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第四章ー2 アンノウン24・アストラル・マキナ

 エンブレム社は早朝からありとあらゆる(カメラ)をジャックしていた。

 既に三人も被害者が出ているこの事件はマスコミで大きく報じられた。

 幸いなのは両社の事件に関連性は無い物だとどこのメディアも考えていたことだ。小宮交番の一連については運転手の不注意が主な考察であり、ラブホテルでの不審死に関しては時事ネタや超常が大好きなマニアたちによるバネの飛んだ発想合戦が繰り広げられていた。


「で、この子が雅紀の妹ちゃん? あんたと違ってすっごく可愛いじゃん」

「あのですね佳澄先輩。そうやって雅紀先輩を誘導するのは、僕の考えからして危ないと思うんですけど?」


 一方でこちらは雅紀の妹、と呼ばれる存在についての話題で盛り上がっていた。

 ただ、面白がっているのは一人だけで、他の面々は芳しくない表情を浮かべていた。


「最初に雅紀先輩。彼女は紛れもないアンノウンです。恐らくアンノウン74・非ずでは無いかと思われます。非ずは所有者を殺すと言う極めてシンプル、かつ強力な危険レベル4のアンノウンです。始めに被害に遭った葉山光は彼女を自身の愛人か奴隷にしようとして。次の中尾警部は彼女の身柄を確保したからだと思われます」

「ちょっと待って。そんな単純な理由でいいのならかなりやばいアンノウンじゃない、それ?」


 所有物の区分が身柄の確保も含まれるのであれば、警察とは相手こそ違えど逮捕、保護をどうすればいいのか考えなければならない。断片的にでもエンブレムの所有物だと言う認識をしてしまえば、エンブレム自体が滅ぶことになる。


「それについてはもう解決策も出ています」


 涼花がテキパキとパソコンを動かしていくと、何やら文字が出てきた。


「何て書いてあんだ?」

「イタリア語で非ずの説明文です」

「イタリア――フィリップス商会の物だったってことね」


 佳澄の解答に、涼花は相槌を打って違うページを映す。

 そこには先ほどみたいに冒頭から読めなかった文字ではなく日本語の説明が載っていた。


「全部翻訳したのか?」

「本当に疲れたんですよ~」


 涼花の顔には確かに酷いくまが出来ており、涼花のテーブルの上には『24時間不眠戦士‼』の空瓶が大量に置かれていた。


「嘘はよくないですよ糸峯さん。フィリップス商会は表向きでも裏向きでもあらゆる国の富豪層を相手にしていますから。各国の母国語を使った説明書が用意されているのは嗜み、とでも言いましょうか?」


 だが、嘘がバレた。

 嘘をばらしたのは、今先ほど入り口から入ってきた大人の女性だ。

 バリバリのキャリアウーマンを思わせる風貌の女性を、皆は驚きの目で見ていた。


「明さん? 帰ってたんですか?」

「ちょっと前にね」


 真壁明は折川悟とならぶエンブレムのTOP3の一人だ。だが、折川が東日本を担当し、もう一人が西日本を担当しているのに対し、真壁は基本的に日本にいない。エンブレムは基本的に国内のみで活動しているが、国外にエンブレムで発見したアンノウンが逃亡した場合に、現地のアンノウン捕獲部隊との交渉や日本から送られるエージェントの入国手続きを行っている。

 だからこそ佳澄は驚いていた。勿論その理由はあって、尚且つ今まさに直面している問題の為だ。


「リベリオンが少しばかしやかましくなってきてロシアにいることが難しくなってきたのよ。経済植民地化が進む中で日本もその一つにするべきだって殺気立ってから、戻ってきたの」

「ふーむ……リベリオンが本格的に動いておるな。第三次世界大戦がアンノウンによる全面戦争なら、世界どころか宇宙単位でただでは終わらぬぞ」


 真壁の帰還理由を遠くで聞いていた折川が懸念する。


「で、今は何の話? あぁフィリップス商会売り上げ一番の品ね。どうする気なの?」

「実は日本に現れたんですよ」

「ふーん……てことは紛失したのね」


 真壁は目を細くして、少し思案した後に答えた。


「非ずは政治戦略においてかなり貴重なアンノウンよ。フィリップス商会が日本にあると分かればすぐさま取り戻しに来るでしょう」

「フィリップス商会――夢を売り物扱いする気なのか⁉」


 真壁が最善の策を講じるも、それに雅紀が吼える。


「どうしたの大比田くん! 私、何かおかしなことを」

「違うんです明さん。実は、今の非ずが、これなんです」


 涼花が閉じていたウィンドウの一つを開くと、そこには昨日調達した監視カメラの中でも一番綺麗に撮れている一部を抜粋した画像が現れる。


「人、ね」

「夢だ。俺の妹だ」

「ちょっと待って。大比田くんの妹って確か」


 何の間違いも無い正論に、雅紀は唇を噛む。

 既に涼花、そして今日佳澄と折川にも言われた残酷な常識。

 夢が生き返った可能性は否定できない。だけど、人間ではないことは確定であると。


「ナイーブになるのはいいけど、こんなんで捕獲作戦何て出来るの? 雅紀が俺の妹だって突っ込んでいって死なれたらこっちにとっては大きな損失よ?」

「……」


 雅紀は佳澄の説明にぐぅの音も出せなかった。よりによって非ずとなって現れるのだから。


「ん? はい。折川です」


 最中、折川に一本の電話が入ってくる。

 基本的に電話はエンブレムの事務係宛に届くが、折川にのみ届く電話がある。その相手はただ一つ。政府だ。


「ええ。そうですか。分かりました」


 折川が電話を切ると、暗い面持ちのまま雅紀たちの方を向く。


「今政府のアンノウン対策委員にフィリップス商会からコンタクトがあった。アンノウン74・非ずの確保のために日本国に入国したいと」

「ふざけるな!  夢を、渡せって言うのか?」

「事実を言えばそうなるな。元はフィリップスの所有物。下手に確保すれば今まで干渉を避けてきたフィリップス商会と争いになるからじゃろう。リベリオンやUWSとも懇意な連中だから奴らと手を組む可能性も否定できない」


 真っ先に反論したのは雅紀だった。

 アンノウンとなったことを受け止めなくてはいけない所まで来たが、それ以上の問題が現れた。妹の姿を模した存在が売られようとしているのをただ見送るだけと言う行為がどれほど苦痛な事か、この場にいる皆(折川悟も含め)が同情した。


「今回はフィリップス商会に渡さないでおくべきでは無いでしょうか?」


 そこに助け舟をすぐに出したのは真壁だった。

 雅紀の出生を思う気持ちから出た言葉。でもあるが、これには真壁なりの信念が影響していた。


「例えアンノウンでもアンノウンになり果てる前は人間でした。それを死後以降も物同然で扱われる何て人権侵害になります! それに私が戻ってきた理由はもう一つあります。先日新たなアンノウンを捕えたそうですよね? アンノウン44・作り上げる美貌は元々寺井雅子さんと呼ばれる人間でした。それを捕獲して研究、最後には処分するのは人権に反します!」


 真壁は人間型の、それも何らかの被害によってアンノウンへと変わり果てた人間に対しては何らかの心情があるみたいで、エンブレムのTOP3の一人ではあるものの、人間系アンノウンの収容、研究に関しては反対の意見を示している。


「真壁くん。これは重要な事何だ。水面下の戦いはいつ起きてもおかしくは無い。ましてや我々の扱おうとしている武器は意志を持ち、引き金をも自由に動かせる物ばかりじゃ。数を揃えることは勿論のこと、その実態を知り、最悪処分することも」

「話にならん。俺は一人でも夢を助けに行く」

「待ちなさい雅紀!」


 アンノウン絡みの事件が一筋縄ではいかないことが、このたった三人の縮図で理解できる。小国の一組織(それでもアンノウン関係では五本の指に入る)が色んな考えを持っている。リベリオンやUWSなどの大きな組織になれば内部でいくつもの派閥ができ、同じ組織にも関わらず互いの地位を陥れようとする。


 雅紀は上層部、それも最上層部からの決断を無視し、外へ出ようとする。自己中であり無謀である行為に、佳澄は声で止めようとする。

 しかし、その声では到底雅紀の決意を止めることは出来ない。


「危険すぎるわ。非ずは所有者を殺す。大比田くんがもし非ずを確保した場合、間違いなくあなたは死んでしまうわ。そうなると、その後の非ず、夢さんを保護するのは一体誰? それに、あなたの目的もそこで潰えてしまうわ」


 だが、真壁の言葉にはかなりの威力があった。

『君は復讐心よりも重要な物を見つける』

 ペテンの言葉思い起こされ、原点に立ち直る。

 自身が死ぬことは勿論復讐の終了を意味する。ペテンが言いたかったこととはもしかしたらこれでは無いのかと考えると、外に出ようとした足が止まってしまった。


 では重要な物は何か?

 雅紀はすぐさまその答えに辿り着く。形違えど唯一の肉親。夢の存在だ。

 夢の存在は重要な物だ。それも復讐心を忘れるほどに。

 それこそ、ペテンの言葉が意味する破滅だ。


 俺はここで死ぬ。


 その運命に抗う事は避けられないのだろう。


「何も私自身君たちを困らせたいわけでは言っておらん。大比田くんを失うことは、エンブレムにとってかなりの痛手になる。君の話に沿えるようには努力したいのじゃが」

「ならいっその事非ずを買っちゃえば? フィリップス商会は別に絶対に渡さないって訳じゃないでしょ?」

「佳澄先輩。これでも出しますか?」


 涼花が非ずの説明に書かれていた価格部分をトントンと叩いた。それを見た佳澄は余りの数字の羅列に眩暈を起こして倒れそうになる。


「予算を渋る政府も首を縦に振る事は無いでしょうね」

「それが無理ならばこちらで確保するしかないかもしれないわね」

「フィリップス商会の恨みを買う気か? あまりお勧めできる物じゃないな」


 非ずの対処に割れる折川と真壁の二人。

 そんな中でエンブレムの事務員一人が呼び掛ける。


「折川さん! 政府からの電話です。また被害者が出た模様です」

「ぬぅぅぅ……。こうなったら話をつけるしかあるまいな」


 電話を折川に回すと、折川は頭を抱えながら電話に出た。

 予算の話が出ているのか、折川は渋い顔をしている。


「で、捕まえる場合はどうするの? 所有したら死んじゃうなら捕まえようが無いわよね?」

「それについてはこちらを見てください。使い方が丁寧に書いてありますので、その通りに行えば被害に遭うことは無いみたいです。ですが――」


 涼花はモニターの一文を指でなぞった。

 そこを見た雅紀、そして真壁は苦い顔をした。


「非ずは奴隷以下の存在とみなし、情を持ってはいけません……」

「今まで非ずが人間じゃなかったとは言え、今回の場合はそうもいかないわよね」


 アンノウンを扱うことに関してはリベリオンやUWSよりもフィリップス商会の方が長けている。もっとも使い方は商品としてであり、その商品の中には人型のアンノウンも存在していなかった訳でも無い。

 雅紀の場合は夢単体の恨みではあるが、真壁にとってはそれ以上に人間であった時点で嫌悪の対象に入っていた。


「……ふぅ。予算は出せないがその代わり幾つかのアンノウンの調査報告を提示することによって交渉してくれるようだ。私はこれから機密文書を政府機関に受け取りに行くから、真壁くんは『ゴート』の用意をして貰いたい。……私としては不本意何じゃがね」

「どうせ近い将来死に追いやられる存在です。最後の善行には打ってつけでしょう」


 一方で真壁自身にも他人からは良しと思われない主張がある。それが、ゴートの扱いだ。

 ゴートはスケープゴートの隠語であり、文字通り囮になる存在である。アンノウン絡みでは扱い方によってはどうしても死者が出るアンノウンが数多く存在する。その場合、死ぬことを前提に捕獲作戦の前線に送られるがゴートである。

 日本の場合は死刑制度がある為、その大半は死刑囚であるが、死刑制度の無いアメリカやロシアでは奴隷や精神疾患者を利用するなどといった悪質な方法を取ることもある。人の命を軽く扱っている時点でどちらも比較の対象にすること自体おかしなことではあるが。


「それじゃ地下シェルターに新たな非ず収容スペースを用意する必要性があるわね。今までのを見る限り所有者の紛失が無ければ一般人と一緒みたいだから、収容スペースはAで充分ね」

「どうしても収容しなくちゃいけないのか?」

「大比田くんの気持ちは痛いほど分かるわ。でもね、アンノウンである以上一般人みたいに仮住まいを与える訳にはいかないの」


 知らない人がアンノウンに接して違和感を覚えて警察に連絡をした場合、隠蔽がかなり難しくなる。警察については政府と繋がっているからいざとなれば揉み消すこともできる。しかし、一般人の場合は例え一人を揉み消したとしてもその人がネットを介して情報を発信していれば取り返しのつかないことになるからだ。

 その為、アンノウンは基本的に隔離がもっとうとなっている。


「大比田くんと花小金井さんは地下シェルターの方で何か会った時の為に一応待機しておいて貰うわね。今は込み入った収容や処分も無いでしょうし、もっともこれが一番の問題ですからね」

 アンノウン74 非ず 危険LV5


 調査報告


 アンノウン74には特定の形がありません。

 指輪、絵画、花瓶、箪笥、車、窓ガラス、ジェット機(現在確認されている物の一部を抜粋)などが、確認され。全てに共通して言える部分は、動かせると言う一点だけである。それについてはアンノウン74の特性に大きくかかわってくる。

 アンノウン74はこれを所持している、これは自分の所有物だと認識した人物に何らかの死を与える能力を持っている。そして対象が死亡後、アンノウン74は誰も見ていない場合、近くのどこかに場所を移します。


 その際24時間以内に発見されなかった場合、アンノウン74は別の形となってどこか別の場所に移動します。この場合変化しなかった時と比べ、移動距離の制限は無くなり地球のどこにでも現れる。


 今まで人型は存在しないと思われていたが、現在初めて人型の存在が確認された。姓名は大比田夢。既に故人である。にもかかわらず生前の姿では無く、時間経過を経た姿へと変わっていた。

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