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面接確定

求人を見つけた翌朝。


 私は仕事へ向かう前に、シャークヤ修道院へ通信魔道具で連絡を入れた。


 しかし、採用担当者は席を外しているらしかった。


「担当者が戻りましたら、こちらから折り返しご連絡いたします」


 通信魔道具の向こうから、女事務員の声が聞こえた。


 私は礼を言って通信を切った。


 そして、そのまま仕事へ向かった。


 天空港では、すでに朝の便が動き始めていた。


 搭乗ゲートから飛行船へ続く長い廊下に、私は魔導掃除機をかけていく。


 その前に、柄の長い羽根付きのダスターで、窓側の埃を落とす。


 天空港の廊下は、とにかく長い。


 半分ほど進んだところで、魔導掃除機の集塵袋はもう一杯になる。


 私は機械を止めた。


 その時だった。


 懐の通信魔道具が鳴った。


「はい」


『ヴァルトナーさんでしょうか』


 男の声だった。


 妙に明瞭だった。


 雑音の多い天空港でも、よく聞こえる声だった。


『先ほど、シャークヤ修道院へお電話いただいた件で』


「あ、はい」


『採用担当のクラウス・シェーファーと申します』


 求人票に書かれていた名前だった。


 私は思わず背筋を伸ばした。


『まずは履歴書を拝見したいので、郵送していただけますでしょうか』


「分かりました」


『よろしくお願いいたします』


 それだけだった。


 通信は切れた。


 私はしばらく通信魔道具を見つめていた。


 そして何事もなかったように、魔導掃除機を再び動かした。


 ゴォォォォ……。


 機械音が廊下に響く。


 だが、頭の中では別のことを考えていた。


 シャークヤ。


 いったい、どんな場所なのだろう。





 言われた通り履歴書を送った。


 その後、私はシャークヤ修道院について調べ始めた。


 今では王都にも情報網がある。


 昔なら噂話だけだったようなことも、街の掲示板や情報紙を調べれば、ある程度は分かる。


 私は夜、宿舎の小さな机に座り、情報端末――薄い水晶板に指を触れた。


 水晶板の表面に淡い光が走り、文字が次々と浮かび上がる。


 シャークヤ。


 私は検索欄にその名前を打ち込んだ。


 すると、奇妙なことが分かってきた。


 シャークヤは、単なる修道院ではなかった。


 王国各地に施設を持つ巨大な宗教組織。


 表向きは葬送と供養を専門とする宗教団体。


 しかし、その実態は、王国最大級の葬儀商会と深く結びついていた。


 その葬儀商会の名は――ヴァルーシア社。


 王都東部から辺境まで、数百もの葬送施設を持つ巨大商会だった。


 どうやらシャークヤ修道院は、ヴァルーシア社が葬儀を執り行う際に使う、いわば「聖堂」らしかった。


 死者を扱う商売。


 宗教。


 そして巨大商会。


 この三つが、奇妙な形で結びついていた。


 さらに気になる噂があった。


 ヴァルーシア社の創業者は、東方大陸から、このジャンブドヴィーパ王国へ移住してきた一族の出身だという。


 そのため、プールヴァ東方連邦との独自の交易路を持っているらしい。


 中には、王国では禁じられている死者蘇生の技術を東方から持ち込んでいるという噂まであった。


 もちろん、どこまで本当なのかは分からない。


 私は水晶板に表示された掲示板の書き込みを読みながら考えた。


 ――怪しい。


 だが、それ以上に気になった。


 金貨八十枚。八十万デナリである。


 私にとっては、それだけで十分な理由だった。






 私は通信魔道具を片手に、カスパーへ尋ねた。


「なあ、カスパー」


「なんだ?」


「ヴァルーシア社って知ってる?」


 カスパーは、一瞬だけ黙った。


 そして、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「知ってるに決まってるだろ」


「そんなに有名なのか?」


「前に話しただろ」


「何を?」


「ジルケのところだよ」


 ジルケ・リュー


 あの酒場ローエンの女主人。


 私はそこで初めて話がつながった。


「ジルケが家業を継いだ時、俺もちょっと手伝ったんだよ」


 カスパーは煙草に火をつけた。


「ヴァルーシア社ってのは、東方部落の定食屋から始まったんだ」


「えぇ……?」


「ただな、あの頃はまだ小さかった」


 カスパーは遠くを見るような目をした。


「ジルケは部下の扱いが最悪でな」


 そして、いつもの調子で話し始めた。


 ある日、ヴァルーシア社にいた若い部下が、何をやっても仕事ができなかったらしい。


「こいつ、王立学院まで出てるのに使えない」


 ジルケはそう言って怒鳴り散らしていた。


 部下は平身低頭している。その頭を近くにあった鍋を取り、それが変形するほどの力で叩くのだ。


 それを見ていたカスパーは、呆れてしまったという。


「だから俺が、その若い奴に酒を奢ってやったんだよ」


その部下はジルケのことが好きだったらしい。


「そこで教えてやった。ジルケを好きになった奴の末路」


だいたいはさんざん貢いだあげくに、一文無しになる男が大半だった。あげくに騙されてヴァルーシア社の地下深くにある強制労働所に送られることになる。


話しを聞いて、ため息をつく部下に。


「まあ、頑張んなよ」


 そう言って。


 私は笑った。


 カスパーは、こういうところだけ妙に人間臭い。


「それよりな」


 カスパーは煙草の灰を落とした。


「昔のヴァルーシア社は凄かったんだぜ」


「何が?」


「死体だよ」


「……死体?」


「死体洗浄」


 私は黙った。


「昔は特殊な薬液で死体を洗ってたんだ。強烈な漂白剤みたいなやつでな」


 カスパーは平然と続けた。


「それから死体保存魔法もやってた」


「死体を?」


「ああ。死体を長期間保存する技術だ。そういった秘薬があるらしくてな」


 カスパーによれば、ヴァルーシア社は東方連邦と繋がりがあり、そこで死者を長期間保存する技術を開発し、秘薬も輸入しているのだという。


「東方大陸は親族が遠く離れたところに住んでることが多いだろ、広いから」


「だから?」


「葬式まで一ヶ月とか、それ以上かかることがある」


 カスパーは笑った。


「だから死体を腐らせない技術が発達したんだよ」


 私は黙って彼を見ていた。


 ヴァルーシア社。


 シャークヤ。


 死体保存。


 東方大陸。


 そして金貨八十枚。


 ばらばらだったものが、少しずつ一つにつながり始めているような気がした。


 ただし、その中心に何があるのかは、まだ分からない。






 二週間を過ぎた頃。


 私はもう諦めかけていた。


 あの求人は幻だった。


 そう思い始めていた。


 その日の夜、宿舎に帰ると、通信魔道具が鳴った。


「はい」


『ヴァルトナーさんでしょうか』


 あの声だった。


 明瞭で、妙に聞き取りやすい男の声。


『シャークヤ修道院採用担当のクラウスです』


「はい!」


 自分でも驚くほど大きな声が出た。


『面接にお越しいただきたいのですが』


「いつでしょうか?」


『三日後の午前十時でいかがでしょう』


「大丈夫です」


『では、シャークヤ修道院フュルステンブルク別院まで』


 私は日時と場所を紙に書き留めた。


 最後にクラウスと名乗る男は言った。


『お待ちしております』


 通信が切れた。


 私はしばらく動かなかった。


 窓の外では、天空港から飛行船が一隻、夜空へ上昇していた。


 青白い魔石灯が、暗い空をゆっくりと昇っていく。


 私はその光を見つめた。


 久しぶりだった。


 何かが始まるような気がした。


 借金から逃げるためだけではない。


 単に仕事を辞めたいというだけでもない。


 私はずっと、どこかで探していたのかもしれない。


 自分がなぜ生きているのか。


 人は死んだあと、どこへ行くのか。


 なぜ同じ人間なのに、それぞれ違う道を歩くのか。


 そして――。


 魔法とは、いったい何なのか。


 その答えが、シャークヤにあるような気がした。


 もちろん、その時の私は知らなかった。


 シャークヤが、東西のどの魔法宗派にも属さない単立修道院の施設であることを。


 そこでは死者を弔うだけではなく、何か曖昧模糊とした危険を秘めた行いのあることを。


 私はまだ何も知らずに、飛行船の光を見上げていた。





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