フェアリー多種族霊園
フェアリー多種族霊園は、代表役員の肝入りで始まったらしい。なので、僧侶全員が気を遣っていた。朝、八時前までにブロワーと箒を使いペット霊園の落ち葉をかき集める。
フェアリーは前世界に存在していたとされるが、この世界では架空の生物である。僧達の作業を、園内の至る所に配置されたフリギア帽を被ったフェアリーの石像がにやけた顔で眺めていた。
落ち葉の量は九〇リットルのゴミ袋三袋ほどであり、落ち葉のひどい日には修道僧複数人で取り掛かるのが常だった。朝の清掃で私は積極的に動き、己が労働力をアピールした。そのせいか、ミトの態度も気のせいか柔らかくなった気がした。
私はミトに合祀墓裏の坂を掃くように言われ、無心に箒を動かしていると、いつのまにかミトが後ろに立っている。
「大変でしょう、落ち葉掃除。只ね、掃き掃除だけしてると時間がもったいない。だから、掃除しながら理論考えたり、呪文を唱えたり、呪文の意味を考えたりしてると、時間が有効に使えるんですよ……」
私は、そうですね、そうします、とだけ真面目な顔で答えて掃除し過ぎて自分の名前を忘れた聖人のように掃除に没頭した。
彼はたまに、巡回してくるので油断できない。
「落ち葉は、あそこの突き当たりの横から、安らぎの林の裏に捨てることができるので、そうしてください」
フェアリー多種族霊園に向かうまでの雑木林は、「安らぎの林」という名前だった。安らぎの林から、多種族霊園の庭園までのスペースには、ちょうど遊歩道からも、庭園の車道からも見えない落ち葉の堆積があり、落ち葉はそこに捨てるのだ。
ミトはその場所を人差し指で指差した。
ミトは、主幹だが、他の僧侶に恐れられ、疎まれていた。
「時間を有効に使いなさいよ」
と、口癖のように僧達に言う。
彼は厳しく僧たちに叱責を繰り返していた。時には僧侶を集合させ、持論の宗教観を長々と話した。
「執着しない、無心に徹する、それがシャークヤ教です。でもね、始祖シャークヤは悟るまで、必死だったと思うんです。そんなダラダラしてないよ。型破りな逸話も、突き抜けた後でしょ。だから、ちゃんと衣帯はしっかりしなさい。足袋を机の上に置くんじゃないよ」
このような調子で、注意を繰り返すミトを見て、修行らしくなってきた、とひとり納得した。
二週間も過ぎたころ、私の後に入った新人僧侶がシャークヤ修道院での勤務を開始した。
イマーンというその男は、魔導車の運転手をやっていたという。
ミトに言われて大本堂内の椅子を並べ直していた私は、若い頃に他の修道院での修行経験があるという。
「魔導車の運転手って大変なんですか?」
「そりゃ、大変ですよ。車の場所を探知魔術で探っているから、ちょっとでも最短ルートでない道を通ると、連絡器にかかってきて、怒られる。ずっと、監視されている感じですね」
そんな大変な仕事なのか、と思いつつも、この修道院も監視されているという事実に、複雑な気分になった。
その後、イマーンといっしょに礼拝行をするが、またしても事件は起こってしまったのだった。
最初、イマーンの動きに気づかずにいたが、イマーンの礼拝行の異常に気付いた。
なんと、五体投地の後、呪文念珠行をせずに、そのまま蕃ニャル神経を繰り返し読んでいるのである。
気のせいか、五体投地の回数も少ない気がする。
異変は監視魔導鏡で見ていた主幹にも伝わったようで、礼拝行の後に、後ろを振り返るとミトがいた。
気配を消してずっと見ていたらしい。
「イマーンさん、ちょっといいですか?」
二人は僧侶控え室に移動し、何だか話し合っている。
漏れ聞こえた声で、
「私は、こう教わりました!」
と叫ぶ声が聞こえた。
午後の礼拝行では、念呪行もしっかりとやることになったイマーンの顔は、苦痛に満ちていた。
イマーンはフーテイからそう教わったと主張したようだ。
十日間行も念呪行無しでやっていたらしい。
ミトは、フーテイ先生に聞いてみます、と言い、特例でイマーンの行は継続することとなった。
念呪行は、きつい。
だいたい、一時間半を礼拝行とすると、四十分を礼拝、残る五十分は正座で半畳に座り、アトラクナチャータ呪を唱える。魔力が感応しなければ意味は無く、感応すれば神像と自分の間に金色の糸がかかる。立ち上がる時にはその糸に絡んで立ち上がれぬほどにならなければ、本物ではない。それを、一日三座行うのである。
正座に慣れていなかったり、身体が固いと、足の痛みは耐えがたいものとなる。
案の定、イマーンは足を引きずって帰った。
一週間後、イマーンははたから見ても大丈夫か、と思うほどのびっこを引くようになった。
他の修道院での修行してたんじゃないの?とサーノとザウヤが首を捻っていた。
礼拝行も唸りながら膝を着き、念呪行では痛みのあまり呪文が変なことになっていた。
苦痛のあまり、呪文が間違っているのである。
私は、笑いを堪えるのに苦労した。
運が悪いことに、作務の時、修道院長がたまたま通りかかった。
びっこを引きずり掃き掃除をするイマーンに声をかけ、二人は寺務所に戻った。
しばらくして、イマーンが就業時間中だが、帰ってしまった。
他の僧侶に聞くと、病院に行くように院長に言われたらしい。
私が、イマーンの姿を見たのは、それが最後になった。




