影の次元
伝授では、クラウスが実際に結界術を行い、私がそれを見て真似をする。
その横でフーテイが印と呪文を確認する。
結界術。
そして、この術は我々、蛇人にしか使えない。
魔力を発して周囲を覆い、自らの身体を結界内の亜空間に置く秘術である。これにより、蛇人は影の次元に身を置くことができる。
高度な言い方をすれば、私をスライスした二次元物体の連続性に、時間のベクトルが移行するのだ。
二次元物体の厚みを測れば零だが、非可算個の零集合の和は、積分で扱うと零とならない。
三次元世界の生物からは見えなくなるだけでなく、こちらの三次元空間では時間が経たない。
結界内のものは時が止まるのだ。
この魔法により、我々はミィ=ゴの次元操作符による攻撃を防いだのだ。
しかし、影の次元から戻って来れない蛇人があまりにも多かった。
戻れても、意識が二次元化から戻れなかった者の成れの果てが、地を這う蛇である。
そこで、アトラクナチャータの力を借りて、三次元空間からの糸を張っておくのである。蜘蛛神の羂索により蛇人はこの世界に戻ることができる。
八つの型。
それぞれに異なる印があり、それぞれに対応した呪文がある。
私は必死でクラウス動きを追った。
結界術の真言は、古代の聖語による願文を原型としている。
最後の八番目。
弾指。魔力をスパークさせる。
そこで術を閉じる。
だが、この弾指が難しい。
中指と親指で人差し指を強く押さえ、その指を弾き出す。
クラウスやフーテイがやると、
バチンッ!
と、堂内に響くほどの音がする。
「一週間後に試験するから、覚えてね」
院長は、さらりと言った。
帰りにフーテイに一つ一つの印明をもう一度やってもらい、意味まで解説してもらう。
その複雑さに私は溜息をついた。
帰り際、フーテイが振り返った。
「一週間後の試験に受かったら、葬送儀礼に出られるようになるで」
そう言って、ニヤリと笑った。
私はもう一度、八つの印を頭の中で思い返した。
結界術。葬送儀礼の導師には不可欠だ。
死者と生者の間に立つための古い魔法。
この魔法により死体の保存が可能になるのである。言うならば、時間の凍結と言ってもいい。
カスパーの言っていた死体保存魔法である。
死体を保存するには、薬など必要ない。
問題は、蛇人以外が生きたまま影の次元に入る時だ。
病状の深刻な患者の、病の進行を止める時にこの亜空間を使うのだ。
完全な仮死状態になる必要がある。意識は二次元世界に耐えられない。
そのために、意識を完全に飛ばす薬が必要となるのだ。
ヴァルーシア社と医療大国の東方連邦と繋がりがあるのは、それが原因だ。トゥコ・リューが経営する蛇十字社を通して、特殊な薬を輸入している。
死体保存魔法の基礎でもある結界術。
その一週間後には、私がそれを一人で使えるかどうかが試されることになっていた。




