海洋教会
深きものどもは本来、海洋教会に所属していて、シャークヤ教会に関わることは、ない。
あの施主の女は訳ありなのかもしれない。
海洋教会。
正式名称は、ルルイエ海洋教会。
深きものの
深きもののための
深きものによる教会、である。
その全貌は幾重ものヴェールに覆われており。
他種族にとっては完全なる秘教である。
ルルイエの館にて死せるクリシュトルフ
夢見るままに待ちいたり
五十六億七千万年後。
死すら死ぬ、その永劫の果てに、クリシュトルフの復活と。
復活したかの神と全宇宙の衆生済度を成す、という予言に基づく、海洋教会の教義である。
深きものの僧侶は、その予言に基づき脱水する。
彼らはまず骨を捨て軟体動物化する。
次に、自らの身体の水分を抜いてしまう。
脱水した彼らの身体は薄い皮袋のようになり、畳めたり、巻き物のように巻き取ることができる。
ルルイエにはその巻き物の収蔵庫である一切経蔵があると聞く。
いわゆるミイラ化だが、実際に彼らは水に浸すと復活するのだ。
こうして即身仏のようになるのは、教団でも高位の者たちと、力ある行者だけだ。
軟体化できるレベルの、深きものでないと脱水は難しい。
下位のもの達は、混血なのでルルイエへの欲求はそれほど高くはない。
価値観の多様化もあり、王都など種族の坩堝に住むものは、完全に現代人の意識だ。
しかし、周期的にクリシュトルフの夢見の力が強まる時に、おかしくなり、先祖返りする者はたまにいる。
修道院に戻ると、ヴァルーシア社に報告書を書かなくてはいけない。墓の購入時期、納骨時期未定と報告書に打ち込んでいくと、横で魚介弁を食べていたカトリが、覗きこんできた。
「どう? エル先生。お墓買いそう?」
そう言って、笑う。
深きものどもが、地上に墓など買うわけない。海洋散骨して終わりだ。だから、あの水商売の施主はバカにしたような表情を浮かべたのだ。
海浜霊園というものがあるには、ある。深きものと、その地上の縁者をつなぐメモリアル・パークのようなものだ。
だが、海洋教会の運営以外だと、墓は売れないのだ。蛇人が金目当てで運営していると見透かされ、バカにされているのが実態だ。
カトリはジルケ・リューに呼ばれて来ているようだ。
たまに、脈絡なくジルケから修道僧ごとに指導があることがある。
その場合は、私が面接を受けた硝子張りの部屋か、もしくは宮殿のようだと陰で呼ばれている代表室へ参るのだ。
カトリは、呼ばれるのがよほど嫌らしく、
「オレ、あの人に見つめられるとメドゥーサに見つめられたみたいに、足から石化するんだよね」
なんて周りの修道僧に言って、笑わせている。
確かに、メドゥーサも蛇神の一柱である。
周囲を笑わせているカトリを見て、ふとカスパーを思い出した。
現在、ジルケから身を隠している彼からは
「面倒臭いことになるから、言うな」
と、釘を刺されてしまっている。
なので、ジルケは、私がカスパーと知り合いということを知らない。
魚介弁を食い終えたのか、ジルケに呼ばれてカトリは代表室に消えていった。
私は報告書をミトに提出すると、新人のフツと示し合わせて、三尺の塔婆をフェアリーペット霊園の合祀墓前に、ズラリと並べなくてはならない。
ジルケが脈絡のない説教をしている隙に、並べるのだ。
塔婆を差し込む枠は、石材部がセッティングしてくれた。
三尺塔婆はイッシュが魔法名や発菩提心の字を筆耕していく。
イッシュは修道院でも随一の達筆で、天井から筆を吊るして練習をしていたりする。
三日前にジルケに硝子張りの部屋へ呼ばれ、やり直しを命じられたイッシュは、怒っていた。
私は、温厚な彼が頭から湯気をたてているのを初めて見た。
ミトが一連の出来事を見ながら言うには、異国から戻ってきたジルケに、イッシュの字の繊細さがわかるはずもなく、もっと濃く書け、との理由で全て書き直しになったのではないか、とのことだった。
ミトの指示で、修道院に東方の山岳聖域から来たばかりのフツと共に、塔婆を持ってフェアリー多種族霊園へ向かう。
幸い、フツは訛りはあるがこちらの言葉に問題はない。
西訛りの山岳民、ただし国籍は東方連邦という妙なキャラを確立させていた。
三尺塔婆を台車に乗せて、安らぎの林の遊歩道をフツと歩く。
遊歩道は昨日降った雨が、照りつける日差しで草いきれの匂いがムッとむせかえっている。
フツは藪蚊が苦手なようで、刺されると舌打ちをする。
しかし、直に張り手で藪蚊を潰すのは避けているようだった。
聞けば、殺生は避けたい、とのことだった。
私は、刺されるのが嫌だし、疫病などの心配もあったので、携帯用の蚊避けの薬香をつけていた。




