第1話 切り捨てられた裏方、呪いのキグルミになる
この日、俺はデッドラインに切り捨てられた。
野良ダンジョンは、入り口からしてだいたい感じが悪い。
管理機構の公式ゲートみたいに、綺麗じゃないし、光る案内板も警告線もない。
ライトを向けるほど暗さが濃くなる。
見た瞬間にわかる。
ああ、ろくでもない場所だなー! とね。
そのろくでもない場所に、今日も俺はいた。
背中に大型機材ケース。
腰に予備電源。肩から回収袋。さらに小分けのポーチが三つ。
中身は応急キット、工具、替えレンズ、簡易食、タグ付きの収集袋。
ついでに、今日拾えたアイテムを詰めるための空きバッグまで持たされている。
裏方兼カメラ補助兼荷物持ち兼回収役。
要するに、前に出ないくせに荷物だけは一番重い人間だ。
ほんとうに、どうしてこうなった……?
俺たちの少し前を、フライが音もなく飛んでいた。
てのひらに乗るくらいの配信用小型ドローン。
丸い胴体の左右に透けるような羽がついていて、ぱたぱたと羽ばたいているくせに、異様なくらい静かだ。
高性能。高価。
自腹だし。
だからもちろん、操作と整備は俺の担当だった。
フライが薄いホログラムを投影させる。
ライブチャットだ。
視界の端をちろちろ流れていく。
『うわ、今日の野良やば』
『デッドラインまた当たり引いてる?』
『暗すぎw』
『デッドライン神〜』
うるさい。
いや、コメント自体は無音だ。
音もなく浮かぶ文字が、妙にうるさいだけで。
「はい、というわけで皆さんこんばんは」
先頭でライトをくるりと回しながら、シドがいつもの明るい声を出した。
「今日は中層の野良ダンジョンに来てます。公式未管理、地形変動あり、魔物反応濃いめ。危険度は高いけど、そのぶん夢がある場所だね」
『シドきたー』
『説明うま』
『今日も命が軽そうで好き』
『レイカさんいる?』
「いるわ」と、レイカが淡々と答えた。
視線は手元の端末からほとんど動かさない。
「現在の同接は悪くないわ。もう一段、奥まで映像が欲しい」
「だよな」とローガが笑った。
笑ったというより、喉を鳴らしただけだったが。
「浅いとこで終わってもつまんねえし」
その言い方のまま、ローガはひび割れた足場をずかずか踏み抜くように進んでいく。
見ているこっちの胃が縮む。
俺は黙って周囲を見た。
床のひび、壁のはがれた跡、天井の沈み。
左手側には白い結晶群。
あれは嫌だ。
光り方が均一じゃない。
内部に粉を溜めていて、振動で撒くタイプに見える。
「左、結晶」
必要な分だけ短く言う。
撮影中、俺はあまり喋らない。
前に出る声はシドたちのものだ。
俺の役目は、危険の報告と、機材と、荷物だ。
「なんか撒くかも」
シドが振り返って、にこっと笑った。
配信向けの、あの感じのいい笑顔だ。
「そういうの、早く言ってよ。視聴者が好きそうじゃん」
『フラグw』
『毒粉くる?』
『荷物の人、有能』
『解説助かる』
好きそうじゃん、じゃない。嫌そうだから言っている。
「なら寄ってみるか」とローガが言う。
「君、それ今聞いた上で言ってる?」とレイカが呆れたように言う。
「聞いた上でだ」
いや、本当に勘弁してほしい。
心の中ではそう思うが、俺は声にしない。
こういう時、止めてもだいたい止まらない。
ならせめて、崩れた時に被害が少ない位置にフライを置く方が先だ。
俺はフライの飛行軌道を少し上げた。
粉の流れと前衛の頭上を同時に抜けられる角度へ。
機材ケースは守る。
こういうのはもう癖だった。
自分の足元より先に、物の位置と退路を考える癖。
「おっ、反応きたね」
シドが笑う。
次の瞬間、ローガが大きく一歩踏み込んだ。
「おらぁ!」
床に鈍い衝撃。
遅れて、左手の結晶群がいっせいに明滅した。
まずい。
結晶の根元から、白い粉が噴き上がる。
『うわあああ』
『それ絶対だめなやつ』
『やべええええ!』
『ローガ草』
壁の奥から、脚の長いクモ型の魔物が二体、這い出してきた。
殻は硬そうだし、動きは速い。粉と合わせて最悪の組み合わせ。
「いい、当たりだよ!」とシドが声を弾ませる。
フライを動かす。
粉の流れを避けつつ、魔物と三人の位置が一画面に収まる角度へ。
難しい。こういう時ほど、無茶な注文は増える。
戦闘は一気に始まった。
ローガが一体目を殴り飛ばし、シドが横から刃を入れる。
レイカは魔法を走らせる。
動きだけ見れば、本当に強い。
だから厄介だ。
強くて、結果も出すから、下にいる人間は文句を飲み込みやすい。
その最中だった。
俺の肩の回収袋が、誰かにぶつかった衝撃で揺れた。
留め具が甘かったらしい。
タグ付きの小型ケースが一つ、床へ転がる。
嫌な軌道で、結晶帯の近くまで滑っていく。
ひび割れた足場。
見るからにモロそうだ。
最悪だ。
「何か落とした?」とシドが聞いた。
「回収用ケース」
「今日の収穫タグ入り?」とレイカ。
「一部」
「じゃあ回収するべきね」とレイカが言った。
声はいつも通り静かだった。
「それ、ないと管理が面倒」
いや、この状況で?
そう思ったところへ、ローガが前を向いたまま吐き捨てる。
「お前が一番近いだろ」
チャットが一瞬ざわついた。
『まー行くっしょ』
『荷物の人行くの?』
『そこひび割れてるぞ』
『でも裏方なら拾うか……?』
でも、じゃないだろ!
俺は前を見る。
三人とも、もう次の動きに入っていた。
誰もこっちへは来ない。来る気がない。
フライの画角も、今は前衛優先。
つまり、俺が拾いに行くところは、ほとんど映らない。
ああ、そうか。
映らないから、いいんだ。
「早く」とレイカが言う。
「君、後ろの担当でしょう」
その言い方が妙に冷たく刺さった。
後ろの担当。
裏方。
荷物持ち。
回収役。
消えても画が崩れにくい場所にいる人間。
「……行きます」
配信中に余計なことは言わない。
それだけは守ってきた。
だから短く答えて、俺は荷物を半分だけ下ろした。
重いケースは壁際へ寄せる。
回収袋だけ手に残す。
足元を確認しながら、一歩、二歩。
足場が悪すぎる。
ケースに指先が触れた、その瞬間。
前で、ローガが弾いた魔物が壁に激突した。
通路全体に振動が走る。
地面の白いひびがいっせいに黒く開いた。
まずい、と理解した時にはもう遅かった。
足元が抜けた。
視界が傾く。
床、壁、天井が一度にひっくり返る。
とっさにケースだけは掴んだが、次の瞬間には体ごと裂け目へ落ちていた。
肩を打つ。
背中の荷物が引っかかる。
痛い。
息が詰まる。
「フライ!」
高い電子音。
青い灯が頭上を旋回して、落下に追いついてくる。
その少し上で、シドの声が響いた。
「生きてる?」
感情の乗っていない声だった。
返事をしようとした俺の耳に、レイカの声がかぶる。
「救助は切るわ。足場が持たない」
「でも配信には乗ってるよね?」とシドが聞く。
「今の落下まででしょう」
「じゃあいいか」
じゃあいいか!
ローガが鼻で笑う。
「おい、聞こえてるか。上がれそうなら自分で上がってこい。無理ならそこで待ってろ」
「待機してもらっても意味ないわ」
「彼はここで切ろう。ログは『後方補助員が独断で回収に向かった』で処理すればいいよ」
数秒、頭が真っ白になった。
切る、って。
その言葉の意味は、わかっている。
わかりすぎるほど。
所属も、責任も、事故処理も、ここでぜんぶ俺一人に押しつけるってことだ。
シドが少しだけ声を低くした。
「悪いね、君。でも今、助けに行くとロクなことにならない。生きて戻れたら連絡してよ」
戻れたら、ね。
「撤収。見せ場はとれたわ」とレイカ。
「そうだね、まあ。今日はこんなもんかな」とシドが答える。
「じゃ、行くぞ」とローガが笑った。
足音が遠ざかった。
ほんとうに、置いていった。
笑える。
いや、笑えない。
でも、あまりに露骨すぎて、逆に変な落ち着きがくる。
一応、ずっと事務所に尽くしてきたんだぞ。
機材も見て、計画書も作って、回収物の管理もして……。
俺は痛む肩を押さえながら起き上がった。
配信用ドローン・フライがふわりと戻ってきて、顔の横に静かに浮く。
散らばった荷物を拾う。
使えるものだけ回収。
癖で、まず先にバッテリーを確認している自分が嫌になる。
こんな時くらい、自分の心配を先にしたい。
デッドライン側の回線はもう切られている。
俺の名前も、所属も、位置情報も出さない。
ただ、自分の個人チャンネルだけを開いておく。
誰かの目に入れば、あとで救助の手がかりくらいにはなるかもしれない。
何もしないよりは、まだましだ。
ホログラムにチャットが浮く。
『なにこれ』
『謎ダンジョン配信?』
『救難枠?』
『配信者どこ?』
視聴者数は少ない。
現状は最悪だ。
最悪だが、完全に一人じゃない、という意味では少しだけましだった。
俺はライトをつけて周囲を照らした。
落ちた先は普通のダンジョンじゃなかった。
崩れた岩肌の奥に、滑らかな石壁が覗いている。
人工物?
なんだ?
古い遺跡層か?
中央には……。
円形の台座。
その上にあったのは——
「……なんでだよ」
白くて、ふわふわした、丸い着ぐるみだった。
どう見ても、かわいい系のマスコット。
台座に近づいた瞬間、空気が変わった。
まずい。
これは近づいちゃ駄目なやつだ。
そう思った直後、頭上で小さな崩落音がした。
逃げようと一歩引いた足が、下ろしていた荷物に引っかかる。
まずい!!!
よろけた拍子に、手がその着ぐるみに触れた。
次の瞬間、白い毛並みが生き物みたいに跳ね上がった。
「うわっ——」
待ってくれなかった。
頭から、肩から、脚から、柔らかいくせに妙に強い感触が一気に絡みついてくる。
視界が白く埋まる。
耳の横で、かちゃん、と何かが閉じる音。
引き剥がそうとしても、もう指先の感触が変わっていた。
これは、内側から閉じてくる何か……呪いか何かだ。
丸い。
白い。
ふわふわだ。
俺は白い手で、自分の顔を触った。
もふっ、とした感触。
耳がある。
頬が丸い。
しかも、首元に継ぎ目がない。
嘘だろ。
待て、落ち着け、まず——。
「キュッ!?」
変な声が出た。
固まる。
もう一回。
ちょっと待てって!
「キュ、キューッ!」
駄目だ!
キューしか出ない!
『え、新キャラ?』
『かわいい』
『何これ!?』
『配信者どこいったw』
お前らー!
助けてくれー!
俺はもふもふの手で喉を押さえた。
意味がない。
喉までふわふわしている。
耳の先で空気の揺れまでわかる。
ついでに背中のあたりで、もさっと何かが揺れた。
尻尾まであるのか。
いらない。
そういう丁寧さはいらない!
混乱したまま一歩下がり、また荷物に足を取られた。
さっきから荷物!
転ぶ!
とっさに手を出した。
どんっ、という衝撃音。
すると……。
目の前の床が吹き飛んだ。
「キュッ!?」
石壁が裂ける。
周囲へ衝撃が走る。
その先、少し離れた上層側から、聞き覚えのある悲鳴が上がった。
「うおっ!?」
「シド、あぶない!」
「何これ、崩れる——」
ごごごごご、と連鎖する崩落音。
……あ。
やったのか、これ。
俺が?
いや、俺というか、この白い何かが。
『つよw』
『ゆるキャラなのに強すぎる』
『かわいいのに何今の』
『神獣?』
神獣じゃない。
元荷物持ちだ。
そう言い返したいのに、口から出るのはどうせキューだ。
最悪だ。
俺はその場に立ち尽くしたまま、自分の白い手を見下ろした。
「キュー」
戻れない。
脱げない。
なんだこれ……呪いだ……。
しかも、しゃべれない。
配信はまだ生きている。
「……キュ」
情けない声が、暗いダンジョンにぽつんと跳ねた。
終わった、と思った。
けれどホログラムのコメントだけは、やけに元気だった。
『名前キューでいい?』
『キューちゃん!?』
『え、ちょっと待って、めっちゃかわいい』
ここまで読んでいただきありがとうございます!
作中のノリでお気軽に感想ください!
続きが気になった方は、ブックマークして追っていただけると嬉しいです。




