試験
結界術の試験は香炉を結界で覆うことだった。
これが成功すれば、香炉が2次元化されて認識されなくなるばかりか、香りが遮断される。
私は八つの印形を結び、弾指して呪文を唱えた。
まずはアトラクナチャータ呪を唱え、ルーシュの糸を自らの指先に貼り付けておく。
これが、戻す時の糸口となる。
それから、結界を張る。
頭が軽く締め付けられるような感覚と共に、奇妙なうねりが心内に起こった。香りが、消えた。同時に、物の高さも。
立方体は六角形になり、螺旋は蛇行となる。
これにより香炉と香の煙は二次元の厚みゼロの膜の連続体となり、その中でのみ時間が流れ、三次元からは消失する。
奇妙なことに香炉の映像のみが映写機のようにテーブルの上にへばりついて、先ほどまでの存在を主張していた。
表面から断面へ、断面から表面へ、角度を変えて刻々と変化していく。完全に結界内で時間が循環しているのだった。時間があるところまで来たら、また巻き戻る。
最後に、二次元の膜に光を反射しない性質を加える。誰も断面など見たくはないからだ。
とくに、死体の断面など。
二次元膜の反射光を遮断することにより、映像は影となる。
こうして、香炉と煙の影のみが、全く目立たずにテーブル在った。
クラウスが頷く。
次に、弾指して指先から伸びているルーシュの糸を振動させる。
時間のループしている二次元物体に、糸を通して三次元振動させることにより、三次元とリンクさせるのだ。
この状態で結界を解けば、元に戻る。
クラウスは眼を開けた。
フーテイは、深く頷きカイシャクをカンッと鳴らす。
試験は、合格だった。
一ヶ月後。私は法事に出仕していた。
施主様のご自宅。
老いた男は魔導式の生命維持装置につながれていた。
おそらく、呼吸を補助するためなのだろう。酸素を送り込む管のほかにも、薬液を送り込むための管などがいくつも身体に通されている。
それでも老人は起き上がっていた。
むしろ、そんな状態で起き上がっていること自体が不思議だった。
老人はこちらに向き直り、一礼をした。
横では中年の夫婦が座布団の用意をしており、けっして広くない部屋の、台所につながるスペースを子供たちが占拠して遊んでいる。
中年の夫婦と、私だけが顔を覆っていた。
「それでは、着替えさせて頂きます」
私は施主であろう中年の夫婦と、生命維持装置につながれた老人に礼をして、着替えのスペースを借りた。
移動用の簡易法衣を脱いで、正式な魔法衣を装束鞄から取り出して手早く着る。
さらには鞄の奥から魔導書を取り出した。
まだ真新しい魔道書を見るたびに少し恥ずかしい気持ちになり、使い込まれた先輩修道僧の、ボロボロの魔導書を見ると敬意と羨望の気持ちが湧いてくるのだ。
魔導書、続けてベル、銀の鍵、30センチほどの杖を鞄から出す。
魔法袈裟を素早く纏う。
携帯用の焼香炉をお盆に乗せて、
「失礼します」
と、ルーシュを腹のチャクラに集中させる。
「フングルイ ムグルウナフ クトゥグア フォマルハウト ンガー・グア ナフルタグン イア! クトゥグア!」
腹から指先への経絡に沿って燃えるような魔力が流れると同時に振動させ弾指する。
指先から火花が飛び散り、香炭に火がついた。
炭の片隅が赤く輝くのを確認し、私は施主に法要を開始する旨を伝えた。




