡命にあたり高速魔導船まで派遣したのだ。
亡命から数年後、トゥコ・リューが西方教会から宝石箱を、調査を名目に借り受けた。
莫大な額だと言う。今回、フツが来寺し、宝石の管理状態を調査し、西方教会の本山に連絡するということらしい。
フツがヴァルトハーフェン天空港に到着した時、トゥコ・リューが直々に迎えに来た。数十人の黒鷲組の黒服護衛が周りを取り囲んだという。
私は内心の驚きを表情に出さないように抑え込んだ。リュー家と黒鷲組には、やはりつながりがあったのだ。
「まさか、ヤクザもんが坊さんの護衛なんてな…」
苦々しい表情で話しながら、フツは塔婆の表裏を確認しつつ、一本ずつ塔婆立てに差し込んでいく。
若干急いでいるのは、フェアリー合祀墓前を横切ろうとして、ジルケにどやされたからだろう。
ここでは、フェアリー合祀墓の前では必ず礼をし、土を踏まずに煉瓦の上を歩く、という妙なルールがある。
馬鹿らしい。
古い墓がある千手堂の前など、ジルケもペット事務員も素通りしている。
なぜ、多種族合祀墓だけが過剰に丁寧に扱われるのか。
政治的配慮なのか。
修道院より、フェアリー多種族霊園のほうに力を入れている。
何せ、ジルケが自分自身の発想で立ち上げた、初めての事業なのだから。
フツが最後の塔婆を差し込んだ。
私は周囲を見回した。
安らぎの林は、夏の日差しを浴びていた。
蝉の声が遠くから聞こえている。
そのときだった。
「代表、今から来られまーす!」
ヤーカが、霊園の受付からこちらへ叫んだ。
フツと私は、そそくさと台車を片付けた。
視線をやると、ヤーカがまだこちらを見ている。
彼女は口を開いた。
「エル先生、代表がそこで待っててください、とのことです。お話しがあるそうです」
フツが私を見た。
そして、にやりと笑った。
「ほな、頑張ってな」
そう言うと、フツは一人で修道院の事務所へ戻っていった。




