アミトースの歓喜経
夕刻の勤行の少し前、一人の修道僧が戻ってきた。背が高く、研ぎ澄まされた刃物のような目をしたその男は、
「戻りましたぁ」
と、明らかに西方のイントネーションで告げると、
「ワタシ、夕勤やりますぅ」
と言い残し、そのまま三階の大聖堂へと向かっていった。すかさずズチが私の元へ駆け寄ってくる。
「今のが、ガオ先生よ。一緒に勤行してちょうだい。余計な口は一切叩かなくていいからね」
先ほどの、聖職者というよりは研ぎ澄まされた剣士のような雰囲気を纏っていた男こそ、ザウヤが言っていたあのガオ先生だった。木製の塔婆で他の聖職者を殴り倒したという、わずかな刺激で大爆発を起こしかねない危険人物と聞かされていたが、ズチの緊迫した口調がそれを物語っていた。だが、男の発する言葉自体は、都特有の柔らかく優美な響きを帯びていた。
五階の大聖堂で执り行われた夕刻の勤行中、懺悔の祈りから帰依の誓いへと進み、開経の聖歌を唱える直前、ガオはこちらを静かに振り返り、
「祈祷、少し長くなりますからね。途中で抜けられて結構ですよ」
と柔らかい声で告げた。私は胸の前で両手を合わせ、「承知いたしました」と返答したが、なぜ途中で辞してよいのか理由は分からなかった。朗唱された教典は、私がこれまで一度も耳にしたことのない異質な節回しであり、三十分近くも絶え間なく続いた。私は指示通り、十分ほどが経過したところでそっと場を辞し、修道院事務所へと向かった。ズチに先ほどの出来事を報告すると、
「あの人、アミトースの歓喜経を読んでるのよ。西の秘教派の出身だからね」
と、あっけらかんと答えた。
その秘術的な教典について、名前を耳にすることはあっても、その真の教義について深く知る機会は他派の聖職者には存在しない。古代の聖者たちの教義対立の火種となった、その性の秘密を含んだ教典について、どれほど親しい間柄であっても西方教会の聖職者は固く口を閉ざす。教義を外部へ漏洩させれば、地獄へ落ちるという血の誓いを西方教会の開祖コンハイに立てているからだ。
その教典の冒頭章にある大いなる歓喜の教えでは、男女の交わりやそれに伴う欲望、生命の衝動そのものを神聖な解脱のプロセスとして肯定的につづっていることで知られている。また、この西方教会の思想を背景に、性的な儀礼を取り入れた過激な異端宗派が横行し、かつて徹底的な弾圧を受けた歴史はあまりにも有名だ。
しかし、開祖シャークヤが説いた初期の純粋な教義には、そのような肉欲を肯定する教えは存在しない。後世の魔法思想において、僧たちによって体系化されることとなったのだ。
私はズチやカワカが聖堂の施錠作業を進めるのを眺めながら、その秘典が説く性の神聖なる肯定と、全く反対の古代から伝わる教義について思いを巡らせていた。横ではモデルのような事務員が、優美な脚を覗かせて屈み込み、小さなゴミ箱の塵を丁寧に拾い集めている。私にとって、そうした性的な衝動や美しさを喚起させるものは、暗闇で獲物を誘うチョウチンアンコウの灯火に思えた。
開祖シャークヤの説いた因縁連鎖によれば、あらゆる苦しみの元凶は「無明」から始まる。では無明とは何かといえば、自己という存在が不変的に存在すると思い込む錯覚である。自己が存在すると思い込むからこそ、自己の消失や、死に対する恐怖が生まれる。
あらゆる生命体が抱く死と消滅への根源的な恐怖こそが無明の正体なのだ。その恐怖を原動力として、生命体はどうにかして自己の存在を維持しようと画策を始める。すなわち、自己の「続き」を形成しようとするのだ。
この形成作用は生命の長い歴史の中で、彼らの足跡を記録する巨大な記憶の庫を構築した。
この記憶層によって、生命体の精神と肉体が形成される。男であれば力強い胸板と逞しい性器、攻撃的な精神性を与えられる。女であれば豊かな乳房と柔らかい腰つき、穏やかな精神性を与えられる。これらはすべて、記憶庫の設計図通りに精密に構築される。
そして、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、そして思考をつかさどる脳の六つの感覚器官が、肉体と精神を感じ取れるように発達する。感覚器官はそれぞれ対象を持ち、それらが触れ合い、イグにより予め設計された感覚へ偏り、性的感覚への執着が生じ、愛する対象との性的接触を繰り返し維持したいと願う強い執着、その繰り返される行為による受胎、生命が生まれ、また死ぬ。
シャークヤはこの連鎖過程を「苦しみの輪」として捉え、そこからの解脱を説いた。シャークヤの教えの真髄は、この濃厚な死の原液だ。
この原液を、生存に狂った巨竜には、薬のように効くだろう。その狂気の生すらイグの神により、設計された、先祖返りして神に近づくための偏りなのだ。しかし、それは失敗に終わった。神としてはこの計画は止めなければならない。
それ故にシャークヤは祖神イグの化身と言われるのだ。かの神の化身である開祖の教えを「生殖と自己保存の否定」としてまで極端に捉えるならば、最終的に、宇宙の均衡を破る失敗作であるところの、全ての竜が生から解き放たれ、静寂のうちに息絶えることが創造者の真の計画ではないか。神は我が子を消そうとしている?
目の前の事務員のしなやかな脚も、なだらかな丘陵のような腰つきも、すべてはチョウチンアンコウの放つ誘惑の光であり、生命体の生存進化の意志である形成力によって設計にされた通りの、「存在の形成」へ至る受胎からくりの一部に過ぎない。子孫を残すという生命の命令を断ち切れば、生物学的な衝動は意味を失う。
しかし、そうした見地からすれば、あのガオ先生が唱えていたアミトース歓喜経の内容はあまりに奇妙であった。生命システムの巧妙な罠である男女の性交や欲望を、堂々と肯定しているのだから。すでに失敗とわかった創造を賛美している?
西方教会の開祖コンハイはこの教えを直接示現した千手ニャルから授けられた。コンハイはシャークヤ教中興の祖、サイ大師の兄弟弟子にあたる。歓喜経を求めたサイ大師はコンハイに教えを乞うたが、コンハイは拒否した。
さらに愛弟子のホーネットもアミトースの教えに帰依しコンハイの下に走った。失意のサイ大師はいったい何を思っだだろうか…。
結局、コンハイの教え以外を、東方教会と呼称するようになった。もっともホーネットの弟子、革命大師シーランは密教を否定しアミトースへの帰依のみを主張する教えに変貌したために、コンハイの教えとは言えない。今でも西方教会では異端とされる。
サイ大師は後進の育成に努めた。来るものは拒まずの姿勢から優れた後進が育ち、それがニルヴァンやドーゼンの登場…魔法宗改革へつながっていく…
そんな考えに没頭していたら、もう一人の美熟女事務員から「この子、大丈夫かしら?」と言いたげな、心配と疑念の混ざった視線で覗き込まれた。聖堂の外では、ガトーとカワカが、案内旗を片付けもせずにさっさと帰宅したヨシの文句を言い合っていた。
ケーニヒスフェルドでの研修の一週間は、驚くほどあっけなく過ぎ去った。ガオ先生は終始にこやかで親しみやすく、誰もが噂していたような修羅のような一面を見せることは一度もなかった。
ケーニヒスフェルド修道院での研修を終え、翌日からはシャークヤ本院の聖堂での研修が始まった。シャークヤの聖堂へ足を踏み入れるのは、十日間の断食修行以来であったが、内部の構造や配置はすでに知り尽くしていた。
毎朝の勤行は、フワル、修道尼のキッシュ、朗々とした美しい声を持つ背の高いウーノ、主幹のトーゴ、そしてアーゼンの中で、その日に遺体告別式の予定がない聖職者が分担して執り行う。
私は肩に簡素な衣を掛け、畳の上で静かに待機していた。中央祭壇では、新年の大祈祷祭が近づいているため、懺悔の聖歌を中心に据えた長時間の儀礼が組まれていた。この聖歌は独特な節回しを持ち、オーミー山の霊場で修業を積んだブルーノ院代が儀礼の監修を行っているため、その様式は山岳宗教の伝統に深く依拠している。新年の限られた時期にしか執り行わないため、慣れていない聖職者は途中で節を間違えたりするのだった。因みに、ブルーノは年の大半は海の向こうの、オーミー山別院に籠もっている。
夕刻の勤行が終わった後、ついさっきまで朗々とした通る声で聖歌を唱えていたウーノが、気安く声をかけてきた。
「何か食いに行かないか?」
ウーノとはこれまで二、三度しか言葉を交わしたことがなかったが、ひょんなことから魔法の話題になり、彼が創造神アミトースの熱狂的な信者であることを知った。
近所の洋風大衆食堂で、熟成生ハムやイカ墨のパスタをつつきながら、ホーネット聖人やその弟子のシーラン聖人の伝道といった西方アミト密教に関する蘊蓄にじっくりと耳を傾ける。私は以前、カトリと交わした会話を思い出し、
「ある人から『ホーネットとニルヴァンどちらの聖人が好きか?』と聞かれて、たまたま直前にシーランの法話聞いたばかりだったのでホーネットて答えたら、なんだか妙な顔をされたんですよね」
と切り出した。するとウーノはニヤリと笑い、
「あー、それはホーネットが古代シャークヤ教会に属していて、その後、お西に転向してアミトースに帰依したから、彼の信仰スタイルを比較してウチの宗派をどう思ったかを聞きたかったんだと思うよ。」
シャークヤはアミトースの宇宙創造に関しては、無言を貫いた。さらに、東方教会はイグの神しか重要視しない。
「要するに『シャークヤ教好きですか?』という遠回しな質問だね。この国だとイグ原理主義的なシャークヤ教かニルヴァン宗ナイズされた否定的アミトース解釈しか出てこないからね」
と、魔法宗派論争の文脈としてはかなり高度な問答の解説をしてくれた。魔法評論家の受け売りばかりの知識しかない私は、聴いたこともない魔法の話題も多く、内心冷や汗をかき通しであった。
熱い魔法談義が終わり、その日の夕食は和やかに締めくくられたが、店を出る際、は急に真顔になって釘を刺してきた。
「誰に聞かれても、俺とメシを喰ったとは絶対に言わないでくれよ」
詳しく理由を尋ねると、そういう他人の交流を過剰に気にする厄介な人物が内部にいるのだという。私は心の中で「ミトのことだな」と察したものの、何も言わずにただ静かに頷いた。




