千手
三ヶ月目には、シャークヤ修道院本院とケーニヒスフェルド修道院での研修がある。
それぞれ一週間、別院での研修をする。
一番古いのはシャークヤ修道院本院であり、二十年前に建築された。東方のオーミー山にある本物のシャークヤ修道院じたいは二千年も昔からあるのだが。ここはリュー家が末寺の名義を勝手に利用したレプリカ修道院なのである。
レプリカ修道院の中ではケーニヒスフェルド修道院は二番目に古いのだが、二千年の歴史からすれば偽シャークヤ修道院とそこまで変わらない。
建物の造り、ホールの広さ、音響はケーニヒスフェルド修道院が一番優れている。
見た目も、シャークヤ修道院のようにギラついた寺院建築でもなく、近代建築の五階建てというモダンな造りである。
ふつうに洒落た修道院に見えるのだ。
このビルは最新鋭の魔導技術を備えた設備であり、四階に小ホール、五階に音響の優れた大ホールを備えている。
そして二階と三階は納骨堂になっていた。
地下のカタコンベにお骨を入れる逗子が収納されており、逗子のみが魔法で上下する。
檀信徒は修道院から発行された魔導カードを、ドア横の魔法石にかざすだけで、曲線美溢れる扉が自動で開く。
フレームだけお墓のようなギミックにお骨壷の収納された厨子が収まり、本物のお墓となるのだ。
もっともハイテクなからくりの収まった魔導屋敷がケーニヒスフェルド修道院なのである。
研修の日にケーニヒスフェルドまで魔導鉄道に乗っていく。
ケーニヒスフェルドは遠すぎて、住んでいたフュルステンブルクからは魔導二輪で通うのは不可能だった。しかし魔導汽車だと新ケーニヒスフェルド駅で下車、三分歩くともう着いてしまう。
ヴァルーシア社の新ケーニヒスフェルド・ホールが隣にあった。
七時ごろに着くと、眼鏡をかけた比較的若い修道僧と、背の高く頬のこけた僧侶がいた。
背の高い僧侶は何処か病的な雰囲気を持っていて、私はこの背の高いのが噂のヨシさんだな、と推測していた。
背の高い僧侶に促され、僧侶控え室まで案内してもらった。
「私はガトーといいます、よろしく。あちらの眼鏡かけてるのが、ヨシ」
意外なことに、病的な雰囲気を持っていたほうはヨシではなかった。
ガトーの名前はシャークヤ修道院でも聞いていて、元々はニルヴァン宗にいたこと、ニルヴァン宗の僧籍を持った蓮華行者であることなどを、修道院長から聞いていた。
人は見かけによらないものだ、と思いつつ蓮華行者はこのように幽鬼のような雰囲気のあるものかもしれない、と自分を納得させた。
僧侶控え室に荷物を置いて、寺務所に行くと、よく喋る尼さんが待っていた。
かなりのご高齢なのによく喋る。
老尼はズチと言った。
「ちょっと、カワカさん、彼を案内してくんない?」
カワカはガタイのいい黒縁の眼鏡をかけた僧侶だった。
ニコニコしながら、朝の作務の概要を教わった。
一通り、説明を受けてから、
「じゃ、納骨堂から廊下までをお願いします」
モップで三階の納骨堂や廊下をモップ掛けしながら、ケーニヒスフェルト修道院の壁画を眺める。
説法中の始祖シャークヤが見事に描かれているが、聴衆の色鮮やかな弟子たちの横に、一際目立つ黒衣の千手ニャル神が描かれており、私はどこかで見たことのある端正な顔立ちに見入った。千手ニャル神は創造神アミトースの強壮なる第一の使者であり、無貌の神と言い伝えられる。千の手に喩えられる千の化身を持ち、蕃神アミトースと契約した全ての衆生を救い、歓喜浄土まで蓮華に乗せて連れて行くとも言われている、謎の多い神だ。壁画の無貌の神の顔は広い額に大きな瞳、高い鼻…神話ではのっぺらぼうなのに奇妙だと首を捻っていると、朝礼の時間が来てしまう。
朝礼でカワカがカイシャクで拍子をとりながら蕃ニャル神経を唱えている時に、ふと疑問が氷塊した。あの顔はジルケそっくりだった。




