ジルケ
勤めて一ヵ月後、私は初めて代表役員を見ることができた。
一人、場違いな垢抜けたファッションの女が、急ぎ足で足音を響かせ修道院内に入ってきた。
ジルケ・リューが髪をなびかせ入ってくると、その場にいた修道僧たちは慌てて全員、一斉に立ち上がり、合掌して礼をした。
ジルケは自分の席に行き、ゴソゴソやっている。
数人は、何故かそそくさと麦わら帽を被り、せきたてられたかのように園内の作務へ向かう。
何かが嫌なのだろう。
見たところ、二十代半ばだった。
額は広く、大きな目と高い鼻。胸は大きく突き出しており、ウェストは締まっていて、小振りだが形のいいヒップは黒いパンツと似合って、見るものに蠱惑的な印象を与えた。目を凝らすと白い上着からは、何かが透けて見えなくもない。
寺務所に残った僧侶と事務員は仕事に没頭しているフリをしている。
「ちょっとミトさーん⁈」
甲高い声は戦場の号令のように修道院内の空気を打ち、ミトは急いで立ち上がり代表と短く言葉を交わすと、二人は寺務所を出て、ガラスの部屋でミーティングを始めてしまった。
「初めて見ましたけど、何だか混血みたいな外見の人ですね」
勝手口のある部屋に避難して、仕事をしているフリをしているサーノに聞くと、
「混血は混血でも、あれだ、東方とのハーフだろ」
ヴァルーシア社会長のトゥコ・リューが東方連邦系であることは街中で噂されているほど有名なことだった。ただ、東方から移民したその一族は王国や西国に散り、稼ぎ、超富裕層になっていた。
葬儀社ヴァルーシア社、医療グループの蛇十字社、ダイヤホテル、東方料理のレストランチェーンのダイヤフーズ、花屋のダイヤフラワー、観光業のダイヤ観光、その全てはトゥコ・リューを総帥とする、ダイヤグループという企業グループに属している。王国有数の商会であり、地元の名士でもあるトゥコの愛娘が、ジルケ・リューだった。
「後で、挨拶したほうがいいかも」
とサーノは言うが、代表とミトはなかなかガラス部屋から出てこない。
時折、甲高い怒鳴り声と机をドンドン叩く音が、寺務所まで漏れ聞こえてくる。
待ち続けること三十分、そろそろ礼拝行に行こうか、と考えた時に、ようやくガラス部屋から二人は出てきた。
寺務所に戻った代表はまた自分の席に戻り、何か書類を読んでいる。
ミトが、ふと私を手招きした。
そろそろと彼女に近づいたミトは、新人修道僧のエリアスです、と私を紹介した。
合掌し、
「一生懸命頑張られさせていただきます……」
と舌の絡まった挨拶をした私を、大きな目で見据え、
「がんばってください」
と一言、はっきりと言った。
ジルケ・リューが着任した時、修道院内の権力構造は一変した。
それまで、修道院の上層部にいた僧たちは、何を小娘が、と逆らったが、逆らった修道僧はあっけなく解雇されるか、ヴァルーシア社から紹介される葬儀や法事を止められ、干されて自主退職の道を選んだ。
シャークヤ修道院のシステムは、基本給だけでは手取り金貨十五枚、歩合で手取りの二倍から三倍を稼ぐ。家族持ちや借金のある人間は基本給だけでは暮らせない。
「修道院には無くてはならない人たちをクビにしたんだよ、あの人は」
と老僧のカトリは言った。
二階にある僧侶控え室、勤行後に老僧は香盛りをしていた。
私は「香盛り」という言葉じたい知らず、頭に夜空を舞う吸血の魔物が浮かんだ。
「は? コウモリ?」
と聞き返す始末であったが、カトリはやり方を丁寧に教えてくれた。
灰をならし、コの字に溝を作り、その溝に抹香を入れる。そして、専用の道具で溝の抹香を潰していき、その上からさらに抹香をスプーンで入れていく。それを二、三層重ねた後に、上から燃えやすいようにフワッと抹香を入れて潰さずにしておく。最後に、導火線となる抹香をコの字の一端に盛る。
しかし、コの字だと一時間近くも燃えるので、通常の勤行ではコの字の縦棒を取り、コンセントのような直線を二つ盛るのである。
カトリの作業を観察しつつ、私は話しの続きを聞いた。
「今は、トップは修道院長だけだけど、前は院代ってのがいた。ツートップ体制だったわけだね」
今は、自坊僧の責任者になっている、とカトリは続けた。その修道僧をブルーノと言った。
シャークヤ修道院での作務は体力を必要とするのだが、どうにも老僧ばかりだったために、ブルーノが院代となり、法儀を監修した。
そのブルーノを、代表はいとも簡単にクビにしたという。
トゥコ会長のとりなしで、ブルーノはなんとか自坊僧に復帰したが、そこまでの道のりは、けして楽なものではなかった。
「まぁ、院代も遠縁の親戚なんだけどね、リューの。最初、違う仕事してたらしいけど、会長命令で他の修道院に修行に行ったらしい。まぁ、修道院長も同じようなもんで、別のところに修行しに行った。今は彼しか生き残ってない。他にも数人、創立メンバーがクビになってるよ……」
香盛りを終えた老僧は、
「さて、帰りますか」
と呟いた。
五時の十五分前まで一階に戻るのが、僧たちのミスを攻撃するミトからの防衛策なのだ。このタイミングは、年の功と言えよう。




