洗骨
洗骨室には冷たく厳しい風が吹き抜けていた。天窓が開け放たれているのは、粉骨の際に細かい骨粉が舞散るのを防ぐためだ。風に煽られてガタガタと機械室へ続く鉄の扉が鳴る。まるで死者が「開けてくれ」と訴えているようにも聞こえるが、ただの気圧の悪戯に過ぎない。
金属ざるを使い、丁寧にお骨の土を洗い落としていく。業者から送られてきたお骨は、今月処理すべきものだけで二十壺を超えていた。
ヴァルーシア社は、旧都や中央都市に近い新興住宅地に、地方から移住してきた顧客層をターゲットにしている。教団の大聖堂と密な繋がりがあった前時代の旧態依然としたコミュニティとは異なり、移住者の子供たち、すなわち施主と聖堂の結びつきは極めて希薄であった。親密だったのは、つい先ほど創造神アミトースの教えのもとで送られた故人の世代まで。その子供と既存の聖堂との付き合いなどほぼ皆無であり、どの教派に属しているかさえ知らない者も少なくない。生活の拠点が違えば交流が絶えるのは当然であり、何よりも従来の墓所はお参りに不便だという現実があった。
ヴァルーシア社の担当者は、檀家と、そうした他の古い修道院から剥がす方法を熟知している。巧みな話術で、「もっと参拝に便利で、交通の便も良い都市部の近代的な納骨堂にお墓を移しませんか?」と離檀に誘導する。高額な離檀料の交渉、既存の修道院の司祭への連絡、行政手続きの書類手配まで、担当者は施主とその家族が安心して改葬できるよう、絶妙な手腕を発揮するのだ。
そうした交渉業務は担当者に任せるとして、我々修道僧に問われる成績は、初回儀礼から四十九日追悼式までに施主の信頼を勝ち取り、石工事業を率いるセールスチームへとスムーズにバトンタッチできるかどうかにかかっている。読経の朗々とした声、説法の巧みさ、魔法名授与のわずかな時間でいかに良い印象を残せるか——すべてはそこで決まる。
聖職者を一本の樹に例えるなら、華やかに咲き誇っているのは追悼の儀の瞬間だけだ。それ以外の時間、聖職者は裏方に徹し、泥だらけの人骨を洗い、蛆の湧いた「深きもの」の死骸を火葬炉にくべている。
お骨が排水口へ流れ出ないよう注意しながら人骨を洗った後、専用の麻袋へ収めていく。孩児(乳幼児)など小さなお骨は特に流れやすいため、細心の注意を払わねばならない。通常のお厨子には骨壺が二つしか入らないが、粉骨して袋に詰め直せば、一つの厨子に七人分ほどが収まる。
現在、標準仕様となっている大型の丸い陶器製骨壺は、かつて王都の民間火葬機構が始めたものだ。火葬と骨壺の販売がセットになっており、この指定骨壺を購入しなければ火葬を受け付けないという独占的なビジネスモデルであった。しかし、この王都を牛耳る民間火葬機構の様式が定着する前、洗骨室にずらりと並んでいた前世紀半ばのお骨の半分以上は、四角い陶器の箱であった。四角い墓所に無駄なくみっしりと収まる見事な設計であり、円形の蓋のものは比較的新しい形式に過ぎない。円形の骨壺の規格は、火葬機構と密接に結びついたシャークヤ修道院が考案した巧妙なカラクリなのだ。関係する聖堂や直轄霊園での墓所販売、そして墓の中が満杯になった際に、粉骨費用や合同慰霊塔への合祀料を追加で発生させる仕組みである。
しかし、その民間火葬場や葬儀シンジケートすらも、東方連邦系の巨大資本の影響下にある。トゥコ・リュー会長の率いるダイヤ・グループもまたその傘下にあり、買収劇において様々な裏回しを行い、現在の経営の中枢に深く食い込んでいる……。
そんな裏事情をつらつらとガトーから説明されたが、洗骨室の底冷え、カタカタと鳴り続ける扉、そして幽鬼のように病的なガトーの表情も相まって、とても長居したい場所ではなかった。唯一、お骨の乾燥用に無理やり転用されている定温乾燥器の赤いランプだけが、不気味な部屋の中で生々しい温もりのように点滅していた。
聖堂では、午前と午後に礼拝の祈祷を一座ずつ、残りの時間は教典の写本、そして納骨堂の参拝対応をこなす。朝の勤行の後に礼拝へ向かう。ケーニヒスフェルド修道院で拝むのは本堂の脇にある小さな祈祷机で、祭壇に掲げられているのはアトラクナチャータ神の掛け軸だ。行を修めた聖者が加持祈祷を施したという特別な代物で、フーテイが言うには、
「ワシがこの聖堂に赴任した当初は、派閥争いでな、喧嘩早い僧ばかりで大変だったんじゃ…今はおらんがな、あいつら。このアトラクナチャータさんをお迎えしてからは、ピタリと揉め事が収まりおった」
とのことだった。祈祷を捧げていると、気のせいか掛け軸からボワッと魔力が放射されているように感じられる。全身を床に投げ打つ五体投地の激しい動作も相まって、半畳の敷物の上にポタポタと汗が滴り落ちた。
礼拝と数珠を用いた行を終え、昼前に写本作業をしていると、フーテイが戻ってきた。告別式の執り行いに直行していたらしく、格式高い黒の魔法服をまとったまま、受け取ったお布施の勘定を始めている。せり出した丸い腹を揺らし、ぶ厚い札束をパチパチと指を鳴らして数える様は、修道院の長老というより、商人のようであった。金貨は一万デナリ札と等価である。一万デナリ札十五枚が私の一ヶ月の凝固なのだ。横目で見ながら、正直なところその札束の厚みに目が眩んだ。手元では一心に経典を書き写しているが、私の心はぶ厚い札束に涎を垂らしている。ハッと気を取り直して筆を進めるも、意識は雑念へと飛翔し、先日フュルステンブルク別院へ来ていた老行者の取り留めのない昔話を思い出していた。
「昔、トゥコ会長が陣頭指揮を執っていた頃はな、給料日に手渡される札束が縦に立ったんだよ」
そう言ってその老行者は豪快に笑っていた。脳内で札束の誘惑と聖典の教義が激しく火花を散らす。そしてこのラウンドは、圧倒的に札束の勝ちに終わった。なにせ、私には五百万デナリ以上の負債が重くのしかかっているのだから。
札束が縦に立つほどの莫大な資金を投じて作られた、最新の機械式納骨堂のカラクリには、目を疑うほどの技術が詰め込まれていた。参拝者が訪れ、魔導カードを照合口にかざすと静かに重厚な扉が開き、故人の聖なる霊名が行燈のようにボウッと浮かび上がるモニターが現れる。遺影を表示させたい故人の霊名に触れ、画面左下の「肖像」の項目を操作すると、故人の生前の姿や享年、生涯の記録が鮮やかに映し出されるのだ。参拝を終える際は、画面下の「お参りの終了」に触れる。最終確認の画面が表示された後、「イア!イア!創造神アミトースに帰依し奉る」、あるいは各教派の聖句が一瞬だけモニター上で黄金に光り輝き、重厚なオーク材の自動扉がスルスルと閉じられる。これらの仕様は宗派や教派に応じて自由に設定でき、さらに追加のオプション費用を支払えば、遺族オリジナルの祈りの言葉に変更することも可能だった。時代は、ついにここまで到達していたのだ。
噂のヨシとまともに話す機会は、なかなか訪れなかった。長老のフーテイや、修道尼のズチが厳しく目を光らせているからである。一度、挨拶程度の言葉を交わしただけで、ズチが即座に飛んできて、
「修行の身でおしゃべりは厳禁!」
と一喝され、会話はそこで途切れた。後ほどズチに聖職者控え室へ呼び出され、釘を刺された。
「あの人と軽々しく喋っちゃダメ!トラブルの元になるからね」
ズチの話によれば、少し前にパートの女性事務員が花瓶を床に直接置いた際、「聖なる花器を地べたに置くとは何事だ!」と激昂して怒鳴り散らしたらしい。
「主張している考え自体は間違っていないんだけどね。ただ、まだ公の法要も任されていない修行中の身で、周囲を怒鳴り散らすってのが筋違いなのよ」
「わかりました、十分に気をつけます」とズチに頭を下げるしかなかった。私は相当な警戒対象としてマークされているようだ。
ケーニヒスフェルド別院には、背が高く、モデルのように洗練された容姿の女性事務員がいた。まるで、アトラクナチャータの娘のようだ。彼女がすっきりとした美しい脚を覗かせて廊下を歩くのをちらちらと眺めていると、隣にいた、品のある美熟女事務員から怪訝な視線で牽制された。彼女たちは、参拝に訪れた信徒の納骨堂魔導カードの発行を手伝うと満足そうに微笑むが、参拝者が殺到して混雑し手が回らなくなると、途端に苛立ちを露わにした視線をこちらに投げつけてくるのだった。




