次元操作符
あっという間に日は過ぎ、十二月に入った。
研修の三ヶ月の間、新人僧に休みは無い。
無休なので、三ヶ月目のこの時期が、体力的には一番キツい。
王国の労働監督署が聞いたら目を剥くだろうが、休日がない。もちろん、王国労働法に抵触するが、シャークヤ修道院はこの問題を「学習と礼拝の時間であり、労働時間ではない」とすることによりクリアしていた。
私はザウヤから買った魔導二輪で毎日出勤していたが、この季節は魔導二輪だと身を切るように寒く、冷たい刃のような風が顔にぶち当たるのである。
凍えながらシャークヤ修道院に着けば、朝の作務が待っている。
作務では、黒の上着、もしくは作務衣の内側に着込むことは許可されていた。
作務から戻り、朝礼、朝勤行、礼拝行とこなす。
礼拝行は午前中の一座のみとなっていた。
代わりにナコト写本の書写と、神聖文字の練習、そして座学に重点が置かれる。
神聖文字は院長から習う。
クラウスは気づくと後ろに立っていて、気が向くと即興で講習が始まる。
書き方を習った後には
「千字書くことを目指してね」
と言われるわけである。
ようやく、魔法僧としての修行が始まったな、という感覚が私にはあった。
午後は座学の時間だった。
魔法人類史のためにフーテイが来ていた。
魔法映写機に映像が写った。ここの修道院が作った番組のようだ。
フーテイが機械を操作し、
クリシュトゥルフ神の呼びかけに応えた彼らの軍勢と、外宇宙の種族との間、星々を裂く戦争の勃発。イグの星系飛来と、かつて飼育されていた三脳生物種とクンダバッファーの埋込み、竜種の誕生、と繁栄、ンゴスの穴への封印までを早送りにした。
「ここからやな…」
番組が始まった。
イグやクリシュトゥルフの戦っていた、ハスター=マプラープタ神と、外宇宙の種族「ミィ= ゴ」と、その母世界について。彼らは、宇宙の広範囲に君臨する巨大な高等文明とて知られている。
ハスター=マプラープタ神は強大な力を持つ、宇宙の風である振動を司るからだ。さらには次元の階層を操作することすらできるとされるが、情報は前星系の三脳生物種の戯曲『黄衣の王』に散見されるのみである。
なおかつ、この外宇宙に住まう神はクリシュトゥルフと敵対していることでよく知られる。
信者には恩寵として宇宙空間を光速で渡る飛行生物、眷属のビヤーキーを送った。宇宙で最も速い航空便である。
ビヤーキーは空間を「伸縮する布」として捉えている。宇宙空間は平坦ではなく、星々の質量によって歪んでいる。この歪みの度合いを魔法物理学で「曲率」と呼ぶ。ビヤーキーの「カイム」という特殊空間はこの曲率を変化させることができるのだ。
ビヤーキーは前方空間を縮め、通過した後方空間を引き伸ばす。空間の「波」に乗って移動するのだ。
ビヤーキー自体の質量が加速するのではなく、縮んだ空間が元に戻ろうとする波に乗って滑空しているため、質量を持つ物体が光速を超えられないという物理法則の制約を受けずに、一瞬で光速に到達できる。一説によれば光速の400倍に達することもできる。
ビヤーキーが一度飛行すると、通過したあとの空間に深刻な後遺症が残る。引き伸ばされ、曲率が極限まで低下した空間では、光速そのものが低下する。
宇宙において、ビヤーキーが通り過ぎた痕跡は、周囲の宇宙空間に比べて光速が遅いゾーンとして残り続ける。これは一種のブラックホールでもあり、ビヤーキーの「爪痕」とも呼ばれている。
ビヤーキーは次元操作符の宅配にその星系まで来ていたのだ。次元操作符そのものは、他文明害種に対する効率的な清掃道具として知られている。
因みに、二次元化を多用する惑星間戦争を、前星系以前にイグの種族は経験済みである。地を這う蛇とは、二次元化のことでもあるのだ。四次元という海を干上がらせた魚が、三次元の陸に上がった時に、蛇もまた陸に上がったのだ。




